第31話『まぁ見ての通り、旅の侍ですが』
カズヤさんという方と、タツマさんという方と共に旅を始めた私とエルフリアさんだったが、正直な所以前とそれほど変わらない旅であった。
何故かと言えば、お二人は私たちの考えを優先してくれるからであり、エルフリアさんもそれを当然の事と受け止めていたからだ。
「しかし、申し訳ない気持ちも感じてしまいますね」
「アリーナ様。お気になさらないで下され。これは我らの願いですからな!」
「そうそう。幼女の為に生きられる事、これ以上の喜びなどありますまい」
「良いんじゃない? 二人がこう言ってるんだし」
「そうそう」
「その通りですぞ。アリーナ様」
街道から外れた草むらで座る私に寄りかかりながら、エルフリアさんはお茶を飲んでお菓子を食べる。
エルフリアさんが食べているのはちょうど、先ほど行ってきたネーリンの街で買ってきたお菓子であった。
サクサクとしたクッキーの様でありながら、しっとりしたケーキの様でもある不思議なお菓子である。
「うーん」
「悩み過ぎだよ。アリーナ。二人が良いって言ってるんだから良いじゃない」
「そうそう」
「その通りですぞ。アリーナ様」
エルフリアさんは今までの人見知りはどうしたのか、すっかり二人にも打ち解けて、軽い調子でお菓子を食べながら歌う様に語る。
何だか私だけ妙に気にしている様でこそばゆい気持ちだ。
しかし、私の理想、考えを押し付けるのもそれはそれでおかしいのかもしれない。
私はそんな風に考えて、三人の言う様にあまり考えない様にした。
せっかくエルフリアさんが懐いている人たちなのに、あまり否定してばかりなのもよくないと考えたからだ。
という訳で、私もお茶とお菓子を楽しもうと、用意する事にした。
「では私もあまり気にしない様にします」
「助かるでゴザルよ」
「あまり幼女を悩ませるのも趣味では無いですからなぁ」
「それで、ついでと言っては何ですが、お二人の事を聞いても良いですか?」
「我々の事でゴザルか?」
「まぁ見ての通り、旅の侍ですが」
「サムライですか」
私は聞きなれない言葉を呟きながら、聞き返す。
どの様な意味なのかを。
おそらくは職業なのだろうと思うのだけれども、実際にどういう職業なのかは謎だ。
「サムライとは、刀を持った戦士の事でゴザルよ。刀とはコレの事でござる」
「カタナ……その先が曲がった剣ですか」
「左様。この剣は我が故郷に伝わる伝説の武器でしてな。サムライソードとも呼ばれますな」
「サムライソードですか……やはり聞いた事はありませんね」
「まぁ、我らの故郷はここからかなり遠い場所にありますからな。ご存じないのも当然かと」
ふむ。
と彼らの話を聞きながら私は頷く。
異国の話というのは面白い物だ。
彼らの様なサムライと呼ばれる人たちが多く居る国というのもいつか行ってみたいと思う。
どの様な国なのだろうか。
どの様な文化があるのだろうか。
興味は尽きない。
「ね、ね。私もソレ、持ってみても良い?」
「えぇ。勿論」
「エルフリアさん。危ないですよ」
私はカズヤさんから刀と呼ばれる私たちの身長くらいある武器を受け取ろうとしているエルフリアさんに声を掛けた。
しかし、エルフリアさんは私の言葉が届く前に刀を受け取っており、それを両手で持って、真っすぐに構えた。
「シャキーン! どう?」
「えぇ。とてもお似合いかと!」
「これだ! 我らの見たかったモノ! エルフリア殿! 次は、こちらを! この大剣も持ってくだされ!」
「いいよー。じゃ、アリーナ。コレ持ってて」
「えっ! わ、私はそんなに力がある訳じゃ……って、あれ? 持てる。軽い……」
私はエルフリアさんから渡された刀を持ったのだが、何と片手でも持てるくらいに軽かった。
こんなにもしっかりとした金属の塊なのに、こんなに軽いなんて、酷い違和感だ。
何か特殊な技術で作られているのだろうか。
「ふふふ。不思議に思っている様ですな。アリーナ様!」
「え、あ、はい。そうですね。ちょっとビックリするくらい軽いです。何か特殊な金属で出来ているのでしょうか」
