第32話『いや、あの……私、本当に大人で』
どこまでも突き抜ける様な青空の下、私は街道の外れにある木に寄りかかりながら空を流れる雲を眺めて小さく息を吐く。
ポカポカと暖かな日差しは、眠気を誘う様な心地よい空気を纏っており、私の瞼は時間と共に重くなっていった。
「てーい!」
「おぉ! 素晴らしいですぞ! エルフリア殿!」
「刃が煌めいている!」
そんな中、少し離れた場所から聞こえてくるエルフリアさん達の声に、私はなんとか目を開いてそちらへ視線を送るのだった。
どうやらエルフリアさんは、カズヤさんやタツマさんと共に刀を振り回して遊んでいる様であり、お二人に応援されながら刀で空中に投げた木の枝を切っていた。
それがどれくらい凄い事なのかは分からないが、二人の反応からするととても凄い事の様だ。
「ね! ね! アリーナ! アリーナも見てた!?」
「えぇ。見てましたよ」
「へへ! 凄いでしょ! もう一回やるからね!」
エルフリアさんは私の近くに走り寄ってくると、先ほどと同じ様にカズヤさんが空中に投げた木の枝を叫び声と共に振った刀で両断する。
日の光で輝く刀は確かに煌めており、木の枝も横に両断され、ポトリと地面に落ちた。
「おー! すごーい!」
「これでエルフリア殿も立派なサムライですな!」
「へへっ! サムライだよ! サムライ! ね! ね! アリーナ! 私、サムライだって!」
嬉しそうに微笑みながらエルフリアさんは私の近くに駆け寄ってきて、私の隣に座りながら微笑んだ。
その姿は実に楽しそうで、楽しそうなエルフリアさんを見ていると、私も楽しくなってしまうのだった。
「アリーナもやってみなよ! きっとアリーナも凄いサムライになれるよ!」
「うーん。私は運動が苦手なので……」
「大丈夫ですぞ! アリーナ様!」
「そうそう! 我らの能力は全ての幼女に有効! アリーナ様も例外ではありませぬ!」
「私は大人なので、それはどうでしょうか。子供ではありませんからね……!」
「くぅー! これこれ!」
「やっぱり幼女はこれじゃないとなぁ!」
「いや、あの……私、本当に大人で」
「大丈夫! 分かっておりますよ!」
「えぇえぇ。よく分かっておりますとも! えぇえぇ!」
ニコニコと私を見つめる二人に、何か言い返そうとするが、特にコレといった言葉は浮かばず私は言葉を飲み込んで、お借りした刀を構えるのだった。
まぁ、私は大人なので、この刀をエルフリアさんの様に扱う事は出来ないだろうけれども。
それでも大人なので、しっかりと試してから否定するのだ。
ほら、やっぱり出来なかったでしょう? って。
その為にも、私は刀をキュッと強く握りしめて正面を見据えた。
そんな私にタツマさんがポイっと木の枝を投げてくれ、私はそれに向かっててーい! と刀を振り下ろした。
出来るはずがない!
出来る訳がない!
「てーい!」
「おぉー!?」
「素晴らしい! エルフリア殿よりも、鋭い煌めき! まさに幼女の中の幼女ですな!」
「すごーい! アリーナ! 凄いよ!」
「そ、そんな……バカな」
私は刀を握りながら呆然と自分がやった事を見つめた。
地面に落ちた木の枝は言い訳が出来ない程、綺麗に、真っ二つになっており、それは間違いなく私がやった事であった。
いや!
そんなわけがない!
私は大人なのに! こんな事が出来る訳がないのだ!
「も、もう一度お願いします!」
「おぉ、アリーナ様も刀の魅力に気づかれましたかな。分かりました。ではいきますよっ!」
私は再度、タツマさんに木の枝を投げてもらい、刀を強く握りしめて振るう。
大人!
私は立派な大人なのだ!
だから、さっきのはきっと何かの間違いなのだ!
そうに違いないのだ!
