第49話『ではそろそろ行きますね。女神様』(アリーナ視点)
(アリーナ視点)
エルフリアさんの協力もあり、世界中から集めた膨大な魔力で私は一つの大きな願いを叶える事が出来た。
それは、世界が穏やかで平和な物になる様に、という願いだ。
シルヴィアさんの行った魔力喪失事件も。
各地で起こっていた不作や災害の問題も。
ひとまずは、奪われた世界中の魔力を戻しながら整えて、よりよい状態にする事が出来た。
あとは定期的に世界をまわって土地や魔力、天候を安定させていけば良い。
動きが遅かった事もあり、大きな事件となってしまったが……結果として私は大きな物を得たと思う。
エルフリアさんやシルヴィアさんと同じ大きな魔力と、世界と繋がる力だ。
今の私なら、どの様な魔法でも容易く使う事が出来るだろう。
『アリーナさん』
「……女神様。ありがとうございます。色々と助けていただいて」
『いえ……私には何も出来ませんでしたから』
「そんな事は無いですよ。女神様に教えていただいた方法で、私はエルフリアさんやシルヴィアさんと同じ、力を手に入れる事が出来ましたから」
『……』
「これで、ずっと願っていた私の願いを叶える事が出来ます」
『アリーナさんは』
「……?」
『アリーナさんは、どうしてその様に、人を救うという事に一生懸命なのでしょうか』
女神様から聞くとは思わなかった言葉に、私はクスリと笑った。
これが当たり前であると、女神様なら言うだろうに。
「私が多くの人に救われて来たからです。多くの手に支えられて、多くの人に見守られて生きてきました。だから、その想いを返したいのです」
『ですが、その代償はあまりにも大きい』
女神様が酷く重い口調で、ゆっくりと語る。
しかし、その内容は、暗闇の世界でじっくりと悩んで決めた事だ。
今更悩む様な事は何もない。
『貴女は、貴女の体は魔力を多く集め過ぎたせいで、人ではなくなってしまった。|世界が産み落とした異物になってしまったのですよ? もう貴女が愛した人と同じ時間を生きる事は出来ない』
「それこそ、私が望んでいた事です。多くの力、いつまでもこの世界を見守る事が出来る命。素敵な事じゃないですか」
『これから、どれだけの別れと悲しみが貴女を襲うか! エルフリアやシルヴィアの比ではない。貴女は……人を愛しすぎている』
「だからこそです。私は誰にも利用されず、誰も優遇せず、独りこの世界で生きましょう。私の使命と共に。いつか私が静かに眠れる日まで。力は平和の為だけに使います」
私は悲痛な顔をしている女神様に笑顔で返しながら、目を伏せる。
別れは確かに辛いかもしれないけど、もう二度と同じ事を繰り返さない為にも。
カズヤさんやタツマさん。
聖女様やクロエさん。
お義兄様やジークさんがその命を犠牲にして、導いてくれた平和を、二度と失ってはならないのだ。
「ではそろそろ行きますね。女神様」
『……! アリーナさん!』
私は女神様に別れを告げて、白い空間から外へと出た。
そこはエルフリアさんと出会った森であった。
無事に魔法が成功したかな? と洞窟の奥を見れば、同じ顔をした二人の女の子がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
エルフリアさんとシルヴィアさんだ。
穏やかに眠っている姿は姉妹の様で、何だかんだとすれ違いはあったが、話し合いをすればきっと解決出来ると思う。
エルフリアさんの心も、シルヴィアさんの心も、どちらも求めている物は同じだったから。
分かり合う事は出来る筈だ。
落ち着いて話す時間が、この森には戻ってきたのだから。
私は森から転移して、冒険者組合へと向かった。
影からコッソリと隠れて、様子を伺う。
どこへ送れば良いか分からず、クロエさんとジークさんと、ジークさんのお友達二人はこの場所に送ったのだった。
暗闇の世界で一緒に居た人も、連れてきてしまったが、大丈夫だろうか。
いや、でも仲良さそうだったし。引き離すのも違うのかなって思って連れてきてしまった。
……。
