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海としのび  作者: 鈴宮
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Ⅲ-5 最初の関門

きりりと締まった口元、低いがすっきりと通った鼻筋、長く繊細な睫毛がけぶる目尻の切れ上がった目には大粒の黒真珠が宿っている。

頬骨が目立たないふっくらした頬は色を差してもいないのに薄紅色をしていて、まさに紅顔の美少年だ。

東の海の教会の絵で見た天使の色を塗り替えたらこんな風になるだろう。

ラルフは扱いづらそうにフォークとナイフを操る凜を見つめていた。

「やはり変ですか?」

皿を見たままの凜が急に呟いた。

「は? な、何だよいきなり」

「さっきからずっと見ているでしょう」

ラルフは頬が熱くなるのを感じた。

こっちを一度も見ていないくせに確信しているような物言いをする凜に理不尽な怒りを感じる。

「別に。普段の動きはやたら貴族っぽいのに食べ方は下手だと思っただけだよ」

「小刀とクマデを使って物を食べるのが少し難しくて」

「小刀とクマデってお前さ・・・ホントに貴族のぼんぼんとかじゃねえんだよな? 貴族様ならこんな船で生きていこうなんて思わねえか」

「この船は庶民が多いのですか?」

「海賊なんてまっとうに暮らせる奴の集まるところじゃねーよ。貴族なんか俺達と同じ空気を吸うのも嫌がるだろうぜ」

マッシュポテトを頬張りながら喋るラルフを横目で見て、食事の最中に話をさせるべきでなかったと軽く反省した。

なんでもないことのように言うラルフの瞳の奥底にある諦めに似た色を凜はよく知っていた。

他人からの蔑みを知っている者はそんな目をする。

心のどこかで封じ込めなければならない卑屈な思いがある証拠だ。

瑞穂国でも貴族と庶民の差は天と地ほどもある。

その中で忍の立ち位置はどこまでも曖昧だ。

貴族ではない、だが、庶民に受け入れられるわけでもない。

貴族からも庶民からも対等に見られたことはない。

特異で得体の知れない力を持つ存在は卑しい輩と蔑まれていた。

「あ、でも副船長は分かんねえや」

そっと目を伏せて食べ物をつついていた凜は反射的に顔をあげていた。

つい反応してしまった気まずさを隠すように口を開く。

「副船長というのは白い髪をした方のことですよね?」

「ヴィント副船長な。あの人のことは俺もよく分かんねえけどただの平民ぽくはねえよ。俺、キャプテンとは同郷だし昔っから知ってっけど副船長の故郷の話なんか聞いたことねえし、やっぱちょっと違うんだよな」

「違うとは?」

「ときどき近付いちゃいけねえような雰囲気があんだよ。仲間思いだし頼れる人なんだけどさ」

確かに只者ならぬ気配を持つ男だ。

それは海賊船に乗っているが故かと思っていたがどうやら海賊船の中でも異質な存在であるらしい。

少しとはいえ、情報を得たにも拘わらず得体の知れなさがますます露わになっただけなようでぞっとしない。

「あの方、お強いでしょう」

「ん? ああ、異常な程強いぜ。戦闘中にパッと見るといつのまにこんなにってくらい敵が足元に倒れてたりする。実際分かんねえけど、船長よりも強いんじゃねえかって賭けをしてる奴らもいるくらいでよ。敵には容赦ねえけど、仲間にはむちゃくちゃ優しいからビビらなくても大丈夫だよ。話してみると結構気さくな人だしな」

ラルフは大丈夫大丈夫と言うが、あの男の中で凜がその仲間・・と認識されるかどうかは分からない。

警戒したところで敵う相手ではないだろうというのはこれまでの数回の接触の中で分かっている。

だとしても警戒を解く訳にはいかない。

どうにかして懐柔しないとこの先凜の行動の大きな障害になる可能性が一番高い。

思いだせば思いだすほど焦燥に身体が震える。

怜悧な気配を思い出そうと思考の底を漁っていた凜は、その気配をかなり近くに感じてぎくりと顔を上げた。

「な、なんだ! いきなり顔上げんじゃねえよ」

こっそり見つめていた凜と目が合ったことに慌てるラルフは全く気にならない。

籠絡でもしようと思っていた人物がラルフの隣に座ったからだ。

「なーに、若い子同士でもう仲良くなっちゃったの?」

「あ、副船長! おはようございます!」

「・・おはようございます」

「ん、おはよ。それにしても・・昨日の今日だってのに切り替え早いねえ」

この言葉の裏には何が隠されているのだろう。

弄しやすそうだと近付いたことがバレているのだろうか。

どう切り返すべきだろう。

――落ちつかなきゃ! なぜこの人が相手になると冷静に考えられないの!

凜の背中をいやな汗が伝った時、ラルフが暢気に口を開いた。

「ガキ相手にムキになってらんねえっすからね」

「お前も十分ガキでしょうが」

「そりゃ副船長に比べたら十分未熟者かもしれねえけど新入りに余裕くらい見せつけねえと」

「へえ。良かったじゃない、味方ができて」

会話の先を向けられて凜は顔を上げた。

深い青が凜を見つめている。

それは凪いで波一つない海のようだ。

本当は裏などなかったのだろうかと思わせるような穏やかさに、ぐるぐると考えることを諦めて、ひと言肯定の言葉だけを返した。

そしてヴィントはラルフの腕の傷が気になっただけだからと行ってしまった。

警戒されていると思うのにあまりにあっさりとした接触だったので、凜はヴィントのことを警戒するべきなのかそうでもないのか、ますます分からなくなってしまった。




***




一方、ヴィントもますます分からなくなっていた。

――何度話しても確信が持てない。今日は少年にしか見えなかったし、やっぱホントに男なのかね

訝しんでいるヴィントだが傍目には茫洋とした眠たげな表情にしか見えない。

そんなヴィントの行く手を阻む足がテーブルの隙間からぬっと現れた。

「なによ?」

「べつにぃ?」

ヴィントはニヤつくディーツを一瞥してすぐ側の壁にもたれて腕を組む。

「我関せずとか言ってたくせによぉ」

キャプテンおまえがここまで受け入れるとは思ってなかったからな」

ヴィントからすれば嫌味を言いたくなる心境なのだ。

「幹部専用の雑用って何」

「そのまんまだろ。使いたきゃ使えよ。なんでもやってくれるってよ。ナ・ン・デ・モ」

「得体のしれない奴に甘過ぎるんじゃないの」

「知ってるだろ? 俺は宝石が大好きなんだ。磨いて光るのは特に良い」

「趣味の行き過ぎもほどほどにしろよ」

「怖えー怖えー。マジに怒るな」

「分かってるならいいが甘く見すぎるなよ。石かと思って磨いていたら牙だった、なんて洒落にならない」

去っていくヴィントの態とらしいほど隙だらけの背中を眺めながらディーツは鼻歌まじりに呟いた。

「それでも俺は磨いてみたいと思っちまうんだよ。お前みたいのがいるから余計にな」


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