第46話『さすがは……聖女様だぜ』(ジーク視点)
(ジーク視点)
まったく、とんだアフターサービスだ。
車の事故で死んで。目を覚ましたら赤ん坊になっていて。
成長したらかつて遊んだゲームの世界だった。
確かに、死ぬ直前に見たニュースで散々遊んだゲームがVRになるという話は聞いていたが、現実になれと思った記憶はない。
まったく、アイツの居ない世界に生まれても意味なんか無いんだがな。
要らない人生のアフターサービスだぜ。
なんて事を考えながら、それとなく生きて、何か人生の意味を見つけようと考えていた時に思いついたのが、ゲームの最難関クエストである世界の覇王となる事だった。
もしかしたら、アイツもこの世界に流れてくるかもしれないし。
来なかったとしても、あの世で良い土産話になる。
その程度の考えだった。
しかし、ちょっとした切っ掛けで、舎弟みたいな奴らが出来て。
妹の為に命をかけてるシスコン野郎にも出会って。
俺はこの世界が、少しだけだが気に入ったんだろうと思う。
アイツの居ない世界だが、壊されるのは気に入らねぇと思うくらいには。
「……っ」
つい先ほどまでデカい木が暴れていたこの場所は、地面が抉れ、木々はなぎ倒され、湖の水が溢れかえる戦場の様な状態だった。
いや、真実戦場であったのだろう。
巨大な木と、ちっぽけな人間がぶつかり合う戦場だ。
いや、戦場と言うにはあまりにも一方的すぎる戦いだった。
先にアリーナとエルフリアを助けに行ったサムライバカ共は意識を失ってるのか死んでるのか分からないまま、木にどこかへ弾き飛ばされた。
多分生きてないだろう。
レスター王子と、レスター王子を守ってたクロエは限界寸前。
舎弟二人も似たようなモンだ。
動けるのは、ヘンリーと俺だけか。
しかし、好機が訪れた。
何があったか知らんが、バカでかい木が突然燃え上がって、そのまま急速に枯れて倒れたのである。
「な、なんで!? 私の魔樹が!?」
「……今だな」
俺は、地面に倒れている舎弟二人に向かって叫んだ。
「お前らァ! レスターとクロエをエルフリアの所へ連れていけ! 王子が居なくなっちゃ国が終わりだからな!」
「あ、兄貴は!?」
「言わせんなよ! 俺様は! どんな戦場からも逃げる事はねぇ!」
俺はニヤリと笑って返し、すぐ隣に居たヘンリーにも逃げろと言おうとした。
しかし、やはりと言うべきか、ヘンリーは逃げる気が無いらしい。
真っすぐに視線を返して、頷く。
「ったくしょうがねぇ、シスコン兄ちゃんだ」
「兄なら、当然の事さ。妹を置いて、逃げる場所などない!」
「おのれ……人間どもが、魔樹を倒したからと言って! たった二人で私に勝てるつもりか!?」
アリーナの姿をした魔女はデカい木を生み出した時の様に、両手を横に振り、今度は大人くらいの大きさの木の人形を複数生み出した。
どうやらデカい奴は既に出せないらしい。
「お前たちもこれで終わりだ!」
「それは、どうかな!」
「まだ終わっていない。俺たちの戦いは」
俺の拳。
ヘンリーの細剣。
俺たちはそれぞれの武器を構えて、宙に浮く魔女に乗っ取られたアリーナを見据えた。
アリーナを操っているのは魔女の書だ。
アレを破壊すれば、アリーナは元に戻る。
だから……!
「行けェ!!」
「は、はい!」
「兄貴! どうかご無事で!」
「ま、待て! 私は王子として逃げる訳には……!」
「放しなさいよ! 置いて行けるワケ! アンタたち!」
叫ぶ様なクロエとレスターの声を聞きながら、俺はアリーナへと迫った。
ヘンリーがすぐ後ろから付いてきているのを感じつつ、木の人形からの攻撃をかわして、アリーナへと接近し、拳を振り下ろす。
しかし、アリーナは舌打ちをしながら俺に風の魔法を放ち、不可視の刃で俺を切り裂こうとするのだった。
だが、その程度は予想済みである。
魔法を使うという事は隙が出来るという事だ。
木の人形を踏み台にしたヘンリーが高速でアリーナへと迫って、その刃で本を切り裂こうと狙った。
「チッ! 転移!」
「っ!」
だが、その刃が本に届く事は無かった。
ヘンリーが放った攻撃は完全に魔女の隙を狙った物であったが、魔女はギリギリの所で転移の魔法を使い、逃げてしまったのだ。
中々に厄介だ。
確かにゲームでも魔女は転移の魔法を使うのだが、複数人で戦えば出現先を制限して戦う事も出来たし、エルフリアがいれば、こちらも転移で対抗できるのだが……二人ではどうも難しい戦場であった。
「人手が足りんか。まぁ、文句を言ってもどうにもならんがな」
「大丈夫か!? ジーク!」
「問題ねぇよ」
アリーナの放った魔法で、俺の体はあらゆる場所が出血し、ボタボタと血を地面に落としている。
が、それがどうした。
だからどうしたというのだ。
俺はこの程度で負けてやる程弱い人間じゃねぇんだ!
