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PROLOGUE

私の名前はルルア・エセルガルド。

生徒会長をしています。


成績はほとんど満点。

遅刻もしたことがないし、問題を起こしたこともありません。


少なくとも、みんなが知っている私はそういう人です。


でも、誰も知らないことがある。

私の鞄の中には、小さな金色のはさみが入っている。

そして私は、いつも出口の近くの席を選ぶ。


この街で魔法は特別なものじゃない。

街灯はマナで灯り、エアコンは簡単なルーンで動く。

職員室のコーヒーマシンにだって、小さな魔導核が組み込まれている。


魔法は生活の一部。

だから問題は、魔法そのものじゃない。


問題は感情。

とくに、十代の感情。


私は幼いころから教えられてきた。

感情はきちんと抑えるものだと。


父はよく言っていた。

心が静かなら、マナは素直に従う。


だから私は、人前で泣かない。

大声で笑わない。

緊張しても、それを見せない。


あの日も、普通に終わるはずだった。


エセルガルド学園の講堂。

私は壇上に立ち、春祭りの開会スピーチを読んでいた。

制服は整っている。

髪は大きなリボンでハーフアップ。

原稿も完璧に揃えてある。


何も問題はない。

すべて、予定どおり。


前列に座っていた音楽部の彼が、ふと笑った。


それは本当に、ただの優しい笑顔だった。


なのに、胸が強く鳴る。

耳の後ろがじわっと熱くなる。


お願い。

今はやめて。


私は何もなかったように、最後の一文を読み上げた。

拍手が広がる。


そのとき、原稿の上に何かが落ちた。


薄いピンクの花びら。


やわらかくて、あきらかに本物。


触れなくてもわかる。

髪の中から、ゆっくりと薔薇が咲いている。


ざわめきが起きる。


「演出?」

「サプライズ?」


私はいつもより深く頭を下げ、素早く茎を抜き取って書類の裏に隠した。

小さな棘が指を傷つける。


顔には出さない。

もう慣れているから。


でも問題は、一輪じゃない。

問題は、終わらない気持ち。


壇上を降りると、彼が待っていた。


「スピーチ、すごくよかった。」


まっすぐな声。

それだけで十分だった。


肩に、小さな蕾が二つ。


私は笑う。

いつも通りに。


そして、そのまま走った。


講堂を出て、廊下を抜けて、裏階段を駆け下りる。

夕方の風が頬に当たる。


校舎脇の細い路地で立ち止まり、深呼吸をした。


古い店の窓ガラスに映る自分を見る。


薔薇が二輪。

小さなチューリップが一つ。

制服の袖を這う細い蔓。


鞄を強く握る。


もう、歩く花壇なんて嫌だ。


そのとき、ふわりとコーヒーの香りがした。


あたたかくて、静かで、どこか落ち着く匂い。

せわしない街の空気とは違う。


隣を見ると、小さな木の扉があった。

少し傾いた看板。

塗装は剥げているけれど、窓からはやわらかな金色の光が漏れている。


今まで気づかなかった。


扉の上のベルが小さく鳴る。

ドアが開いた。


茶色のエプロンをつけた青年が立っている。

少しだけ乱れた髪。

そして、私の頭に咲いた花を見ても、驚かない目。


彼は軽く首を傾けた。


「そのままだと、棘が増えるよ。」


落ち着いた声だった。


私は固まる。


困った顔もしない。

怖がりもしない。

笑いもしない。


初めてだった。

花を失敗みたいに見ない人。


ただ、そこにあるものとして見てくれる人。


「中に入る?」


彼は静かに続ける。


「これ以上増えたら、大変でしょ。」


なぜかはわからない。

でも私は、一歩踏み出していた。


扉が後ろで静かに閉まる。


その日が、二つの始まりになるなんて。


コーヒーの新しい飲み方と。

自分を受け入れる、新しいやり方。


そのときの私は、まだ知らなかった。

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