第36話『分からないけど……何となく嫌な予感がするの』
家で色々な話をしながら待っていた私達であったが、夕方近くになってお父様が帰ってきた為、お父様の書斎へと向かう事になった。
メイドさんは微妙な顔をしていたけれど、カズヤさんとタツマさんも一緒だ。
話し合いをするのなら、色々な人の意見があった方が良い。
それは前回魔力が減っているのだと言い当てたエルフリアさんがいい例だ。
「お父様」
「あぁ。入ってくれ」
「失礼します」
「……スー」
「失礼しますっ!」
「声ででけぇよ。工場じゃねぇんだぞ」
「ぃやー、つい」
お父様は一緒に入ってきたカズヤさんとタツマさんに驚いていた様だったが、すぐに落ち着いた顔になると、椅子に座りなさいと言ってくれた。
そして、まずは私の報告から始まる。
「お父様。ひとまずご報告したい事があります」
「あぁ、聞こうか」
「はい。ミンスロー家を中心にして、北西方面を調査しました所、ある一定の法則で魔力が失われているという事が分かりました」
「一定の法則?」
「はい。こちら地図に魔力の喪失状況を記した物になるのですが、波紋の様に魔力の失われた地区が示されている事が分かると思います」
「……確かにな。これはなんだ? 自然現象なのか?」
「そこまではまだ」
「ふむ……」
お父様は地図を睨みながら腕を組んでため息を漏らす。
深く思い悩んでいる様だ。
もしかしたら人の手を超えた存在について悩んでいるのかもしれない。
それはそうだろう。
こんな事、人間に出来るわけがない。
何か超常的な存在、もしくは大いなる自然が起こしている災害か何かにしか見えないのだから。
「他、それとは別に起こっている魔力の喪失現象もあります」
「ほう?」
「地図の中で、一部異様に魔力の喪失が大きく起こっている場所があると思います。それらは自由に領内を動き回り、付近の木々から魔力を奪っている様に見えます」
「これか……確かに、何かが動き回っている様に見えるな」
「はい。エルフリアさんはコレを見て、魔力を食べる何かが居るのではないかと仮説を立てていました」
「魔力を食べる……何か、だと?」
訝し気な顔で私とエルフリアさんを見つめ返すお父様に、私はただ黙って首を縦に振った。
信じがたい事ではあるが、そう考えた方が自然なのだ。
否定する理由はない。
「しかし、それにしてはおかしいな」
「おかしい、ですか?」
「あぁ。アリーナの持ってきてくれた地図に、私が記録している建造物の崩壊や、がけ崩れなどの自然現象が起こった場所を重ねると奇妙な物が見える」
「……?」
お父様はご自身の椅子を離れ、私とエルフリアさん、カズヤさんとタツマさんの間にあるテーブルの上に地図を置くと、崩壊が起こった場所を丸で囲みながら日付を付けて行った。
それを見て、私もアッと、お父様の言う奇妙な事に気づく。
「これは……」
「え? どうしたでゴザルか?」
「何かおかしなことでも……? 日付が入ることで、より、それらしい何かがいたと分かりますが」
私は、ゴクリと唾を飲み込みながら、地図の上に指を置いて、順番になぞってゆく。
「エルフリアさんと共に森を出た私は、馬車に乗り王都へと向かいました」
「うん?」
「それから、王都でエルフリアさんが転移の魔法を使い、再びミンスロー家へ、そして森へと移動し、今度は冒険者組合へ」
「……!」
「冒険者組合へ行った後は、辺境の村まで馬車で移動し、その後、帰還。ミンスロー家へと戻ります。そして周辺の調査を行おうと、順番に街を巡って……再びミンスロー家へ」
喋りながら、地図を指でなぞり、私は改めて知った事実に震えた。
魔力を食べる何かは私達と同じ様に移動していたのだ。
辺境の村も、波紋の様に広がる魔力喪失現象の影響で起こったがけ崩れを調査する際に、もう一つ魔力を食べる何かが付いてきていた為、橋は落ちてしまった。
そして、それは今も変わらず私達の周りに居る可能性がある。
「アリーナは何かを見たか?」
「いえ。私は何も……! 気づく事もありませんでした。エルフリアさんは……?」
「私も、分からない」
「そう、ですか……」
エルフリアさんも分からないという何かに、私もお父様もうーんと考え込んでしまった。
いったい何者なのか。
どうして、私達の後を追っているのか。
「意見良いっすか?」
「はい。どうぞ。ご遠慮なさらず」