「おい。次は俺一人で転移まで持っていく。お前が本をやれ」
「そんな無茶な」
「無茶でも何でも……! やらなけりゃならないだろう! えぇ? お兄ちゃんよ」
「……っ! 分かった」
苦しそうに、悔しそうに頷くヘンリーを見ながら、俺は覚悟を決めた。
どうせ、人生のアフターサービスだ。
アイツにあの世で語れる武勇伝を作って、この物語を終わらせてやる、ってな。
「行くぜ!」
俺はこちらの様子を伺いながら、ふわふわと浮いているアリーナへと突撃して、右手の拳を振りかぶった。
しかし、アリーナは先ほどまでとは違い、反撃の魔法を使わず浮遊魔法だけで逃げ続ける。
なんだ。何がどうなっているんだ?
こちらの作戦を読み切っているのか。
もしくは、何かの作戦なのか。
いや! 違う。
俺は酷く焦った顔で逃げ続けるアリーナ……いや、魔女を見て、理解した。
魔女の行動をアリーナが阻害しているのだと。
この場から逃げない理由も。
何一つとして反撃しない理由も!
全てはアリーナが内部から魔女を押さえているからだと!
「どういう事だ! 何故! アリーナ……!」
「さすがは……聖女様だぜ」
「っ!」
「おっと! 逃がすかよ!」
俺は逃げ回る魔女の腕を捕まえて、笑う。
しかし、これで終わりではないと、魔女は俺に掴まれていない左手を振りかぶって叫んだ。
「舐めるな! やれ! 木人形!」
「っ!」
背後から胴体に鋭い何かが突き刺さる感覚。
そして、急激に体の熱が奪われていく感触に、俺は視界が曇って見えなくなるが、関係ねぇ!
既に目標は掴んでいるのだ。
アリーナは少し痛いかもしれねぇが、強い子だ。我慢して貰うぜ。
「その左手ごと貰っていく!! 最期の……一撃ォ!!」
「ぐぅあ!」
「ジーク!!」
「やれェ! ヘンリー!」
霞んだ視界の中で、ヘンリーが細剣で魔女の書を切り裂くのが見えた。
本は、当たり前の様に。
初めからそうであった様に、切り裂かれ、黒い汚泥をまき散らしながらバラバラに砕けてゆく。
しかし、流石は魔女と言うべきだろうか。
魔女の書は砕かれた瞬間に、世界を全て白に塗り替える様な閃光を放ち……周囲にある全てを破壊する爆発を引き起こすのだった。
アリーナが無事であったかは、分からない。
だが、すぐ近くにいたヘンリーが何もしなかったとも思わない。
(あぁ……まぁ、そうだな。アイツはやれる男さ。妹との約束……守れよ。ヘンリー)
そして俺もまた、全てを焼き尽くす炎と閃光の中に飲み込まれて、全て消してしまうのであった。
嗚呼。
あれからどれほど経ったのだろうか。
全身の痛みは消え、俺は白い砂浜で寝転びながら、波の打ち付ける音を聞いていた。
酷く懐かしい。
あぁ、そうか。
ここはあれだ。アイツと初めて行った海だ。
まだ学生で金もねぇもんだから、自転車で後ろにアイツを乗せて走って行ったんだっけ。
でも水着を忘れて、結局砂浜で海を見ているだけだったんだよな……。
なんだ。アフターサービスも綺麗に終わらせてやったって言うのに。次に来たのはこんな場所なのか?
神か、俺の中の記憶か知らんが、もっといい夢を見せて欲しいもんだぜ。
例えば、アイツがすぐ傍にいるとかさ。
と思いながら起き上がり、横を見て、俺は完全に固まってしまった。
「な……」
「お疲れ様。貴方の方が先に逝ったのに、随分と待たせるのね」
「え? いや、え……?」
「何をキョロキョロしてるの? いくつになっても落ち着きがない人ねぇ」
「いや、お前、なんで……! まだ、まだそんな、死ぬような年じゃねぇだろう! まさか俺の後を追って」
「おバカ!」
俺は酷く懐かしい。
けれど、忘れたくても忘れられない痛みを頭頂部に感じながら、プリプリと怒っている女を見る。
変わらない。
何も。
俺が昔くれてやったガキ臭いヘアピンも、仕方ないなぁとでも言いたげな笑顔も。
何も、変わらない。
「私は、あれから長ーく生きたわ。十分にね」
「そうなのか」
「当然でしょ。約束。忘れたの?」
「……んな訳、無いだろ!」
「「どっちかが先に死んでも! 土産話を十分に作ってから会いに行く!」」
「ね?」
「……そうだったな」
「だからさ。待たせた分。聞かせてよ。あなたの、冒険譚を」
「あぁ……」
俺は砂浜に寝転びながら一つずつ話してゆく事にした。
俺の人生に差し込まれた、余計なアフターサービスを。




