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第40話『私の名前。シルヴィアっていうの』(シルヴィア視点)

(シルヴィア視点)


 遥かな昔、私は愚かな者達によって闇の世界へと堕とされた。

 生命が消えた先にたどり着く、底の世界だ。


 しかし、それでも私の意思は消えていなかった。

 僅かに繋がっていた糸を辿り、ごうごうと燃える憎しみの炎を糧に微かな線を繋ぎ続けた。


 生命の世界に残して来た肉体と、私の魔法を全て封じ込めた本を頼りにして、ゆらゆらと昏い世界の中を彷徨う。

 彷徨いながら、たまに見つかる未練の残る魂を生命の世界に送り込んで、混沌を願ったりしたが、それが何かに繋がったかどうかは分からない。

 この場所は暗くて、何も見えないのだ。

 生命の世界の事は分からない。


 いつまでこの日々が続くのか。

 いつまでこんな場所にいなければいけないのか。

 このまま何も出来ずに消えてしまうのか。


 長い時を暗黒の世界で過ごしていた私の心にはいつしか憎しみ以外の感情が生まれ始めていた。

 恐怖、不安、絶望。

 悲しみ、嘆き……願い。


 このまま終わりなんて、嫌だ。誰か、誰か……!

 私は叫んだ。

 誰にもこの声が届かないと分かっていても、知っていても、叫ばずにはいられなかった。

 このまま私という存在が闇に消える前に、どうか……。


 しかして、私の声は……闇に飲まれて消えるだけだった私の願いは、一つの奇跡を得た。


「……?」

『だ、だれ?』


 何も見えないハズの世界で、見えた小さな光。

 その先にはまだ幼い少女の姿が見えた。


 清浄な強さを示す、銀色の髪を揺らし、静かな湖面の様な柔らかさを持つ蒼玉の瞳を持つ少女だ。

 彼女はともすれば冷たさが宿ってしまう様な瞳に、確かな温かい優しさを含ませながら『私』を見ていた。


「おはなし、できるのですか?」

『え、えぇ……』

「わ……すごい。お名前をお聞きしても良いですか? 私はアリーナと申します」

『わ、私は……』


 少女に名を聞かれ、流されるまま答えようとしたが、そこでグッと喉が詰る。

 あれから世界がどうなったのかは分からないが、私の事はおそらく災厄の存在として歴史に刻まれているハズだ。

 憎悪の象徴として……!


