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先手を取られた方が負け

 なぜこんなことになったのか。私が何をしたというのか。先手を取られた私の負けということなのか?

 おめでたい花嫁姿でベール越しに新郎らしい男を睨みながら私は考えた。神父が健やかなる時も~とかなんとか言っている段階で考えても仕方のないことだが、考えることが私の性分なのだ。

 まずは自分自身のことを整理しよう。私はマリンカ。誰もが認める貧乏子爵家の長女だ。貧乏の理由は父一代のせいである。父のギャンブルと酒の癖が大変悪く、お金が足りなくなったのだ。足りないどころか、弟の学費まで食い潰している。もう賭けないから飲まないから賭けてもいいと言って、やめたことなど一度もない。サイテーな親父である。母は父が身を持ち崩す前に死んでしまった。というよりも、父は母が死んだから酒とギャンブルに走ったと言った方が正確だ。父は母が死んでから十年余り、早く母に会いたいと言って酒を飲み、葉巻を吸う生活を続けている。

 そんな父は酒のせいで顔を赤くしながら花嫁姿の私を見て涙ぐんでいる。腹立たしい。父の隣には嬉しそうに頬を紅潮させている弟がいる。可愛らしい。

 そうこの貧乏こそが現状に直結している。これは間違いのない事実だ。奨学金と先生の温情のおかげで学校を卒業した私は一人前の大人として家の窮状に向き合うことになった。借金の返済と弟の学費の捻出。特に後者が喫緊の課題だった。手っ取り早くこの問題を解決するには一つしかなかった。

 愛人稼業である。若さを売ってお金を得る。輝くような美貌はないが、私の銀色の髪は希少価値がある。物珍しさはすぐに飽きられ、若さも期限付きだから、長続きをする稼業ではないが、弟の学費くらいはどうにかなる。当たりもつけていた。若い女が好きで、愛人を取っ替え引っ替えしている、そして何より資産家のヌーヴォー侯爵。私のきらめく銀髪を好きにできるなら弟の学費どころか父の借金まで返済できるような金を積んでくれるという約束もつけていたのに……。

 なぜ、私は幸せ・感動・野菜全マシマシな結婚式をしている?

 今日は朝起きてヌーヴォー侯爵からもらった白いドレスを着て(花嫁ドレスじゃん、趣味が悪いとは思った) 、愛人稼業初日を迎えんとヌーヴォー侯爵邸に向かうための馬車に乗り込んだら、目の前の新郎とされる男が嫌な笑みをして出迎えた。私が驚いている間に教会に到着し、流されるままに酒臭~い親父とバージンロードを歩き、神父に誓いますかと言われている。誓いません。

「誓います」

 隣の見慣れた顔をした男が大きな声で言った。何やってんだか。

 わかることといえば、こいつのせいで私はおめでたい花嫁衣装を着て結婚式に新婦として参加しているのだ。

 新郎として結婚式に主役ヅラをしている男はレオンハルト。名だたる公爵家のボンボンだ。奇しくも私の同級生である。随一の家柄にこの世の奇跡みたいな顔がくっ付いた爆イケ男。騎士としても実力はたしかで将来有望。天は二物を与えずは嘘かもしれない。ただし、性格は最悪及び下劣。天はレオンハルトをつくる際、気まぐれに才能を与えてみたが、出来の良さに腹を立て、その勢いで性格を模ったのだろう。

 レオンハルトは勉学と武術を要領良くこなすかたわら、生来のスペックを活かし、学校中の女性を引っ掛けていた。いつだったか、レオンハルトに学校中の女の子に手を出すのはなぜかと興味本位で聞いたことがあった。レオンハルトが言うには、特定の女の子を作ると面倒だからみんなと仲良くするようにしているらしい。その際に、相手から抱いてほしいと言われれば抱くなんていう生々しいことも言っていた。最悪である。最盛期には昼休みの中庭、放課後の教室、休日の図書室と倉庫には近寄るなが暗黙の了解だった。そんなに取っ替え引っ替えしていて誰一人の恨みも買っていない手腕は褒めるしかない。当然、皮肉だ。

