第43話『少しくらい臆病な方がちょうどいい作戦です』
シルヴィアさんとエルフリアさんに力を借りて、何とか絶体絶命の危機から脱した私達であったが、転移した先はエルフリアさんと出会った森の中であり、魔力喪失事件を起こしたと思われる存在がいると思われる場所であった。
私は周囲を見ながらどうすれば良いかと考えてしまう。
このまま魔力喪失事件の犯人を捕まえる方が良いのではないかと、考えるが、お父様の声が頭を過った。
『無茶はいけないよ。場所が分かったら報告に来るんだ。後は私たちが対処するからね』
「……お父様」
「いてて、アリーナ、何があったの? ここは……? って、わ! ここ、森!? なんで森に!?」
「申し訳ございません。エルフリアさんの力を借りて転移したのですが、ここをイメージしてしまった様です」
「もう! 駄目だって言ったでしょ! すぐにでも帰ろう? ここは危ないんだから」
「ですが……! ですが、このまま進めば事件を解決出来る鍵があるかもしれませんし」
「駄目! ここは本当に危ないの! ここには!」
「ここには……?」
「あ、いや……その、ほら、危ない動物とかも居るし。前に会ったクマみたいなのも居るんだよ!」
「ですが、クマはエルフリアさんがあっさりと倒していましたよね?」
「それは、その、そうだけど……」
「お願いします。少しだけ。本当に危なかったらすぐに逃げますから」
「……」
「お願いします! エルフリアさん! 家で襲われた以上、もう安全な場所も無いと思うのです! ここへ来たのも何かの運命。解決出来るのなら、私は事件を解決したいです」
「……うぅ、ちょっと」
「ちょっと?」
「ちょっとだけだよ!? 何かあったらすぐに逃げるんだからね! 転移でパパっと逃げるんだからね!」
「はい。約束します」
私はエルフリアさんと手を繋ぎ、これですぐに逃げられますよ、と笑う。
エルフリアさんは少しばかり不満そうであったが、私の手を少し強く握り返して、小さく頷いた。
そんな優しいエルフリアさんに感謝しながら、私は森の奥へと進んでゆく。
一歩一歩、足を踏みしめて、大きな木々で囲まれた森の中を確認しつつ、歩き続けた。
「ここの木は……襲ってこないみたいですね」
「うん。多分。魔力を通して無いからだと思う」
「魔力を通す?」
「そう。アリーナの部屋で襲ってきたやつは、魔力で操られてたんだ。それを部屋いっぱいに張り巡らされてて、転移魔法も妨害してた」
「……! それで転移が出来なかったのですね」
「でも、アリーナは使えた。それが何でかはよく分からないんだけど、あんまり良い予感はしない」
私の手をキュッとさらに強く握りしめて、エルフリアさんは不安を吐露する。
私はそんなエルフリアさんを安心させるように、なるべく明るい声を出して語り掛けた。
「エルフリアさん」
「っ! なぁに? アリーナ」
「今、ここで転移をする事は可能なのでしょうか?」
「う、うん。それは出来るよ。別に妨害されてないし」
「では、妨害される時というのは一瞬でされてしまう物なのでしょうか? 例えば、ここでエルフリアさんの転移を妨害するのに、どれだけ時間が掛かるのでしょう?」
「うーん。分からない、けど……ここはアリーナの部屋と違って狭い場所じゃないから、完全に囲うまでには凄い時間がかかるんじゃないかな」
「では何か異変があれば、エルフリアさんの判断ですぐに転移をして下さい」
「っ! いいの?」
「はい。私の確認を待っていては間に合わない事もありますし。その方がエルフリアさんも安心出来ますよね?」
「……うん」
「ではその作戦で行きましょう。安心安全。少しくらい臆病な方がちょうどいい作戦です」
「ふふ、何それ?」
「以前お義兄様が教えてくれたんです。生き残る為のコツだって言ってました」
「そうなんだ。じゃあ、臆病作戦でいこう」
「はい!」
そして、私はエルフリアさんと共におっかなビックリ森の中を進んでゆき、かなり密度の濃い枝葉のカーテンを潜り抜けて、開けた場所に出た。
