第28話『魔力不足だよ』
街道沿いの橋が壊れてしまった。
という事件はあったけれど、それ以降は何も問題なく馬車は街道を走り、街に戻ってきた。
冒険者組合への報告はクロエさんが行ってくれるというので、お任せして、私はミンスロー家の方へと向かう。
お父様に報告しなければいけない事があったからだ。
特に橋の件は仮で作っているだけなので、急いで工事する必要があるだろう。
という訳で急ぎの用事があるとお父様に伝言して貰ったのだけれど。
何故か私とエルフリアさんはお風呂へ入る事になってしまったのである。
何故……。
「ぷか~ぷか~」
「ふふ。ご機嫌ですね。エルフリアさん」
「うん。アリーナの家はお風呂が大きくて、すき~」
「それは良かったです」
エルフリアさんはお湯の上でプカプカと浮きながら楽しそうに笑っていた。
私はそんなエルフリアさんを見つつ、会話を楽しんで、ゆっくりとしてからお風呂から出るのだった。
相変わらずエルフリアさんは、体をタオルで拭かれるのが嫌だったようだが、お風呂を出てからはいつも通りピッタリとくっついて笑顔で歩いている。
「アリーナの家は、たまに凄い怖いよ」
「そうなのですか?」
「うん。なんかこう、ジーっと見られてる事がある」
「見られている? んー。もしかしたら心配性な方が多いからかもしれませんね」
「そうなのかなぁー」
「きっとそうだと思いますよ」
私はエルフリアさんの疑問に答えつつ、廊下を歩いて、お父様の書斎の前にやってきた。
入り口の所に立っていた執事さんに話しかけると、中に案内してくれて、私はエルフリアさんと共に書斎に入るのだった。
「やぁ。おかえり。アリーナ。冒険はどうだった?」
「はい。とても楽しかったです。また色々と勉強も出来ました」
「それは良かった。それで? 何か報告があると言っていたね。教えて欲しいな」
「はい」
私は大きく息を吸って、吐く。
そして落ち着いた気持ちで、語り始めた。
「実はですね。今回冒険者組合の依頼でとある村へ行ってきまして」
「あぁ。組合から報告を受けているよ。大変な依頼だったが、アリーナたちが取ってきてくれた薬草のお陰で、薬の量が増える。これで助かる者も増える事だろう。ありがとう。アリーナ」
「はい。それは嬉しいです。ですが、問題もありました」
「問題?」
「はい。問題です。その村なのですが、がけ崩れが起こってまして」
「あぁ。そういえば半年前に起こっていたね。だが、すぐに工事というのは難しいんだ。今、工事の職人は別の作業を行っていてね。まだ村へ行く事は出来ない」
「……」
「可哀想な事だけどね」
「……お父様の事情は何となく察しておりました」
「流石はアリーナだね。優秀な子だ」
「ですので、現地で応急処置を行ってまいりました。こちらのエルフリアさんが!」
「ほぅ」
私は私の背中に捕まっていたエルフリアさんを前に出しつつ、お父様にアピールしたが。
エルフリアさんはお父様の視線を受けてサッと私の後ろに隠れてしまった。
そんなエルフリアさんに私もお父様も苦笑しつつ、ひとまずは話を続ける。
「畑の状態は元通りとはなりませんでしたが、畑仕事が出来る状態にはなりました」
「それは良かった。いや、本当に。ありがとう。アリーナ。エルフリア君」
「ただ、応急処置ですので、がけ崩れ対策はお願いしますね」
「分かっているさ。ここで私が何もしなかったら、怒り狂った村人に殺されてしまうかもしれないからね。アリーナこそ領主に相応しいものとして」
「そんな……!」
「無いとは言い切れないだろう? だからこそ、アリーナは現地へ向かい対策を行ったのだから。ありがたい話だよ。どうにも手が回らなくてね」
「最近多いですものね。がけ崩れや、建物の倒壊も」
「そうだね。どうにも難しい状況だよ。しかも壊れているのは広範囲で原因も不明。悩ましい問題だ」
「実は、村へ向かう途中にある橋も壊れていました。しかし、他のものと同じく、特におかしな所のない老朽化で」
「それは……わかった。では橋も直さなければいけないな。アリーナは大丈夫だったのか?」
「はい。私たちが村へ向かう際には何もなく、帰ってくる時に崩れていたというだけなので、私には特に何も」
「それは良かった……何か理由が分かれば良いのだがな」
私とお父様はうーんと唸りながら原因を考えていた。
しかし、そんな私たちへ当たり前の様に落ち着いた口調でエルフリアさんが語り掛けてきた。
「魔力不足だよ」
「え?」
「どういう意味かね?」
