表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/50

第44話『義によって助太刀いたす!!』(第三者視点)

(第三者視点)


 エルフリアが住まう森の奥で、一冊の古びた本を手にしたアリーナは緩慢な動きで立ち上がると、小さく息を吐いた。

 その表情は酷く冷たいもので、エルフリアは見た事のないアリーナの表情に怯えを見せてから、一歩後ずさってしまう。


「アリーナ?」

「……」


 体は逃げたいと訴えていても、今日まで紡いできたアリーナとの絆がエルフリアの体を動かして、何とかアリーナの名前を呼ばせる。

 しかし、それが限界であった。

 元よりエルフリアは対人関係を苦手としており、アリーナに冷たい瞳で見据えられて動ける訳が無いのだ。


 完全に凍り付いてしまったエルフリアを見て、アリーナはフッと鼻で笑うと、彼女らしからぬ見下した様な顔でエルフリアの名を呼んだ。


「なんだ。エルフリア。まだ分からないのか? アリーナのお友達を自称していた割には、その程度なのだな」

「っ! な、なに……? なんで……?」

「分からないなら教えてやろうか。私だよ。エルフリア。数百年。いや数千年ぶりかな」

「ま、まさか……シルヴィア」

「なんだ。覚えているじゃないか。出来の悪いお前でも、この程度の事は覚えていられるのだな」


 震える両手をキュッと握り合わせて、エルフリアはシルヴィアと名乗ったアリーナを見据える。

 瞳には怯えの色が強く出ており、逃げ出していないだけまだマシという様な状態であった。


 そんなエルフリアを気にもせず、シルヴィアは両腕を広げ、笑みを浮かべたまま語る。


「なぁエルフリア。覚えているか? ここは私達が始まった場所だ。親も兄弟もなく、私たちはただの個として、この世界に産み落とされた」

「……」

「私たちは互いを認識しながらも、干渉せず、静かな時の中を生きていた。それで良いと思っていた。お前が全てを壊すまではな……」

「あ、アレは……わたしは、ともだちが、欲しかっただけで」

「友達が欲しかった、か。まぁそうだな。その気持ちは分かるよ。あの日は確かに心地が良い日だった。どこへでも行ける様な、何でも出来る様な気分の良い日だった」


 シルヴィアは瞳を閉じて、空を見上げながら『あの日』を回想する。

 言葉では言い表せない、特別ではない。特別な日の事を。


 そう。それは……。

 空が晴れていたとか。

 風が心地よかったとか。

 湖が綺麗だったとか。


 そういう言葉を持った理由以上に、心が輝く様な運命の日であったのだ。


「しかし、お前の行動は、この森に悪しき存在……人間を呼び込み、戦乱を呼んだだけだ」

「っ!」

「そして、互いに干渉せずとも、同じ時を生きる、同じ存在として認めていた。お前の事を友の様に思っていた私の気持ちを裏切った!」

「わ、わたしは……!」


 シルヴィアの言葉に追い詰められ、エルフリアはもう意味のない言葉を繰り返すばかりとなっていた。

 しかし、そんなエルフリアを見て、シルヴィアはまるで出来の悪い妹を見る姉の様な顔で笑う。


「しかしな。エルフリア。私はもうお前を赦そうと思う」

「……ぇ」

「生命の消えた暗黒の世界で過ごした数千年も、この時の為だと思えば、なんて事はない」

「なにを、いって……」

「分からないか? エルフリア。私は真の友を手に入れたのだ。アリーナ。という真の友をな」

「っ! そうだ! アリーナ! アリーナは!?」

「眠っているよ。私に体を預けてな。心の奥底で、母に抱かれた子の様に眠っている。実に可愛らしい事だ」

「アリーナの体を乗っ取ったの!?」

「選んだのはアリーナさ。この場所に来たのも。私の意思が眠る本を手に入れたのもな。全てアリーナの意思だ」

「やっぱり……! 魔力喪失事件は、シルヴィアの仕業だったんだ!」


 エルフリアは先ほどまでの怯えを断ち切って、手のひらをシルヴィアに向けた。

 しかし、そんなエルフリアを見てもシルヴィアは笑うばかりだった。


「だからどうした? アリーナ以外の人間がどうなろうと知った事では無いだろう?」

