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王子に婚約破棄されたので、王家の呪いを返上します。~それを千年引き受けていたのは私の一族なので~

掲載日:2026/03/13

「貴様のような醜い女を王妃にはできない!」


 王宮の大広間。きらびやかなシャンデリアの下、第一王子のエドワードの声が高らかに響き渡った。

 その傍らには、可憐に頬を染めた「聖女」が寄り添っている。


「よって私は、この女――アイリシア・ベルンシュタインとの婚約を破棄し、真の聖女と婚約する!」


 周囲に集まった貴族たちから、くすくすと嘲笑が漏れる。

 視線の先にいるのは、私だ。

 代々「呪われた家」として、蔑まれてきたベルンシュタイン家。

 私の髪は不吉な漆黒。栄養を吸い取られたかのように頬はこけ、ぎらつく黄色い瞳は「化け物のようだ」と忌み嫌われてきた。


「……婚約、破棄でございますね」


 私は、ただ静かに一礼した。

 枯れ木のような指先を重ね、表情を変えずに問い返す。


「王家との婚姻は、我がベルンシュタイン家と王家の間に結ばれた『古代契約』の最優先事項。それを、殿下ご自身の手で破棄なさるということで、お間違いありませんか?」

「くどい! 呪われた家系の女など、我が王族の血を汚すだけだ。お前の不気味な姿を見るのも、今日で終わりにしたいのだよ!」


 エドワードは吐き捨てるように言い放った。

 聖女が勝ち誇ったように、私の瞳を覗き込む。


「ごめんなさいね、アイリシア様。魔力ゼロの空っぽな体で王妃だなんて、そんなの、王国の恥ですもの」


 魔力ゼロ。

 そう、私は生まれてから一度も、魔法を使ったことがない。

 それは、我が家が王家の「負の側面」をすべて肩代わりし、封じ込めてきたからだ。


「……承知いたしました、殿下」


 私は少しだけ、口角を上げた。

 数千年の間、我が一族を縛り付けてきた鎖が、音を立てて軋むのを感じる。


「では、古の契約に従い――王家の呪いを、本日をもって返上いたします」


 広間が、水を打ったように静まり返った。

 エドワードが眉をひそめる。


「……呪いだと? 何をわけのわからないことを」

「お忘れなのですか? 我が家が何を『引き受けて』、あなた様が何に『守られて』いたのか」


 私は一歩、前へ踏み出す。

 その瞬間、私の足元から、どろりとした漆黒の霧が溢れ出した。


「な、なんだこれは!? 衛兵! この女を捕らえろ!」

「遅いですよ、殿下。……契約は、今この時をもって終了しました」


 パキィィィィィン!!

 空間が割れるような、凄まじい音が響く。

 私の体を覆っていた「呪い」が、濁流となってエドワードへ、そして王城の奥深くへと逆流していく。


「ぎゃああああああっ!?」


 エドワードの金髪が瞬時に色褪せ、肌がどす黒く変色していく。

 それと引き換えに、私の黒髪がハラリと崩れ落ちた。

 下から現れたのは、蒼い炎のように揺らめき、青から水色へと美しく波打つ神秘的な髪。

 こけていた頬はふっくらと輝きを取り戻し、忌まわしかった黄色い瞳は、神々しい「龍の黄金」へと塗り替えられていく。


「……ようやく、解放されたか。我が契約者よ」


 頭上から、地響きのような声が降ってきた。

 天井を突き破り、姿を現したのは、伝説にのみ語られる「蒼銀の龍」。

 圧倒的な威圧感に、広場の全員が膝をつく。

 唯一、その龍を見上げ、不敵に微笑む私を残して。


「王家よ。千年もの間、我の力を借りながら契約を忘れたか」


 蒼銀の龍の黄金の瞳が、ゆっくりとエドワードを見下ろす。その声は物理的な圧力となって、広間の石床をミシミシと軋ませた。


「その女の一族が、千年もの間、呪いを引き受けていたからこそ王国は守られていたのだ」


 次の瞬間だった。

 ――ドォォォォン!!

 地響きと共に、王城全体が跳ね上がるように大きく揺れた。


「な、何だ!? 何が起きた!」


 エドワードが柱にしがみつき、貴族たちの悲鳴が上がる。

 窓の外、王都の空を覆っていた目に見えない「膜」に、巨大な亀裂のような光が走った。


パリン、パリン、パリンッ……!


 まるで巨大なガラス細工が砕け散るような音を立てて、王国を数千年も守り続けてきた守護結界が、無惨に剥落していく。


「結界が……消えていく……?」


 誰かが震える声で呟いた。

 遮るもののなくなった空の彼方から、禍々しい咆哮が響き渡る。


――グオオオオオオオオオ!!