 もちろん私も女であり、同じクラスという手近にいたため、早々に声を掛けられた。

「マリンカちゃんさァ、俺と放課後デートしない?」

 たしかこんなことを言われた。周囲は今日はマリンカの番ね、出席番号順だから仕方ないわねという薄い反応だった。レオンハルトが女子に声を掛け、放課後の予定を押さえるのが恒例になっていた。

「一身上の都合によりお断りさせていただきます」

 当時の私はそんなことを言ったらしい。らしいというのは、その時何と言ったか記憶になく、後日、レオンハルトに一身上の都合ってイヒヒヒッと腹を抱えて笑われたからだ。

 たしかに、そのようなことを言ったのだろう。私は放課後に先生の手伝いをして寮費と食費を免除してもらっていた。このことは他の生徒にあまり言わない方がいいと私は思った。ずるいと最もなことを言われそうだからだ。ただずるをしないと学校にいられない。私が学校を辞めると弟も学校に行かないと言い出すだろう。それは困る。

 そのため、放課後は予定があること、理由は言えないこと、何だコイツ腹立つが掛け合わされて一身上の都合で断るという言葉が私の口から出たのだろう。

 それから、私とレオンハルトは男女関係に陥ることはなかったが、時折喋るようになった。一身上の都合がよほど笑いのツボにハマったのかもしれない。決まって、レオンハルトは私が誰もいないところでボーとしている時に隣に座ってきた。レオンハルトとの時間は穏やかで悪くないものだった。卒業する頃には人を選ぶ軽口も叩き合うくらいの気安い仲にはなっていた。

 しかし、断じて結婚式に新郎と新婦で参加する仲にはなっていない!!!

「では誓いのキスを」

 神父が宣うのと同時にレオンハルトは私の顔を覆っているベールを上げた。

「よく似合っている。俺の見立て通りだ」

 新郎気取りの気障なセリフを吐きやがってと動揺している隙に、顎をがしと鷲掴みにされ、不覚にも唇を許すことになってしまった。

 この花嫁衣装も結婚式も全てレオンハルトが準備したに違いない。用意周到なことだ。父だけではなく弟も喜んでいるということは学生時代に密かに恋人だったとでも丸め込んだのだ。どこから嗅ぎつけたのか知らないが、きっと我が家の借金事情も把握しているのだろう。父の借金も弟の学費もこいつの手にかかれば些事。痛くも痒くもない金額だ。家族になるのだから支援すると確約したのだろう。父も弟も肩の荷が降りた顔をしている。私がこの場の流れに抗う理由がない。やられたな、悔しいな。

 頭に酸素が回らなくなってきたため、私はレオンハルトの胸板をドンと遠慮なく叩いた。

「不慣れだな」

 鼻から息をすればいいとレオンハルトがニマニマしながら指示をかましてきた。うるさい。やかましい。あなたと違うんです。

「本日は集まってくれてありがとう!人生で今日が一番幸せです!」

 レオンハルトが小慣れたスピーチを始めると、わぁっ!と周囲が盛り上がった。祝福する人々の中にはレオンハルトが侍らしていた女性もちらほら見える。レオンハルトと関係を持ってクビになった教師もいる。恨みを買わないどころか味方に迎えるとは。こーゆーところは素直にすごいと思う。脱帽。もちろん皮肉だ。

「姉上、おめでとう」

 レオンハルトがスピーチを終えると、花束を持って涙目の弟が近寄ってきた。愛すべき弟に心からの祝福をされた私はついに腹を括ってこう言うしかなかった。

「ありがとう」

 もちろん笑顔で花束を受け取った。

 外堀を埋め、用意周到に結婚式を準備していたレオンハルトに気付かず、まんまと先手を取られた私の完敗である。



 教会を後にして私とレオンハルトは馬車に乗り込んだ。これからレオンハルトの屋敷に向かうらしい。逃げられないようにするためか隣にレオンハルトが座ってきた。狭い。

「一身上の都合が無くなったな」

「……何の話」

「金繰りに困っていたから、俺を袖にした。そうだろう」

 いつの話をしているのだろうか。そういえばこの男、基本的にはからりとしているが、思いもよらぬところで執念深さを発揮していた。だが、私に断られたことを根に持つとは思わなかった。

