悪役令嬢、5歳。死の運命を悟る。
「……様。……リリアーナ様、起きてくださいませ」
耳元で聞こえる柔らかな声に、私はゆっくりと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、レースで縁取られた豪華な天蓋。そして、私を心配そうに覗き込むメイドのアンの顔だった。
(……あれ? 私、死んだんじゃ……?)
心臓を剣で貫かれた、あの凍りつくような冷たさが指先に残っている。
婚約者だったエリオット王子の、冷徹な瞳。
「君の代わりは聖女がいれば十分だ。消えてくれ、リリアーナ」
あの低く冷酷な声が、呪いのように頭の中で反芻する。
私はガバッと起き上がると、自分の手を見た。
白くて、小さくて、ぷにぷにとした、5歳の子供の手。
「お嬢様? ひどくうなされておられましたが……。冷や汗もすごいですわ」
アンが濡れたタオルで私の額を拭いてくれる。その手の温かさに、私はようやく「今」が現実であることを悟った。
(戻ってる……。断罪の日から、5歳の私に!)
私はベッドから飛び起き、鏡の前に駆け寄った。
そこに映っていたのは、金髪を揺らした愛くるしい幼女。数年後には「傲慢な公爵令嬢」として名を馳せ、最後には国民から石を投げられることになる私、リリアーナ・ヴァン・アデールだ。
「……死にたくない」
ポツリと、本音が漏れた。
前世の私は、自分の家柄と美貌に溺れ、周囲を力でねじ伏せていた。エリオット王子にも「私はあなたの婚約者ですのよ!」と高圧的に接し、彼の心をズタズタに引き裂いていた。
その結果、彼は絶望し、現れた聖女に救われ、私という「悪」を排除したのだ。
「同じ道は歩まない。絶対に」
私は鏡の中の自分を見つめ、固く誓った。
彼らが闇に堕ち、聖女を必要とするから、私は死ぬことになる。
ならば、聖女が現れる前に、私が彼らを救ってしまえばいい。彼らの孤独を埋め、彼らの価値を認め、真っ当な、幸せな人生を歩ませる。
「アン、今日からの私のスケジュールを全部書き換えるわ。お茶会も、勉強も、全部」
「えっ? お、お嬢様? 急にどうされたのですか?」
「私、決めたの。誰も殺させないし、国も滅ぼさせない。……そして、私自身も、誰にも殺させない!」
私は窓を力いっぱい開けた。5歳の春の風が、淀んでいた部屋の空気を入れ替えていく。
ターゲットは三人。
第一王子エリオット。宰相の息子ヴィンセント。騎士団長の息子カイル。
「待ってなさい。あんたたちの絶望、私が全部叩き壊してあげるから!」
こうして、5歳の悪役令嬢が運命を変えるための「更生計画」が幕を開けた。




