石の記憶 過去編 受け繋がれるしっぽ
―受け継がれるしっぽ―
「玲奈。」
部屋の扉が静かに開いた。
玲奈は布団の中でゆっくり顔を上げる。
泣き疲れた目は赤く腫れていた。
「……なに?」
かすれた声で問いかける。
莉子は少し照れくさそうに、小さな箱を差し出した。
「ちょっと、開けてみて。」
玲奈はぼんやりとした表情のまま、箱を受け取る。
何だろう。
そんな気持ちで蓋を開いた。
そして。
「…………」
動きが止まった。
紫色のブレスレット。
目を見開いたまま、言葉が出ない。
何秒もの沈黙。
莉子は不安そうに娘を見る。
「……気に入らなかった?」
返事はない。
玲奈は震える指で、そっとブレスレットを持ち上げた。
一粒。
指先が震えている。
もう一粒。
小さな耳。
丸い背中。
ちょこんとした鼻先。
また一粒。
また一粒。
夢ではないか確かめるように。
何度も。
何度も。
唇が震える。
「……え?」
かすれた声だった。
どうして。
なんで。
信じられない。
震える指で、もう一つの豚さんに触れる。
そして。
「……ブタ……」
涙が滲む。
「……さん……」
その瞬間。
玲奈の中で、何かが切れた。
「っ……!」
ぎゅうっとブレスレットを胸に抱きしめる。
涙が溢れた。
止まらない。
肩が震える。
嗚咽が漏れる。
「っ……う……っ……」
もう二度と会えないと思っていた。
高校生の頃。
あの街で出会ったブタさん。
専門学校の頃も。
仕事をしていた頃も。
苦しかった日も。
嬉しかった日も。
ずっと手首にいた相棒。
もういないと思っていた。
それなのに。
石は違う。
透明な水晶ではなく、優しい紫色。
それでも。
ブタさんは、ブタさんだった。
「同じ石の子、探したんだけどね。」
莉子が小さく笑った。
「見つからなくて。」
「だから、似たような子でごめんなさい。」
玲奈は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、何度も何度も首を横に振った。
違う。
違うの。
そんなことじゃない。
石の色なんて関係ない。
また会えた。
そして。
お母さんが、自分の大切なものを大切に思ってくれていた。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
玲奈は嗚咽の合間に息を吸った。
何度も。
何度も。
それでも声にならない。
涙で震える唇を動かす。
「……あり……」
また嗚咽が漏れる。
「……がと……」
肩が震える。
そして。
絞り出すような声で。
「……おか……さん……」
莉子は何も言わなかった。
ただ、泣きじゃくる娘の背中をそっと撫でた。
幼い頃、転んで泣いた時のように。
大人になった今も変わらず。
玲奈の母として。
しばらくして。
「玲奈、ちょっと貸してごらん。」
「……?」
莉子は机の上に並べられた水晶の豚さんたちを見つめた。
「この子たちも、置いていくのは寂しいでしょ。」
そう言って、工具を広げる。
余ったビーズ。
水晶のビーズ。
高校生の頃から玲奈と一緒だった豚さんたち。
一つずつ。
丁寧に。
思い出を繋ぎ直すように。
やがて。
「できた。」
莉子の手のひらには、小さなストラップがあった。
玲奈は目を丸くする。
「この子たちは、これからこっちね。」
「ブレスレットは腕に。」
「この子たちは、お出掛けのお供。」
玲奈はストラップを受け取る。
胸に抱きしめた。
腕にはアメジストのブタさん。
バッグには水晶のブタさん。
形は変わる。
石も変わる。
でも。
高校生の頃。
ショーケースの前で胸を躍らせたあの日の気持ちは変わらない。
初めて見た時の、
『かわいい!』
という、ときめきも。
苦しい時にそっと寄り添ってくれた思い出も。
全部。
全部。
ここにある。
「……ありがとう。」
玲奈は小さく呟いた。
涙の跡を残したまま。
少しだけ、笑って。
窓の外では、夕暮れの柔らかな光が部屋を包んでいた。
石の記憶 過去編 ~完~