「ヌーヴォー侯爵に不義理はしていないでしょうね」

 いろいろ言いたいことがあったが、一番当たり障りのないところを聞いてみた。レオンハルトの様子と出方を確かめたかったからだ。正直、なぜレオンハルトが私と結婚式を画策したのか意味不明だ。遠い昔に私に一身上の都合で断られたことを根に持っての蛮行ではないだろう。

 直接レオンハルトに聞けばいいと思うかもしれないが、性格の悪い友人に出し抜かれて騙され婚をやられてみればわかる。疑心暗鬼で腹の探り合いになるに決まっている。

「ハッ、丁重に身を引いてもらったぜ」

 レオンハルトは言うに事欠いてそれかよとゲンナリしている。悪手だったらしい。肌がレオンハルトの怒気でぞわぞわする。よくわからないが怒っている。なぜだ。謎が増えた。

「ハダカデバネズミのことなんか気にすんな」

 哺乳綱齧歯目デバネズミ科ハダカデバネズミ属。たしかによく似ているかもしれない。私が頭の中で動物図鑑を開いていると、レオンハルトが腰に手を回してきた。

「やめて」

 再びドンと強く胸板を叩こうとした左手を取られ、無理矢理レオンハルトの方に身体を向かせられた。

「俺のこと、嫌いじゃないだろう」

「好きでもない……」

 図星である。例に漏れず私もレオンハルトに惚れている。性格の悪さと女たらし具合は理由がどうであれ、恨みを買っていないからといっても、心底最低だと思うし、大嫌いだ。それでも、レオンハルトとの穏やかな時間が何より大事で、愛おしい。その思い出を汚さずにすむように私はレオンハルトとは対等でいたかった。誑された他の女とは違うぞなんていうくだらない意地もあったかもしれない。だから、借金を返済する代わりに結婚なんて絶対にしたくなかった。こいつもそれはわかっているはずだ。

「いくら支払ったの?」

「気にするな。結婚式の費用は俺が持つ」

「違う」

 結婚式の費用の話はしていない。そんなものはお前が払え。それ以外に、父の借金と弟の学費、もしや我が家の支援もしたのではないか?ヌーヴォー侯爵にも何か対価を支払ったのではないか?

「一身上の都合を解決するのも結婚式の費用の内だ」

 レオンハルトは渾身のドヤ顔をしている。なぜいいこと言ったぜ!みたいに自信満々なんだ。ムカつく。

「それで、私が喜ぶとでも?」

「いいや」

 レオンハルトはにっこりと笑っている。この世で一番美しく、悪寒が走る。機嫌が一周回って良い時の顔だ。

「どういうつもり?」

 堪え性のない私は聞いてしまった。いくら考えても、なぜレオンハルトは私と結婚したのか、さっぱりわからない。学生時代、そんな様子は毛ほどもなかった。そして、今のやりとりからはレオンハルトがヌーヴォー侯爵との愛人契約に怒っていることはわかるが、なぜ腹に据えかねているのか、一ミリも理解できない。

「あんなジジイにくれてやるなんて我慢ならないからなァ……」

 は?私は私のものだが?くれてやるなんてこいつ何様だ。

「どうしようと私の勝手」

「違う」

 勝手だと言い終わる前に声を被せられた。食い気味じゃないか。こんなに感情的になっているレオンハルトは初めて見た。相手の温度感に瞬間的に沸いた怒りが引いていくのを感じる。

