第48話『どの様な物であれ、願いは願いです』(エルフリア視点)
(エルフリア視点)
ずっとずっと言えない事があった。
友達だと喜んで、はしゃぎながらも、アリーナに伝えていなかった事があった。
もし、最初から伝えていたなら。
アリーナに嫌われても良いから。全部、伝えていたら、こんな事にはならなかったのに!
「いって! アリーナちゃんのところへ!」
「っ!」
「ば、バカな!?」
私は魔力を使い切って肩で息をしているアリーナと、その中に居るシルヴィアに向かって飛行し、アリーナの小さな体を抱きしめて空に飛び立った。
シルヴィアはアリーナの体で暴れるが、ここまでクロエたちと戦ってきたシルヴィアに、もう魔力は残っていない。
私が魔力で押さえつければ、シルヴィアは逃げる事も、暴れる事も出来なくなるという訳だ。
「くそっ、離せ! エルフリア!」
「離さない! もう二度と!」
「っ!」
「アリーナ! お願い、聞いて! 私は、ずっと! アリーナに隠してる事があったの!」
「誰が聞くか! お前の話など!」
「アリーナ!」
「黙れ!」
私はシルヴィアを無視して、アリーナを呼び続けた。
もう何も隠していない。
本心で、心にある全てを打ち明けたかった。
ここまでに出会った人たちに、多くの勇気をもらったから。
その想いを、アリーナに伝えたいんだ……!
「アリーナ!!」
『……この声、エルフリア、さん?』
「アリーナ!?」
「っ! 聞くなアリーナ! コイツは、自分の事しか考えてない奴なんだ! 私が! 私の方が!」
私は『アリーナの声』を聞いて、そこに向かって手を伸ばす。
外に居るシルヴィアなんて知らない!
その中で、暗闇の底で、蹲っているアリーナに向かって私は飛び込んだ。
『アリーナ!』
『っ! エルフリアさん? 本当にエルフリアさんなのですか!?』
『そう。私だよ。アリーナはもう、そう思ってないかもしれないけど……アリーナのお友達でいたい……エルフリアだ』
ジクジクと痛む胸を押さえながら、私はアリーナに告げた。
心を強く保たなければ、涙があふれてしまいそうだが、キュッと唇を強く締めて心を何とか平静に保つ。
『ありがとうございます』
『え?』
『どうしたのですか? エルフリアさん』
『いや、だって、ありがとうって……え?』
私の疑問にアリーナはいつもと変わらない強くて、暖かくて優しい笑みを浮かべながら私の頬を軽く撫でた。
そして我慢出来ずに流れてしまった涙をスッと拭ってくれる。
もう全部大丈夫なのだと告げる様に。
目元が赤く腫れているアリーナだって、先ほどまで泣いていただろうに。
『エルフリアさんが来てくれて。まだ私の事をお友達だと思ってくれているのなら、手はあります』
『アリーナ……』
『ここからどうやってエルフリアさんに言葉を伝えるか考えていたのですが、一気に短縮出来ましたね』
『どういう事?』
『はい。実はですね。声が聞こえまして。この事態を解決する手段を教えていただけたのです』
『誰に』
噛みつく様な勢いでアリーナに聞いた私は、ふわりと、どこか寂し気な笑みで私を見るアリーナに胸の奥で鼓動がドクンと鳴った。
なんだろうか。
嫌な予感ではない。
ただ、何か、酷く心を揺さぶる様な予感があった。
『女神様と、エルダーさんです』
『エル、ダー……?』
『はい。エルフリアさんとずっと一緒に居た、エルダーさんです』
パクパクと言葉もなく口を開けて、閉じる。
何かを喋ろうとするが、何一つとして言葉が出てくる事は無かった。
『エルダーさんは言っていました。シルヴィアさんが世界中に攻撃を仕掛けた事で、世界中の魔力が今、森の中に集まっていると』
『……』
『そして女神様が言っていました。膨大な魔力と純粋な『願い』があれば、全てを元通りにする事が出来ると』
『ねがい……』
『はい。世界の底に繋がるこの場所で、私は『多くの人の声』を聞きました。もう一つの世界。未練や後悔を抱えたまま亡くなって、それでもと手を伸ばした方の願いに触れました』
私はアリーナの言葉に、少しだけ周囲の暗闇に耳を傾けてみた。
【どうして私だけが!】