 黒い雲のような群れ。魔物だ。

 アイリシアが呪いを引き受けていた間、一匹たりとも近づけなかった王都の空が、今や捕食者たちの食堂と化そうとしていた。


「ば、馬鹿な……! なぜ魔物が王都に……! 聖女! おい、なんとかしろ!」


 エドワードが隣の女の肩を掴んで激しく揺さぶる。

 先ほどまで勝ち誇った笑みを浮かべていた「聖女」は、ガチガチと歯を鳴らしながら、震える手で胸元のロザリオを握りしめた。


「わ、私が……私が祈れば、結界は――光の加護があらわれて……!」


 彼女が必死に目を閉じ、祈りの言葉を口にしようとした、その時だった。


「――無駄だ」


 龍の地響きのような声が、彼女の言葉を無情に遮った。

 黄金の瞳が、ゴミを見るかのように細められる。


「貴様は、聖女などではない」

「……え?」


 聖女の動きが止まる。エドワードも呆然と龍を見上げた。


「ただの偽物だ。そもそも、この国に聖女などという存在は存在しておらぬ。ただの欲深い人間が、神の名を騙り、奇跡を演じていただけのこと」

「な、何を……! 彼女は癒やしの力を持っていた! 実際に多くの者を救ったのだぞ!」


 エドワードの叫びに、私は鼻で笑って答えた。


「殿下。その『癒やし』の正体も、すべて我が家が肩代わりしていた龍の魔力のおこぼれですよ。……私が契約を解除し、魔力の供給を止めた今、彼女に残っているのはただの『虚栄心』だけです」


「そ、そんな……嘘よ、嘘よ!! 私が聖女じゃないなんて……!」


 聖女が絶叫する。しかし、その体からは神々しい光など微塵も感じられない。

 それどころか、彼女が今まで「聖女の奇跡」と称して誤魔化してきた歪みが、一気に彼女の若さを奪っていく。


「あ、あああ……私の手が! 顔が!」


 白く滑らかだった肌は見る間にくすみ、彼女もまた、エドワードと同じように醜い姿へと変貌していく。

 聖女というメッキが剥がれ落ち、ただの傲慢な女がそこに残された。


「ひっ……近寄るな、この偽物めが!」


 エドワードが、かつて愛を誓ったはずの女を足蹴にして突き放す。

 醜い者同士が泥の中で罵り合う様は、滑稽ですらあった。


「……愚かなり。結界を維持していたのは、その女の一族だ」


 龍の黄金の瞳が、侮蔑を込めて細められる。


「呪いを返した以上、守りもまた消える。貴様らが自らの欲望のためにベルンシュタインに押し付けた「代償」は、今この瞬間、持ち主のもとへ帰ったのだ」

「そ、そんな……」


 エドワードの膝が、力なく崩れ落ちた。

 城壁の向こうから、民衆の悲鳴と魔物の羽音がどんどん近づいてくる。王都の平和という砂上の楼閣が、一瞬にして崩壊していく音がした。


「ま、待て……! 待ってくれアイリシア!」


 エドワードが、涙と鼻水で顔を汚しながら私を見上げた。その肌を覆う呪いの痣は、今や首元まで侵食している。


「戻せ! 今すぐ契約を戻せ! お前がその呪いを引き受ければ、また結界は張れるんだろう!? 命令だ、早くしろ! このままでは私が死んでしまう!」


 あまりの言い草に、私は思わず、心の底から可笑しそうに笑みをこぼした。


「……命令? どの口が仰るのですか」


 私は、蒼い炎のように揺らめく髪をかき上げ、絶望に染まった彼の瞳を覗き込む。


「契約は、先ほどあなた様が、完膚なきまでに破棄なさいました。今さら命令など、届くはずもございません」


 あ、あぁ……と、言葉にならない声を漏らすエドワードを置き去りにし、私は龍の差し出した前足へと、優雅に飛び乗った。


「行くぞ、我が契約者よ。もう、この国に縛られる必要はない」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した王宮を背に、蒼銀の龍は力強く羽ばたいた。

 眼下では、魔物の群れに囲まれたエドワードが、無様に腰を抜かしながら「戻れ! 戻ってくれ!」と叫び続けている。だが、その声が届くことは二度とない。


 雲を抜け、風を切る。

 私の体からは、かつてのどす黒い呪いも、不気味な黄色い瞳も消え去っていた。

 蒼い炎のような髪が夜空にたなびき、黄金の瞳が星の光を反射する。


「……きれい」


 辿り着いたのは、深い霧に包まれていたはずの「龍の聖域」。

 そこには、人間が足を踏み入れることのできない、水晶の森と清らかな泉が広がっていた。

 龍が地上へ降り立ち、その巨躯をまばゆい光が包み込む。

 光が収まったあとに立っていたのは、漆黒の髪をなびかせた、この世のものとは思えないほど美しい青年だった。

 切れ長の黄金の瞳が、熱を帯びて私を射抜く。


「千年だ。呪いを引き受け、我の魂を守り続けてくれた我が契約者よ」


 彼は私の前に跪き、節くれだった、けれど温かい手で私の指先を取った。


「その身を呪いで縛り続けたことを許してほしい。これからは、その瞳に美しいものだけを映そう」


 彼は私の手の甲に、深く、刻みつけるような口づけを落とした。


「アイリシア。呪いの枷ではなく、愛の誓いで、我と結ばれてはくれないか。……我が花嫁として、この地で永遠を共に歩もう」


 私は、かつての枯れ木のような姿からは想像もつかないほど、美しく咲き誇るような笑みを浮かべた。


「ええ。喜んで。……私を愛してくださる、あなたと共に」


 遠く、空の果てでは、輝きを失った王国の最期を告げる鐘が鳴り響いていた。


 ――その日、王国を守る龍の加護は失われた。

 すべては、王子が婚約を破棄した、その瞬間から。


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― 新着の感想 ―
王子よ何故勉強しなかったのですかと、宰相の悲痛な声が聞こえてきそう。
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