「あ、ごめんなさい。お名前言いたくない事もありますよね。さっきのは無かった事にして下さい」

『……!』

「でも、お友達がお話出来るなんて思いませんでした」

『っ! お、ともだち?』

「はい。お父様がアリーナもお友達が欲しいだろうって連れてきて下さったんです」


 ふわりと『私』に向かって微笑む少女を見て、私は頬に涙が伝うのを感じた。


 嗚呼。

 こんな、こんな所に堕ちて、私が望み続けてきた物がこんなに近くに現れるなんて、なんて悲劇だろう。

 もし、もっと違う所で出会えていたら……。


 少女が『私』を抱き上げる姿から、『私』は父親から少女へ送られた人形か何かなのだろうと理解した。

 でも、それなら……良いか。

 それに、お友達だという少女には……やはり思いを伝え合う言葉は必要だろう。


『シルヴィアよ』

「え?」

『私の名前。シルヴィアっていうの。名前がある方が呼びやすいでしょう? アリーナ』

「っ! シルヴィアさん!」

『ちょ、さ、叫んじゃ駄目よ! そんな名前』

「え、そうなのですか? こんなにも綺麗で素敵なお名前なのに」

『――!』

「本日からよろしくお願いしますね。シルヴィアさん」

『……えぇ、よろしくお願いね』



 それから。

 『私』とアリーナは急速に仲を深めていった。

 アリーナは何処へ行く時も『私』を連れて行きたがり、私たちはいつも一緒にいた。


 闇の世界から意識が繋ぎやすい為、庭で長い時間話をしたり。

 ご飯を食べる時もアリーナに抱えられたまま食べたり。

 夜寝る時も、アリーナに抱きしめられたまま大きなベッドで寝る。


 友達というよりも、保護者の様な気持ちで私はアリーナを見ていた。

 でも、アリーナが友達だというのなら、私たちの関係は友達なのだ。


 ゆったりと流れてゆく時間をアリーナと過ごすのは、私の中にある恐怖を掻き消す物で。

 あれだけ強く燃えていた憎しみの炎を弱めさせる力もあった。

 このままアリーナが、大人になるまで共に居て。

 その穏やかな時間だけを胸に抱いて、暗闇の世界に飲まれても良い。

 本気でそう思っていた。


 しかし、事件が起きた。


 『私』とアリーナが共に家の近くで散歩している時、アリーナが何者かに誘拐されたのだ。

 ただの人形である『私』には、アリーナを助ける事が出来ず、必死に闇の世界から世界の木に干渉して、アリーナの姿を探したが、結局どうする事も出来ず、二日ほど経ってからアリーナは家に帰って来た。

 ボロボロの姿で、傷だらけの姿で、お話をしてきました。なんて笑って言っていた。


 それは、その姿は私にとっての恐怖だった。

 違う。

 私の願いはそうじゃない。


 これじゃ私の時と同じじゃないか。

 差し伸べた手を踏みにじられて、利用されて、殺される。


私の光(アリーナ)が、こんな昏く冷たい世界に落とされてしまう――!


 それは恐怖だった。

 そして、消えかけていた激しい怒りと憎しみを私の中から燃え上がらせた。

 このままではいけないと強く思った。


 だから、私はアリーナを守る事にした。

 他でもない。この私が。アリーナの大切なお友達である、私が。


『アリーナ。魔導の書。っていう本を知ってる?』

「魔導の、書ですか?」

『そう。それはね。この世界に魔法を伝えた……人間が、書き記した書なのよ』

「それは、凄いですね……! あ! もしかして、その中には雨を降らせる魔法もあるのでしょうか」

『えぇ、あるわよ。何でもある。この世界に存在する全ての魔法が書き記されてるわ』

「それなら、その本で、不作に苦しむ方々を助ける事が出来るのですね!」

『……えぇ。勿論よ』


 私は暗闇の世界で笑う。

 純粋な想いで、真っすぐに希望を口にするアリーナに微笑みを深くする。


『例え世界に戦争が起きたとしても、本の力を手にすれば、その圧倒的な力でどんな争いも止める事が出来るわ』

「っ!」


 そう。

 アリーナは純粋だ。

 真っすぐに世界を想っている。

 そして、頭が良い。

 だから分かる。私の本を、私の力を手に入れれば世界を平和に出来ると理解出来る。

 だからこそ、この強い誘惑から逃げる事は出来ない……。



 と、そう思っていたのに。

 アリーナはいつまで経っても私の所に会いに来てはくれなかった。

 魔導の書という名前が失われて、魔女の書と名前を変えられていたからだろうか。

 森の奥で待っているのが魔女だと知ってしまったからだろうか。


 アリーナも、やはり魔女は嫌なのだろうか。

 いや、嫌に決まっている。

 人間は私を魔女と蔑んで、遠ざけて、その命を奪ったのだから。

 アリーナも奴らと同じなのだ。


 違う。アリーナは違う。

 そうだ。アリーナはいつだって純粋だったじゃないか。

 でも、なら何故会いに来てくれない?

 早く、早く会いたいよ。アリーナ。


 段々とアリーナが『私』に話しかけてくれる回数が減って来た気がする。


 私は早くアリーナが力を求める様にと、アリーナの家が管理している場所の木から魔力を奪って事件を起こす。

 早く私を手に入れないと、大変な事になるよ。とアリーナに教える為に。


 しかし、アリーナはいつまで経っても私の所に来てくれなかった。


 いつ、いつ、いつ私の所に来てくれるのか。

 私は遠く終わりのない日々に、身を焦がしながら待つ。


 そんな長い、永い、永い日々の果てに……私はアリーナの気配を感じた。

 森の中に、アリーナが足を踏み入れてきたのだ。


 嗚呼。

 ちゃんと約束を守ってくれたんだね。

 アリーナ。


 と、そう思っていたのに。

 アリーナの近くには、あの女が居た。


 私をこんな世界に堕とした全ての元凶。

 私を裏切った、最悪の相手。

 かつて友人であったモノ。


 エルフリアが……!

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