Ⅰ-3 異世界へ来た忍者
話をⅠ-2に話を継ぎ足しましたので、話が繋がってないと思われた方は先にそちらをお読みください。(10年12月2日19時)
船の揺れに足を取られながら船長の後をついて凜は船内を歩いていた。
―――ああ・・父上に似ているんだ
だから簡単に身体を触らせたりして、あっさり信用もしてしまったのだろう。
本当に父に似ているとしたらこれほど信用ならない者はいないだろうが、この人は忍じゃないから大丈夫と自分を納得させるように心の中で呟いた。
その時だった。
轟音と大きな揺れで凜はしたたかに身体を壁に打ち付けた。
目の前を歩いていた船長はふらついたくらいですぐに持ち直したから慣れたものだ。
「まずいな」
「いったい何事です!?」
「海賊だ。下手打つと根こそぎぶん盗られるぞ。お前は船室に戻ってろ!」
「しかし!」
凜は海賊というものが何をするのか知らない。
恐らく船長が危惧しているのは積荷を奪われることだろう。
撃退するなら加勢しようと凜は走って行ってしまった船長を追った。
***
凜が乗船した時よりも船の揺れが激しいのでおかしいと思ったら、海は荒れて小雨が降っていた。
船の揺れについていけなかった凜は船長を追うことができず、それでも外にでようと適当に人の後をついて行ったら外にやっと出られたのだ。
人だかりの真ん中に船長と誰かが相対していた。
皆船の中央のその場に集まっているのに、船の先に妙な気配を感じてそっと回り込む。
舵のところに人が蹲っていたが、凜に気付いて顔をあげた。
風下にいたからだろう。
凜は火薬の臭いを嗅ぎ取った。
「その手を離しなさい!」
叫んで刀を構える。
訓練は怠らなかったが、真正面から人と戦ったことは滅多になかった。
板敷で戦うことも稀だった上に雨のせいで濡れていて足場は最低の状態だ。
そして凜はもう一つ重大なことを忘れていた。
大きな波に乗ったのか船が大きく揺れた。
「うぁっ!」
不様にもんどりを打って不運にも相手の方に転がった。
雨風が強くなったせいでますます身動きがとりにくい。
凜にとっての悪影響などどこ吹く風といったように凜を取り押さえた男はいきなり人の悪い笑みを浮かべた。
「お前、女か?」
暴れた時に襟が肌蹴てさらしがむき出しになっていた。
凜の頭に何十通りもの悪夢が過った。
海賊が捕まえた女をどうするつもりなのかは分からない。
だが、どの道を辿ったとしても“女”として扱われることに間違いはないだろう。
こんな下劣な笑みを浮かべる男が女子供だからと手心を加えるとは思えなかった。
仕込み武器は手足に装着しているから男が隙を見せたら殺せばいい。
そう決めて男の動きを待ったが男は一向に動かない。
男の様子を窺うと、男は青ざめて遠くを見つめていた。
「大波だ」
雨と波の音の隙間から声が聞こえた。
馬乗りになっている男がはっとしたように拘束を緩めたかたと思うと、また大きな音がして船が傾ぎ、今度は大量の水が襲い掛かってきた。
凜と男は悲鳴を挙げる間もなく波に飲まれた。
***
目蓋の向こうが照りつくように熱い。
再び目覚めたのは奇跡としか思えなかった。
船の残骸に乗って海の上で揺れていた。
傍には下半身のない男の死骸が浮いていた。
南無三と唱えながら男の派手な色の衣を難儀して引き剥がし、残骸から突き出ている棒に結び付けた。
辛うじて引っ掛かっていた衣を奪われたことで海の底に落ちていく男を見つめながら、凜は考えていた。
―――ここには確かに死がある。
ならばやはりここは死後の世界ではないということだろうか。
そうであれば、助けてくれた人たちも共に死んでしまったのだろうか。
考えても求めるものに辿りつかない迷宮の中を彷徨い続けていたが時間が経てば腹は減る。
死体を海の底に落としてしまったことを悔やんだ。
食べられるものといったらあれくらいしか近くにはなかった。
―――暑い・・・
凜は意識を手放した。