「橋が壊れた原因でしょ? 魔力が無くなったから、木が死んじゃったの。だから壊れたんだよ」
「……」
「がけ崩れの方も、多分同じかな。山に生えてた木が魔力を奪われて、枯れちゃったから、崩れちゃったんじゃない?」
「……お父様。ここ数年で崩れた物の一覧はありますか?」
「あ、あぁ」
私はお父様が渡してくれた一覧の紙を見ながら上から順番に確認する。
そこには様々な物が存在していたが、一つの共通している事項があった。
そう。全て木が材料として使われていたのである。
いや、一部石で作られた物などもあったが、こちらは耐久年数を大幅に超えていたので、本当に自然な形で壊れたのだろうと思う。
そういう物を除けば、壊れた物は全て木製であった。
「お父様、これは……!」
「あぁ。どうやらエルフリア君の言っていた事が正しいらしい」
私は、お父様と顔を見合わせながら、背中からエルフリアさんを前に連れて……連れ出す事が出来ず、諦めて、そのまま話す。
「エルフリアさん」
「んー。なぁにー」
「エルフリアさんはもしかして、木に宿った魔力が見えるんですか?」
「う、うん。見えるよー。木だけじゃないけど」
「この前、王都に行きましたよね? 王都の建物はどうでしたか?」
「どうって、言われても分からないけど」
「橋の時みたいに魔力が妙に減っているとかそういう事はありませんでしたか?」
「んー、な、無かった……気がする」
「お父様!」
「あぁ。王都はその殆どがレンガで作られていて、木材は使われていないからな」
「では村に行った時はどうでしたか? 村の家はその殆どが木製でしたよね?」
「う、うん……でも、村も変じゃなかったよ?」
「村はおかしくなかった……?」
「……ふむ。アリーナ。エルフリアくんと一緒にこっちへ来てもらえるか?」
「はい」
私はお話の途中、お父様に呼ばれ、窓際の方へと向かった。
お父様が座っている席のすぐ近くにある窓から外を見る。
「まず、あの左手にある建物を見てくれ。魔力はどうだ?」
「ふつう」
「では、右側は?」
「うーん、なんか魔力が揺らいでて……普通よりも減っている気がする」
お父様が指し示した二つの建物を見て、私はハッとなった。
そして、お父様へと視線を移す。
「まさか、地面に木が触れているかどうか、というのも関係があるのでしょうか!?」
「おそらくは……まだ確証はないが、その可能性が高いな」
「確かに、村の家々は木々の下にレンガを並べていて、直接地面には触れていませんでしたね」
「うむ。どうやら問題の根は見つけられそうだな……アリーナ」
「はい」
「エルフリア君と共に領地を巡り、この原因を調査して欲しい。これは冒険者アリーナへの依頼である。出来るかな?」
「はい!」
私はお父様に直接依頼を貰って嬉しくなってしまった。
そして飛び上がる様な気持ちで、右手を高く上げる。
領地に起こっている問題。
それを解決するべく、私は! 冒険者アリーナは各地を巡るのだ!
「では、すぐにでも向かいますね!」
「ストップ!」
「……っ! は、はい!」
「まずは冒険者組合へ行きなさい。そこで仲間を見つけるんだ。同じ苦難に立ち向かう仲間をね」
「な、仲間! そうですね! では冒険者組合へ行きます!」
「あ、ありーな」
「はい、なんでしょうか?」
「私が居るから、だいじょうぶだよ。二人で行こう? ほら、わたし、つよいし」
「確かに。エルフリアさんと二人なら大抵の事は何とかなりますね」
「待て! アリーナ! 二人では危な……!」
「転移!」
お父様が話している途中に、エルフリアさんが転移の魔法を使ったため、私たちは書斎からミンスロー家の前に一瞬で転移した。
そして、私がきょろきょろと周囲を見ている間に、いつの間にか正面に移動していたエルフリアさんが私の両手を握って話しかけてくれる。
「アリーナ。とりあえず二人で行ってみよう? 駄目だったら、また転移でここにくれば良いから」
「でも、エルフリアさんが大変なのではないですか?」
「だいじょーぶ! 私は簡単に転移出来るから! ね? ね? おねがい!」
「むー」
私はエルフリアさんへの魔法の負担と、エルフリアさんが人と話す際の負担を考え。
前者の方が良いかなと判断し、エルフリアさんの手を握り返した。
「では、二人で行きましょうか」
「うん!!」
「では、最初はここから近い街へ行きましょう!」
「ごーごー!」
楽しそうなエルフリアさんと共に私は二人で手を繋ぎながら歩き始めるのだった。




