第41話『同じだよ。魔力が奪われたんだ。それも急激に』
宿屋のご主人からの言葉で急ぎ宿屋から脱出した私達だったが、そのすぐ後に、宿屋は大きな音を立てながら崩壊した。
土煙を立てながら崩れていく様は、あと一歩遅かったらという恐怖を私たちの胸に刻みつける。
「こ、これは……いったい何が起きたのでしょうか?」
「分かりません。突然宿屋の中央にある柱にヒビが入りまして……」
「突然ヒビが」
私はご主人の言葉を聞いて、エルフリアさんに視線を向ける。
エルフリアさんは分かっているとばかりにコクリと頷いて、静かに崩壊した宿屋を指さした。
「同じだよ。魔力が奪われたんだ。それも急激に」
「そんな……」
「しかし、宿屋は木が直接地面に触れて無かったでゴザルよ?」
「出来ないんじゃないかって私たちが勝手に思ってただけで、実際は出来たって事だね」
「では……!」
私はエルフリアさんの言葉に、ハッと周囲を見渡した。
木造建築は宿屋だけじゃない。
石で作られた建物以外は崩壊の危険性がある。
「申し訳ございません! 宿屋のご主人さん。この街の木造建築は全て崩壊する可能性があります。急ぎ避難の警告を!」
「わ、分かりました!」
私は宿屋のご主人に連絡を頼みつつ、私自身も街の中を走り回って、木造建築や木に近づかない様にと警告を出し続けた。
その甲斐あってか、次々と崩壊してゆく建物の中で被害者は出ていないらしい。
いや、家が壊れているのだから、かなりの数の被害者が出ているのだが。
「しかし、どうしましょうか。この状況。ただ見ているだけというのは良くないと思いますが」
「それでもアリーナ様のお父上は危険に近づくなと仰っていたでゴザルよ」
「ですが、それでは被害者が増えるばかりです。元凶を絶たねば!」
「それが敵の狙いかもしれませんぞ! 冷静になりましょう。アリーナ様!」
カズヤさんとタツマさんの言葉に、私は大きく息を吸って、吐いてから、少しだけ冷静になった頭で私に出来る事を考える。
この場所は、魔力喪失事件の現場である森から比較的に近い場所だ。
ここがこれだけの被害を出しているという事は、違う場所も同じ様な事になる可能性が高い。
「エルフリアさん。申し訳ございません。転移の魔法を使っていただいてもよろしいでしょうか!?」
「っ! アリーナ! 危険な事は!」
「大丈夫です。危険な事はしません。ただ、今起こっている事を色々な街に警告するんです」
「……わかった」
「なるほど。確かにそれは重要ですな!」
「アリーナ様! エルフリア殿! そういう事でしたら、まず、我らを冒険者組合に送っていただけますか!? とにかく人手を集めるでゴザル!」
「分かりました。エルフリアさん。お願いできますか?」
「うん」
カズヤさんとタツマさんをエルフリアさんの力で冒険者組合まで転移して貰い、私たちは近隣の村や街へと順番に転移して危機的状況を伝えに行った。
幸い、私の言葉をすぐに信じて下さる方ばかりで、皆、木造の建物には近づかないという事で頷いてくれるのだった。
そうしている間にも、街や村の建物は次々と崩壊してゆき、生えている木は次々と枯れてゆく。
事態は一刻の猶予もない様に思える。
「……エルフリアさん」
「駄目だよ。森への転移はしない。さっきも言ったでしょ?」
「しかし、大元を止めなくては、事態は解決しないのでは」
「だとしても……行けばきっとアリーナは酷い事になる。だから、行かない!」
「エルフリアさん……!」
「私は、アリーナに傷ついて欲しくないんだ!」
涙ながらに訴えるエルフリアさんに私は目を伏せながら分かりましたと呟いた。
エルフリアさんの力が無ければ転移は出来ない。
それに、今は被害者を一人でも減らす方が大切だ。
「申し訳ございません。エルフリアさん。次の町に転移しましょう」
「うん」
それから私は、エルフリアさんと共に、森からどんどん遠い場所へと転移を繰り返して危機を伝えていった。
人的な被害は出ていないが、崩壊している建物や、木々を見る度に心が痛む。