「てーい!」
「こ、これは!?」
「なんてことだ!」
私は結果を見るのが怖くて、刀を振り下ろした後、目を閉じていた。
そんな私の周りから、カズヤさんとタツマさんが喜ぶ声が聞こえる。
どうなったのだろう?
いや、きっと失敗したのだと思う。
だから、二人は驚いている。
そうに違いない。
「す、すごいよ! アリーナ!」
「え?」
私はエルフリアさんの声に、恐る恐る目を開けて……絶望した。
なんと、木の枝は真っ二つどころか、四つくらいに分かれて地面に落ちていたのだ。
「そ、そんな……!」
「いやー、まさか、これほどの煌めきをみせるとは……アリーナ様こそ幼女の中の幼女」
「うむ。幼女の星であるな」
「アリーナはすっごい子供なんだね!」
私は直視しがたい現実を前に、膝をついてしまうのだった……。
まさか、こんな、こんな事になってしまうなんて。
あぁ。
世界は絶望で満ちていた。
それから、私はふわふわとした微妙な気持ちのまま昼食の準備をカズヤさんたちと行い、地面に置いたシートの上でエルフリアさんと共にお昼ご飯を食べていた。
「まぁそう落ち込む事は無いでゴザルよ。大人に憧れる事もまた、成長として必要なこと故」
「そうそう。子供が子供らしく出来る事も大事な事であるからなぁ」
「……わたし、大人です」
「でも、アリーナが子供だったから、刀が使えたんじゃ無いの?」
「ズーン」
私は落ち込んだ気持ちを口に出しながら、気持ちを低下させてしまう。
少しばかり体をエルフリアさんに傾けると、エルフリアさんがキャッキャと喜びながら受け止めてくれた。
そんなエルフリアさんの優しさに喜びを感じながら、私は少しだけ話を逸らす事にした。
「そういえば、エルフリアさんはお二人と話をしていても大丈夫なんですね」
「大丈夫、っていうのは?」
「ほら、エルフリアさんってあまり人と話すのが得意では無いでしょう?」
「うーん。そういえば、そうだね」
「でも、お二人は大丈夫みたいなので、何か特別な事があるのかなぁと」
「確かに。うーん。なんでだろう。怖くない、とか?」
「怖くない、ですか」
私は何となく正面に座っている二人を見ながら、ふむ、と考える。
確かにお二人は非常に接しやすいというか、話しやすいというか、独特の雰囲気を持っている様に思えた。
「あぁ。我らが怖くない原因ですか。それはまぁ、前世が関わっているかもしれませんなぁ」
「ゼンセ、ですか」
「そう。我らは、この世界に来る前は、子供向けの玩具を作っていたのですよ」
「それで、イベントや開発で子供と接する機会が多く、子供が怖がらない様な話し方、接し方をする様になった故、エルフリア殿も怖くないのかもしれませんな」
「我らは子供好きであれど、子供には危害を加えないという立ち位置でもありますから。そういう所も関係しているかもしれませぬ」
「なるほど……色々あるのですね」
私はお二人の言葉に頷きながら、二人の言動を思い出してなるほどと頷いた。
確かに、彼らはエルフリアさんが良しとするまで近づかず、一定の距離を保ちながら話していたし。
話す時も常にエルフリアさんと視線を合わせる様にしながら話していた様に思う。
それは私に対しても同じ様な接し方で、他の人よりも話しやすさを感じていたのは確かだ。
そして、おそらくは私たちを見る目が優しいのも、関係しているのかもしれない。
なんて思いながら、私はエルフリアさんの交友範囲が広がった事に微かな喜びを感じていた。
「という訳なので、我らの幼女センサーは正確でゴザル」
「え」
「アリーナ様もエルフリア殿も間違いなく幼女でゴザルな」
「いや、それは……!」
「能力も、子供と長年接してきた我らの勘もそう告げているのですよ。残念ながら」
「ガーン」
私は再び大きなショックを受けて、はわわと倒れてしまうのだった。
そのままエルフリアさんの足の上に倒れ込み、頭を撫でてもらう。
いつもエルフリアさんが感じている事はこれかぁと思いながら、私はスッと目を閉じるのだった。




