第27話『これは、老朽化ですかね』
冒険者組合からの依頼は無事終了し、私たちは村を離れて再び冒険者組合を目指して馬車に乗りながらゆらゆらと揺れていた。
薬草採取は中々大変ではあったけれど、そこまで時間はかからなかったし。
特に問題なく依頼達成となりそうである。
「うぇー、ありーなー」
「エルフリアさん。お疲れさまです」
「つかれたよぉー」
「そうですね」
私とエルフリアさん。
クロエさんとニールさん以外は乗っていない馬車の中で、エルフリアさんは座席に寝転びながら私の足の上に頭を乗せて、私の手を引っ張る。
撫でて欲しいという事だろう。
「エルフリアさんはとても頑張っていましたからね」
「うん! がんばってた!」
「えらい、えらい」
「えへへー」
ニコニコと嬉しそうに笑うエルフリアさんを見ながら私も思わず笑顔になってしまう。
そして、私はゆったりと流れていく外の景色と、時間の中で目を伏せて……
「うわっ! 危ない!!」
次の瞬間にはエルフリアさんと一緒に床を転がっていた。
「あ、あら~?」
「あ、あり~な~!?」
私はコロコロと床を転がって、反対側の座席にぶつかってから、ゆっくりと体を起こした。
どうやら馬車が止まっているらしい。
「だ、だいじょうぶ!? アリーナたん! エルフリアたん!」
「大丈夫ですよ。エルフリアさんも大丈夫でしたか?」
「う、うん。だいじょぶ」
「あぁん、もう、無事で良かったぁー! ママは心配で!」
「誰がママだ。誰が……!」
「心のママよ!」
もはや慣れつつあるクロエさんとニールさんの言い争いを聞きながらも、私は馬車が止まった原因を確かめようと前に向かう。
そして私たちが座っている部分から、お馬さんを操っている御者さんが座っている席に繋がる小さな窓を開いて御者さんに声をかけた。
「あのー。何かトラブルですか?」
「あ、アリーナ様。急停車してしまい、申し訳ございません」
「いえいえ。それは大丈夫なのですが……馬車も止まっている様ですし。何かトラブルがあれば協力しますよ」
「おぉ、それはありがたいお言葉! それがですね。どうやら川の上にかけられた橋が壊れてしまっている様でして」
「あら。橋が壊れてしまったんですか!?」
「はい。それで一度馬車は止めたのですが、このままでは通れないので、別の道が無いかと地図を見て確認している所でした」
「なるほど。では私、一度馬車を下りて橋を見てみますね」
「あ、アリーナ様!? 危険ですから!」
「大丈夫です」
私は御者さんの声が聞こえてはいたけれど、このまま待っているという事が出来ず、馬車を降りて様子を見に行く事にした。
私の話を聞いていたらしいエルフリアさんはサッと立ち上がって、いつもの様に私の腕にしがみついた。
そして、クロエさんとニールさんもフッと笑いながら一緒に来てくれる。
そんなこんなで、馬車を降りてから馬車の正面へ回り込み、進行方向先にある川を見に向かった私たちは、かなり大きくて荒れ狂う川と、僅かに残された橋の跡を見つけるのだった。
「うーん。これは酷いですね」
「何か事件でもあったのかしら」
「どうでしょうか」
「わ、あぶないよ。アリーナ」
「大丈夫。足元には気を付けますよ」
私は川の近くの地面に打ち込まれた木の杭を見てロープや金具の様子を確認する。
そして、私と同じ様にニールさんも金具を触りながら確認していた。
「これは、老朽化ですかね」
「そうだなぁ、誰かが意図的に。という感じではないと思う」
「誰も橋の上には居なかったでしょうか。大きな川ですし……誰かが落ちていると大変ですが」
「そこは分からないが……負荷があって壊れたというよりは、自然と外れたような感じだからな。おそらくは大丈夫だと思う」
「どうしてそう言い切れるのよ」
「この場所だ」
ニールさんが立ち上がりながらクロエさんに言った一言で、私はこの場所の立地を思い出していた。
私たちが通ってきた道の向こうには、例の辺境の村があるばかりで、他は人が足を踏み入れる場所じゃない。
そして、この川を渡った向こう側にあるのも、私たちが行ってきた村とそれほど変わらない規模の村だ。
大規模な移動はほぼないと思っていいだろう。
この辺りは森やら山やらが殆どなので、隣国も同じような村があるくらいで戦争にでもならない限りは騎士さんが歩いているという様な事もない。