自分に出来る事はないのかと苦しくなる。
もしも、もしも魔女の書を手に入れていれば。
力があれば、私もこの事態に戦えるのに。
でも魔女の書は森から失われてしまって、今はどこにあるのかも分からないのだ。
悔しい。
もっと真剣に魔女の書を探していれば良かった。
「……アリーナ。アリーナ」
「っ! は、はい!」
「大丈夫? アリーナ」
「はい。大丈夫です。申し訳ございません。ボーっとしていて」
「それは大丈夫だけど、どうする? 一度休む? アリーナの家は木造じゃないから、崩れないでしょ? あそこなら安全だと思うけど」
「……しかし、私一人安全な場所に居るというのは」
「大丈夫だよ。アリーナは凄く頑張ってるし。それに連絡はもうこの村で終わりでしょ?」
私はエルフリアさんに言われた言葉を受け止めながら周囲を見渡した。
そこには心配そうな顔で私を見ている村の方が居て、この場所が確かに目的としていた最後の場所だと分かった。
無我夢中で動き回っている間に、全ての場所を回り終わっていたらしい。
私は村長さんに、改めて木造の建造物や木に気を付ける様に伝えてからエルフリアさんと共にミンスロー家へと転移した。
疲れか、精神的な問題か。
足元がふらつく。
「アリーナお嬢様!」
「あ、ありーなが、大変だから、お願い」
「……」
「な、なに……?」
「いえ。お嬢様をありがとうございます。エルフリア様。エルフリア様もどうぞ中へ」
ミンスロー家に到着した私は、エルフリアさんと共にいつも通り、お風呂場に案内され、身を清めてから部屋に通された。
いつも使っているベッドに仰向けで倒れると、疲れが一気に体を襲っている様な感覚がある。
「大丈夫? アリーナ」
「……はい、なんとか」
「アリーナは頑張りすぎだよ。少し休もう。世界には警告したし、森に原因があるって事は分かったんだからさ」
「はい」
「ひとまず、私から、その……アリーナのお父さんにお話ししてみるから。何とかしてー! って、ひ、必要なら? 私も行くし」
「ありがとうございます。エルフリアさん」
「良いよ。だって、アリーナと私はお友達。だもんね」
エルフリアさんはベッドに仰向けになった私の額に手を当てて微笑んでくれた。
優しいお母様みたいな安心する微笑みだ。
「少し寝よう。アリーナ。小さいのに、無理しすぎ」
「それを、言うなら……エルフリアさんも……」
クスっと笑いながらエルフリアさんに言い返すと、エルフリアさんは子供らしく頬を膨らませながら子供じゃないよと訴えた。
とても愛らしい姿だ。
実に子供らしい。
お姉ちゃんとしては頑張らなければいけないなと思うのだけれど、今だけは少し甘えたい気分だった。
体も重いし、心も何だか追いつかないのだ。
「じゃあ……」
「アリーナ! 倒れたというのは本当か!?」
「……! お父様」
「おぉ、お話は出来るみたいだね。例の魔力喪失事件の関係か!? 敵は誰だ!」
「あ、いえ。そういう訳ではなく、少し疲れてしまった様です」
「そ、そうか。動き続けていたものな。分かった。少し休むと良い」
私はベッドに寝たままお父様と軽くお話をする。
そして、そんな私とお父様の会話に一生懸命エルフリアさんが入ってきた。
「あ、ありーなの! お父様!」
「何かな? エルフリアくん」
「そ、それが、悪い奴は、森の奥に居るって事が分かりまして! アリーナも、その、大変なので!」
「分かっているさ。ここから先は大人の仕事だ。重要な情報をありがとう。エルフリアくん。君もアリーナと共にゆっくり休むと良い」
「え、あ、はい!」
「なに。次起きた時には全て解決しているさ。ミンスロー家の騎士は優秀でね。アリーナの為だと知れば、皆実力以上の力を発揮する者ばかりなんだ」
「そ、そうなんだ」
「という訳だ。おやすみ。ふたりとも」
私はお父様の言葉を聞いて、エルフリアさんの手をキュッと握りしめた。
そして、目を閉じて意識をそのまま暗闇に落としてゆくのだった。