「では遠慮なく。実はですね。パニック映画という物がありまして」
「ぱにっくえいが?」
「はい。えー、何といいますが、例えば人類では勝てないとんでもない化け物が出てくる物語を書いた本みたいな物です」
「あー、冒険譚みたいな物でしょうか。ドラゴンと戦った英雄様の話は色々な場所にありますし」
「そうそう! そんな感じです。そんな感じの話で、今回の事件を解決出来そうな話が一つありまして」
「そうなのですか!?」
「はい」
カズヤさんはニコリと笑うと、そのお話を語ってくれるのだった。
神妙な顔で、両手を組みながらゆっくりと物語を紡いでくれる。
「その化け物は、土の中に存在する化け物なんです」
「土の中……ですか!」
「はい。地中を車……あー、いや馬車よりも早く動き回り、土の中から飛び出してきて獲物を食べてしまう。そんな化け物なんです」
「……おそろしいですね」
「そうですね。しかし、重要なのはそこではありません。重要なのは、彼らがどうやって獲物を見つけているか、です」
「……どうやって?」
「土の中を移動する彼らは目で獲物を見つける事が出来ない。だから音で獲物を判断している訳ですが……」
「音で私達を判断するのは……難しいですよね? 馬車で移動してますし……あ! そ、そういう事ですか!」
「え? 今ので分かったの? アリーナ」
私は隣でビックリしているエルフリアさんに、気づいてしまった衝撃の事実を伝える。
そう。
私達だけが持っている他の人たちとは違う特別な物。
それは……。
「エルフリアさんの大きな魔力をそのモンスターは感知している。という事ですね!?」
「その通りです。アリーナ様」
カズヤさんが頷いてくれたことで、私は自分の意見に自信を得ると同時に、エルフリアさんを狙っている何者かに恐怖を覚える。
そして、隣に座っているエルフリアさんをギュッと抱きしめるのだった。
「エルフリアさん。エルフリアさんの事は私が必ず守りますからね」
「う、うん……ありがとう。アリーナ。でもさ」
「はい? 何でしょうか」
「この何かが、アリーナを狙ってるって事は無いの?」
「私を、ですか?」
私は首を傾げながら自分の事について考える。
エルフリアさんと違って、私は魔力が多くない。
足音も特に、大きくは無いだろう。
匂い……? はどうなんだろう。でも、エルフリアさんと一緒にお風呂に入ってるし、私だけが土の中まで匂う様な状態ではないと思う。
「私は何も特徴がありませんから、私が狙われているという事は無いと思いますよ」
「うーん。そうなのかなぁ」
「不安なのは分かります。ですが、土の中に居る存在が、私に気づくのは難しいですから。狙われているのはやはりエルフリアさんでは無いかと私は思うのですが……」
「まぁ、そうでゴザルな。魔力を食べる存在が、膨大な魔力を持つエルフリア殿に付いていく。そう考える方が自然だと我らも考えるでゴザルよ」
「うむうむ。自然な流れであるな」
「そうなのかなぁ」
どこか不安そうにしているエルフリアさんの手を握り、私は問う。
何か不安な事でもあるのかと。
「分からない。分からないけど……何となく嫌な予感がするの」
「いやな、予感ですか」
「うん。何か大きな事に気づいてなくて、それが後で大変な事になっちゃう。みたいな」
「うーん。その感覚は分かるような気がします」
「だから……」
「分かりました。では、一応私が狙われているという可能性も考えておきましょう。私たちが見落としている何かがあるかもしれないですし」
「アリーナ……!」
「自信満々で推理した結果、間違えていた。みたいな話は以前読んだ小説でもありましたしね。可能性は常に意識しておきましょう」
「まぁ、アリーナ様とエルフリア殿がそう仰るのなら」
「我らも何かに気づいたらすぐにお知らせますぞ!」
「ありがとうございます」
「ではアリーナ。引き続き調査を頼めるかい? 今度は範囲を広げて……この波紋の形が本当に波紋なのか。また中央はどこなのかを突き止めて欲しい」
「分かりました! 頑張ります!」
「ただ、無茶はいけないよ。場所が分かったら報告に来るんだ。後は私たちが対処するからね」
「はい!」
私は続く依頼をお父様から受けて、元気よく手を挙げるのだった。
いよいよ真相へと近づいてきている!
そんな予感がしていた。