「いえ。その様な事はありませんよ。その刀は我らが持った時には見た目通りの重さに感じるでゴザル」
「確か、二十キロくらいはあるんじゃないか?」
「ふむ。重さは……エルフリア殿やアリーナ様の半分くらいのイメージですかな。ザックリではありますが」
「そうなのですか……! でも私が持った時にはその様な重さは感じませんでしたが」
「それが我らの力なのです」
タツマさんは自信満々に頷くと、彼らの力を話してくれた。
この世界で唯一彼らだけが持っているという不思議な力の事を。
「生まれた時から俺たちは不思議な力を持っているんですよ」
「というよりは、与えられたって感じですかね」
「与えられた、ですか?」
「そう。自分の中にある情動というか、願いというか。そういう物を力に変えて貰ったんです」
「それは……女神様に?」
「いや、女神様って感じじゃなかったな。どちらかというと精霊、みたいな?」
「精霊……ですか!」
いくつかの文献や資料、そして伝承などで語られる存在、精霊。
彼らは人の目には見えない世界の何処かに存在しており、ごく稀に人に力を貸してくれるとか。
しかし、伝承はやはり伝承でしかなく、実際に精霊や、精霊に力を借りた人は見た事も聞いたこともない。
いや、無かった。
そう今、私の目の前に居るのだ。
精霊に力を借りた存在が。
「そう。そして拙者が授けられた力は、『幼女でも容易く扱う事の出来る大剣を生み出す事の出来る能力!』」
「我は、『幼女が持つだけで達人になれる刀を生み出す事の出来る能力』なのだっ!」
「おー」
「……えと、幼女というのは、まだ幼い女の子の事ですよね? エルフリアさんの様な」
「あぁ!」
「その通りでござる!」
「私たちだけが、得をする様な力に聞こえたのですが……」
「あぁ!」
「その通りでござる!」
何だか頭が痛くなってきた。
これは、どういう事なのだろうか。
彼らは精霊から力を与えられた英雄では無かったのか。
世界の危機に立ち向かう様な人ではないのか。
精霊は私やエルフリアさんの様な子が戦う事を期待していた……?
いや、まぁ、戦わなければいけないのなら、戦いますけれども。
この何とも言えない気持ちは何だろうか。
「我はぁー! 幼女が大剣振り回しているのを見るのが好きなサムライィィィイ! 義によって助太刀いたす!」
「拙者! 幼女が刀を武器として、強者と渡り合っているのを見るのが好きなサムライ! 義によって助太刀いたす!」
「アハハ。おもしろーい」
エルフリアさんの前で、二人はそれぞれの武器を構えてポーズを決めながら叫んでいた。
いつかの時にも聞いた様な言葉を。
「ね、ね。アリーナ。面白いよ。もう一回やって。もう一回!」
「良いでしょう! 我はぁー!」
しかし、彼らの力が私やエルフリアさんが武器を扱いやすくするだけだというのなら、彼ら自身は普通の人間と変わらないという事だ。
それで良いのだろうか。
精霊も、彼らも。
いや、ちょっと待って。
もしかしたら、もしかするんだけど。
クロエさんも精霊に力を貰っていた人なのでは……?
だって、壁になる能力なんて聞いた事無いし。
壁になったクロエさん喋ってたし。
喋る壁なんて聞いた事無いし。
「……なんだか、頭が痛くなってきましたね」
「ん? どうしたの? アリーナ」
「いえ。思っていたよりも世界は色々と適当なのではないかと思いまして」
「そんなの前からだよ」
「そうでしたか」
アッサリと言われてしまった言葉に、私はドヨーンとした気持ちになってしまう。
精霊がもっと世界の為に力を使ってくれれば、世界はもっと平和になるのではないか。
なんて考えてしまうが、彼らはきっと自由な存在なのだろう。
そういう事を望む事が間違いなのかもしれない。
「だからさ。アリーナもテキトーに生きるのが一番だよ!」
「……まぁ、努力します」
多分、そういう風に生きられる事は無いだろうけれども。
私はエルフリアさんに頷くのだった。