【いったい誰のせいでこうなったんだ!】
【お願い。この子だけでも助けて!】
【何故誰も助けてくれないんだ!】
【私たちが何をしたっていうの!?】
『っ!?』
『どうしました? エルフリアさん』
『これが、こんなモノが、願い……?』
『はい。そうですよ。どの様な物であれ、願いは願いです。救いを求めている。助けを求めている。だから、私は行くんです』
おかしいと思った。
こんな人たちの為にアリーナが頑張るだなんて、おかしいと。
そうだ。人間は昔からそうだった。
私はお友達が欲しくて、森を出て人間と知り合って、魔法を教えて、戦争に利用されて……。
それで、エルダーくんを失ってしまった過去を思い出し、唇を強く噛みしめる。
アリーナは昔の私だ。シルヴィアだ。
純粋に人を信じて、人の為にあろうとして、自分が傷つく道を選んでいる。
なら、いっそという気持ちが私の中にはあった。
今なら全部シルヴィアのせいに出来るから……人間なんて。
『エルフリアさん』
『っ! な、なに!? アリーナ』
『全ての人が完璧では無いのです。善い心だけを持っている人は居ません』
『……』
『そして、同じ様に。悪しき心だけを持っている人も居ないのです。危機的状況に、焦り、生き残りたいと叫んでいるだけの人も居ます。平時であれば、誰かを想う事の出来る人になれる』
アリーナは悲し気に震える瞳で私を見つめた。
そして手を差し伸べてくれる。
『どうか、私を信じては貰えませんか? エルフリアさん』
その手を見て。
私はここに何をしに来たのか思い出していた。
あれほど決意していたというのに。忘れていたなんて情けないが、思い出したのなら、頷くだけだ。
『アリーナ』
『はい』
『私ね。ずっとアリーナに甘えてた。寄り掛かって、何も伝えないで、何も見ないで、お友達だって言い張ってた』
『……はい』
『でもね。変わるよ。私。変わる。アリーナは言ったよね。全部が悪い人は居ないって。だから、私は、まだダメダメだけど、それでも、アリーナの本当のお友達に、なりたいの』
『私は……いえ、そうですね。では、エルフリアさんのお話をまた聞かせて下さい。私にお話したい事が、あるんですよね?』
全てを見通す様な笑顔で言われた言葉に私はコクリと小さく頷いた。
そんな私を見て、アリーナは安心した様に笑い、私の手を取って上を見上げた。
そして……。
「くっ、あぁ! どうして! アリーナ!」
「ここは!?」
「外の世界に帰ってきたんですよ。エルフリアさん」
腕の中から先ほどまで聞いていたアリーナの声が聞こえ、私はアリーナの手を握りながら指を絡める。
もう二度と離れない様に。
両手でしっかりと。
『エルフリア! お前が、私からアリーナを!』
「私じゃない。選んだのはアリーナだ!」
『うるさい! 全部、全部上手くいっていたのに! お前さえ、お前さえ居なければ!』
「シルヴィアさん……」
『お前はいつだってそうだ。私の欲しかったものを、全部取って!』
空中に浮かび上がるシルヴィアの影は、形を持たないまま半透明の体で私たちに叫んでいた。
そんなシルヴィアの叫びに、アリーナは悲しそうな目を向ける。
しかし、その瞳の中に、かつての私やシルヴィアの様な考えは見えない。
アリーナは全てを救うと言いながらも、ただ無意味に、全てに手を伸ばすのではなく、必要な所に必要な手を伸ばすつもりなのだ。
というよりも、今までもずっとそうやってきたのだろう。
あぁ、そうだ。
思えば最初からアリーナは、自分の意見を曲げなかったし、何だかんだと言いくるめて、私を森の外へ連れ出したんだっけ。
なんて、今更思い出して私は思わず笑ってしまった。
『っ! エルフリア! 私を笑ったな!?』
「……アリーナ。シルヴィアも、多分話せばわかると思う」
「私もそう信じています。だから、少しだけ眠って貰いましょう!」
アリーナから流れて来る大きな魔力に、これが世界中の魔力かと私は理解した。
そして、私の魔力も混ぜて、操りやすくしてからアリーナに返す。
握りしめた手を通して循環する魔力は、私達を中心として、世界中に放たれた。
世界が。白に染まる――