基本的には何もない場所なのだ。
「後々確認は必要ですが、現状としては人的被害はなし。という事で考えましょう」
「そうだな。しかし、それはそれとして橋はどうする?」
「正直なところ、川の向こうにある居住地区があの村しかない以上、この橋以外に通行できる場所があるとは思えません」
「……それはそうか」
「なので、一時的にでも橋を作らなくてはいけません」
私たちが通る為にも。
そして、あの村へと向かう人が通る為にも。
しかし。
だがしかし、だ。
橋を作るのはそんな簡単な事では無いのだ。
「うーん」
「アリーナ」
「はい。なんでしょうか。エルフリアさん」
「私、手伝うよ」
「……それは、ありがたいですね。では、一緒に協力して橋を作りましょうか」
私はエルフリアさんの提案をありがたく受け止め、仮の橋を作るべくエルフリアさんの魔法と私の目を使った共同作業を始めた。
一時的に通行出来れば良いのだから、見た目にこだわる必要はない。
が、後々工事をする際にも使える様に、しっかりとした橋を作ろう。
「アリーナちゃん。私たちにも手伝えることがあれば手伝うわよ!」
「せっかくある人手だ。使うべきだな」
「ありがとうございます。では、クロエさんとニールさん……」
「あ、アリーナ様! 私も何かお手伝いが出来れば!」
「では、あと御者さんには橋を支える為に使う太い木を見つけてきていただけると助かります」
「オッケー! じゃあ引っこ抜いて持ってくるわ!」
クロエさん達は元気よく近くにある森まで走ってゆき、私は彼女たちを見送ってからエルフリアさんと一緒に橋を作る為の前準備を始める事にした。
まずは残骸を取り除く必要がある。
残骸が残っていると、何かの拍子に流れて下流の方が危ないし。
あれがある事で水流も乱れているから橋が作りづらいのだ。
という訳で、私は魔法を使うエルフリアさんを後ろから抱きしめながら視線を合わせて、エルフリアさんの手に自分の手を重ねながら魔法を使ってもらう。
「力のある場所は分かりやすいですね。もう少し左に動かしますよ」
「うん」
「まずはここの柱を引き抜く必要があります。良いですか? いっせいのせっ、で抜きますよ」
「うん。だいじょうぶ」
「では、いっせいの……せっ」
「抜けた……!」
「これは危なくない場所に移動しておきましょう」
私とエルフリアさんは一緒に残骸を空中に浮かせて、近くの広場にゆっくりと下ろした。
そして、次から次へと柱を抜いては安全な場所へ移動させてゆく。
「大丈夫ですか? エルフリアさん。疲れてはいませんか?」
「大丈夫だよ。どんどんやろう」
「ありがとうございます。では順番にやっていきましょう」
それから私とエルフリアさんは橋の残骸を川から引き揚げて、川を綺麗な状態にした。
慎重に作業を行っていたため、だいぶ時間が掛かってしまい、私たちが全ての残骸を処理する頃には、クロエさんたちが既に大量の木を積み重ねてくれていた。
仕事が早い。
「アリーナ。次はどうする?」
「では次はクロエさん達が持ってきてくれた木を柱として川に差し込んでゆきましょうか」
「うん」
「場所はこちらで示しますね」
川の状態を目で見て、一番流れが穏やかな場所を探す。
更に川底の状態も確認し、容易く倒れない事を確認した。
「エルフリアさん。私の指を目で追ってください。その場所に木の柱を立てます」
「うん」
あとは、エルフリアさんの今見えている物を見せてもらい、正確にその場所へと突き刺した。
一回だけでもだいぶ大変だが、まだまだ橋を作る為には立てなければいけない柱が沢山ある。
私はエルフリアさんと意識を合わせながら全ての柱を差し、そして足場としてクロエさん達が用意してくれていた木材を使って簡易的な橋を作るのだった。
手すりも無いし、装飾も無い。
ただ、川の上に道を作っただけという様な状態であるが……まぁまぁ良い出来だと思われる。
最低限の働きは出来そうだ。
という事でイザとなったらエルフリアさんに浮かせて欲しいとお願いしてから、先に馬車を通して。
次に私たちも慎重に橋を渡るのだった。
何とか全員渡り終える事が出来たので、最後に簡易的な橋である事を書いた看板を残し、私たちは冒険者組合のある街を目指して馬車に乗り込むのだった。
疲れてすっかり眠ってしまったエルフリアさんを膝枕しながら。