そこはまるで聖域の様な場所だった。
今までの木々がそこら中に生えている様な状況から一変し、風が通り抜ける背の低い草が地面を染め上げているその場所には一本だけ大きな木が生えており、その背後にある巨大な湖は木漏れ日が反射してキラキラと輝いている。
清浄な空気の満ちた、美しい場所だった。
私は思わずその空間へと足を踏み入れて、木の元へ向かおうとしたのだが、グイっと左手が引っ張られる。
何だろうかと振り返ると、エルフリアさんが少しだけ厳しい顔をして私を見ていた。
「えと? エルフリアさん?」
「危ないよ。燃えたのはずっと前だと思うけど、近づくと危ない」
「え? 燃えた?」
私はエルフリアさんの言葉に首を傾げながら顔を正面に戻して、目を見開いた。
そこにあったのは先ほどまでとはまるで違う光景だった。
神秘の象徴の様に見えた大樹は無残に焼かれ、枝葉も幹も何もかも真っ黒に焼け焦げている。
なんて酷い……。
「これも、魔力喪失事件の影響なのでしょうか」
「いや……違うと思う。ほら、見て」
「これは……足跡?」
エルフリアさんが指さした地面を見ると、そこにはぬかるんだ土にいくつもの足跡がついていた。
靴を履いていると思われるその足跡は人間の物であるとすぐに分かった。
大きさからして大人の男性か……。
「この足跡の人たちが燃やしたんじゃないかな?」
「いったい何故……」
「分からない……けど、良い理由じゃないだろうね」
「エルフリアさん……」
「人間はさ。アリーナみたいな良い子もいるけど、酷いことをする悪い人も居るんだよ」
「……」
寂し気に呟かれたエルフリアさんの言葉に、私は目を伏せながら大樹に向けて祈った。
かつてこの森で見たエルフリアさんのお友達、エルダーさんと同じ様に。
命を失くしてしまった大いなる存在へ。
私はただ、その魂の救済を求めて祈るのだった。
この祈りが何かに繋がるのか、それは分からないけど、祈らずにはいられなかったのだ。
「でも、魔力の状態におかしなところはないね。魔力が集められているって事も無いし」
「ではここは無関係という事なのでしょうか」
「うん。たぶん。そうかなぁ」
「では、偶然ここに迷い込んでしまったという事ですかね」
「そうだとは思うんだけど、うーん。何か引っかかるなぁ。うーん。何かあるかなぁ」
エルフリアさんは私から手を放して、燃えてしまった木の近くなどを確認していた。
魔力の状態などを見ているのだろう。
私もエルフリアさんと同じ様に燃えた木に近づこうとしたのだが、ふと何か声の様な物が聞こえて振り返る。
そして、風に乗って飛んできた一枚の紙を掴んだ。
それは何かの本のページの様であった。
文字が書かれているが、生憎と私では読む事が出来ない。
ページの端に焦げたような跡があり、それはまるで本が燃えた跡の様な……。
「……?」
本のページを見ていた私は、何かが頭の中で響くのを感じた。
それは昔聞いた楽器の様に、広く深く、私の中で響き渡ってゆく。
そしてその音は、声となって私を導いてくれる。
「いかなきゃ」
「うん? アリーナ?」
燃えてしまった大樹から少し離れた小さな木の裏側。
見えない様に魔法で隠された小箱の前で私はしゃがみ込んで、それに手をかける。
小箱には開かない様に魔法が使われているが、その魔法の解き方は、今教えてもらった。
私は魔法を使って小箱を開くと、中にあった本を取り出してしっかりと抱える。
そうする事で、今まで以上に強く繋がる様な感覚があった。
しかし、それと同時に私の意識が少しずつ薄くなってゆき、まるで眠る様に意識を落としてゆく。
「アリーナ? アリーナ!? 大丈夫!? アリーナ!」
「……はい」
だが、それでも嫌な感じはしない。
まるでベッドの中で眠る様な安心感があった。
『ふふ。アリーナ。良い子ね。これからは私がアリーナを守るからね』
「……」
そして私は体の奥で暖かな何かが私を包み込むのを感じながら、大きく息を吐いて目を完全に閉じてしまうのだった。