まぁ、良いか。
好きな人と一緒に居て、嫌って事はないもんね。
今度は、楽しい人生を送ってくれればと良い思う。
私は冒険者組合の入り口で眠っているジークさんとクロエさん達をそのままに次の場所へと転移した。
次にやってきたのは、ミンスロー家だ。
お父様とお母様には申し訳ない事をした。
いきなり息子と娘が居なくなってしまっては、家を継ぐ者が居なくなってしまう所だった。
しかし、幸いというか。
お義兄様には前世という場所で妹さんがいらっしゃったようで。
お二人をミンスロー家にお呼びすれば、問題は全て解決という訳である。
貴族家なのに、血の繋がりは良いのか。という様な話もあるが、まぁ、元々私もお義兄様も血は繋がっていなかったし、状況に変化はなしだ。
問題は無いだろう。
お義兄様はずっと妹さんの事を気にかけていらっしゃったし。
これでようやく愛する人と共に居られるという訳だ。
私はソファーで互いに寄り掛かりながら眠るよく似た二人を見て、満足し、次の場所へ転移した。
先ほど女神様と別れたばかりで、何とも気まずいが、私は隣国の教会に来ていた。
聖女様に与えられた一室で、聖女様の様子を伺う。
……。
聖女様は多くの女の子に囲まれながら大きなベッドの上で寝ていた。
実に満足そうな顔をしているが、たまに苦しそうな顔をしているのは悪夢を見ているからか。
もしくは、聖女様のすぐ近くで握りしめた拳を聖女様の腹部に振り下ろしている女性が居るからか。
あまり深く詮索しない方が良いかもしれない。
そんな事を考えながら、私はそっとその場所を後にした。
あまり長居してはいけない空気を感じたからだ。
そして、私は前にも一度来た王宮にある殿下の私室に来ていた。
小さなベランダに立って、椅子に座り項垂れているレスター殿下を見据える。
何故その様に落ち込んでいるのか。
世界は平和になったというのに。
「……アリーナ」
「っ!」
私は急に名前を呼ばれた事で、バレてしまったかと驚いたが、どうやら私を呼んだ訳では無いらしい。
ただ、私の名前を呟いただけの様だった。
しかし、それでも……私が何か、殿下のお心に障る様な事をしてしまったかと不安になる。
だから……。
「殿下」
「っ! アリーナか!」
「はい。私です」
私は未来の王国を担う殿下が落ち込んでいてはいけないと声をかける事にした。
共に生きる事は出来ないが、話をするくらいは良い筈だ。
「アリーナ!」
「近づいてはいけません。殿下」
「っ!」
「私はもう人の世に関わってはならぬ者。お話以上は出来ません」
「そんな……君は、どうして」
「この道を選んだのです。私が、私自身の意思で」
「……」
「世界にある多くの問題はこれから少しずつ解決してゆきます。どうか殿下は、国を……民をお導き下さい」
「っ! 俺は、君を……!」
「では、さようならです。殿下」
そして、私は王宮から転移して精霊たちの住まう森へと向かった。
かなり時間が掛かってしまったが、シルヴィアさんではなく、精霊が呼び寄せた彼らは、戻すのに精霊の力が必要であり、時間が掛かってしまったのだ。
彼らの無事を確認して、ようやく全てが元の状態に戻る。
「……大丈夫そうですね」
元の体が失われてしまった彼らの体を戻す為には、新たにこの世界に生まれ直す必要があったが、どうやら上手く出来たらしい。
もし転生なんてごめんだ。という事であれば、その後の選択は彼らの物だ。
しかし、精霊の住まう森で両手両足を投げ出しながら眠る彼らは豪胆だなと思いながら目を細める。
カズヤさんに、タツマさん。
色々とお世話になった。
こんな事で恩が返せるとは思わないが、これからは自由に生きて欲しいと思う。
「これで、終わりですね」
私は今回の戦いで犠牲になった方々の無事を確認し、良かったと頷いて私の部屋からお気に入りのコートを呼び寄せた。
顔が隠れるフードと、変装用の眼鏡を付けて、これで良しと頷く。
そして、おかしな場所を探す為に、魔力が揺らいでいる場所へと転移するのだった。
さぁ、私、アリーナの旅が始まる!