「っ! アリーナは!! アリーナの願いは!」

「フン」

「アリーナはいつだって、誰かを守ろうとしてたのに!」


 エルフリアは怒りのままに風の刃を作り出してそれをシルヴィアに向けて放った。

 シルヴィアはエルフリアと同じエルフである。

 あらゆる魔法を使いこなす彼女ならば、エルフリアの怒りに身を任せた稚拙な攻撃など打ち消してしまう。

 そう思ったからこそ、エルフリアはシルヴィアに攻撃の魔法を放ったのだ。


 しかし……。


「うっ!」

「え!?」


 シルヴィアは避ける事も防ぐ事もせず、わき腹を刃によって切り裂かれ、地面に膝をついた。

 溢れ出る血は、アリーナの白い服を赤く染めてゆき、地面にある草も血で染まっていく。


「い、いたいです……エルフリアさん」

「あ、アリーナ……?」


 苦しそうにわき腹を押さえながら潤んだ瞳で訴える『アリーナ』にエルフリアは血相を変えて『アリーナ』のすぐ近くへと駆け寄った。

 そして傷を癒そうと手を『アリーナ』に掴まれて、驚く間も無く地面に引き倒されてしまう。


「ぁう!」

「あー、痛い痛い。痛いなぁ。エルフリア。自分の手で大切なお友達を傷つけた気分はどうだ? エルフリア」


 地面に倒れたエルフリアの腕を足で踏みつけ、傷を癒しながらシルヴィアは笑う。

 先ほどエルフリアが見た『アリーナ』はシルヴィアの演技であった。

 それが今更になって分かって、エルフリアは心の中で暴れる感情のままに涙を流した。


 ズキズキと踏まれている腕以上に、心が痛んでいる。

 泣き叫びたい程に。


「お前は結局一人なんだよ。エルフリア。そして一人では何も出来ないクズだ。誰かの影に隠れて、怯えて、メソメソ泣く事しか出来ない足手まといだ」

「……うぅ」

「お前に何が出来た? アリーナの足を引っ張って、こうして傷つける事だけだ。クズはクズらしく、洞窟の奥に引きこもってれば良かったんだよ!」


 エルフリアはシルヴィアに言われるまま、何も言い返す事が出来ず、ただ、ただ、涙を流した。

 今までの全てが否定されていく様で。

 アリーナとの日々が踏みにじられている様で。


 エルフリアは言葉にならない痛みで、正体の分からない苦しみで、声にならない絶叫を上げる。

 そんなエルフリアを見て、シルヴィアは満足したのか、近くにあった木を魔力で操り、一本の槍を作り上げる。

 先端が鋭く、エルフリアの様な子供であれば容易くその体を貫き、命を奪う事の出来る槍を。


「さ、もう終わりで良いだろう。お前も光の無い世界に逝け。終わる事のない孤独の世界で泣き続けていろ」


 そして、エルフリアに向かって放たれた木の槍は、エルフリアの胸を穿つ……前に、何者かによって切り裂かれた。


「っ!? 何者だ!?」


 シルヴィアは危険を感じ、エルフリアから離れた場所に飛び退きながら、顔まで隠れる灰色のフードを被った正体の分からない者たちに向かって叫ぶ。

 一人は曲刀。そして、もう一人は大剣を持った正体の分からぬ二人は、エルフリアを庇う様に剣を向けながら叫んだ。


「我は! 幼女が大剣振り回しているのを見るのが好きなサムライ!」

「拙者! 幼女が刀を武器として、強者と渡り合っているのを見るのが好きなサムライ!」


「「義によって助太刀いたす!!」」


 フードを脱ぎ捨てて、真剣な表情でシルヴィアを見据える二人にエルフリアはボロボロの体で目を見開きながら涙を零す。

 うつ伏せになり、痛む体を何とか起き上がらせようとしながら、その二つの大きな背中を見つめた。


「信頼し合う二人の幼女を踏みにじる悪党め!」

「幼き心の宿った光こそ! 真の価値を示すと知れ!!」


「そう! 我ら! 例え見知らぬ異世界に転移させられようとも!」

「その心、変わらず! 未来ある命の為に使うと決めた!」


「「輝く様な魂の為に! この命、ここで燃やす!」」


 シルヴィアは不愉快そうに眉をひそめながら乱入してきた男たちを見据えるのだった。

 こうして、唐突にシルヴィアという名の少女との争いは始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