「聞いたぞ。その銀色の髪を好きにしてやると愛人契約を結んだらしいな」

 随分赤裸々に知っているな。ヌーヴォー侯爵本人に聞いたのかな。髪ごときで我が家を立て直せるなら何てことない。ほっとけ、ほっとけ。

「そのくらいで我が家を立て直せるなら何てことないとお前は思っているのだろう?」

 わかってんじゃん。エスパーかよ。

「そして、俺と対等でいたいから金がないこともエロジジイの愛人になることも言わない!」

 わかってんじゃん。エスパーだな。

「すごいね、大正解だよ。じゃあ、私を慮ってほっといてくれないかなぁ。……解るでしょう?」

 なんて言い退けると嵐の前の静けさが訪れた。レオンハルトの逆鱗に触れちゃったみたいだ。あーあ、怒りすぎて一周回って正気に返ってくれないかなぁ。何で私と結婚したのだろうと後悔してくれないかなぁ。今ならあの結婚式はドッキリでしたテヘヘですむだろう。無かったことにできる。

「あんなのにやるわけないだろう。……逃してたまるかよ!!!」

 至近距離で大声を出すな、耳がキーンとする。しかし、こいつ今何と言った?やるわけないだろう?逃してたまるか?何だこいつ。

「何だこいつ」

 心の声が口からも出てしまった。やる?くれる?大人しく聞いてりゃあ好き勝手言いやがって!!

「結婚や愛人くらいで私が誰かのモノになると思っているのかしら?……なめくさってんの?」

 あまりの言い草にシームレスに殺意がやってきてしまった。だって、そうだろう。結婚や愛人という一種の契約でこの私が誰かの所有物に成り下がるとでも?馬鹿にしているのか。そんなやわじゃないぞ。

「いや、お前は誰のものにもならない。でも、あのジジイから自分のモンだって思われて扱われるんだ。……俺は許容できない」

「それは私の問題であってお前には関係ない」

「お前ならそう言うと思った。でもな、俺は誰かのモノとして扱われ、捨てられるマリンカなんて見たくないんだ……」

 レオンハルトが私の髪を触ってくる。不愉快だと睨みながらベシッと払い除けると、レオンハルトは満足そうににこりと笑った。

「だから、騙し討ちみたいなマネで結婚式挙げちゃった。ゴメンネ〜」

 一欠片も悪いとは思っていないゴメンネ〜だ。こんなに謝意のない、私の気持ちを逆撫でするようなゴメンネ〜はいまだかつてない。

「もちろん、結婚式を無かったことなんてしないし、離婚もしないから」

 レオンハルトから既成事実をでっちあげた余裕を感じる。そうだな、レオンハルトが画策したとはいえ、結婚した事実は変えられない。悔しい。後手後手に回ってしまった。敗北感がじわじわ染み出してくる。

「なぜそこまで……」

 とはいえ、疑問は解決されない。なぜレオンハルトが私と結婚式を画策したのか。家柄もお金もない私と結婚して何かいいことがあるのか?利点がない。いくら借りがあったとしても、愛人や浮気に寛容な妻になどなる気はないぞ。

「解らないのか?」

 解らない。私に敗北感でも与えたかったのか?よかったな、只今じわじわ敗北感を味わっているぞ。先手を取って優越感に浸りたかったのか?どちらにせよ趣味が悪いぞ。

「俺がマリンカのこと好きだから」

 ……それはしらなかった。レオンハルトの様子を見るに嘘はついていないようだ。レオンハルトは隠し事が大得意だが、嘘は苦手なのだ。

「……お前に好きな奴ができるとは」

「俺を何だと思ってるんだ」

「古株の教師から奥手な御令嬢まで浮き名を流したスケコマシ。図書室でも倉庫でも中庭でもヤる不潔野郎。一度抱いたら二度目はないユニコーン」

「ふふん、……嫌いか?」

 なぜ少し得意気なんだ。腹立つ。ここで一つギャフンと鼻を明かしてやりたい。やられっぱなしは性に合わない。先手必勝。攻勢に転じなければ……。

「嫌いよ。……でも、愛してる」

 すると、爛れた手練れだが直球に弱い男は耳を赤くした。ふふん、勝った。ザマアミロ。












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