第17話『こんな事なら地図を持ってくるんでしたね……!』
「まぁ、とにかく……だ。まだまだお前は子供なんだ。ゆっくりと考えていけばいい」
「そうは言ってもよ? 貴族の子って結婚早いんじゃないの?」
「そうなのか? ならアリーナ。結婚が嫌になった俺の国に来い。ウチの国は全員自由恋愛だ」
「あら、話の分かる王様じゃない」
「当然だ。俺様は世界を統べる男だからな」
ジークさんとクロエさんから結婚の話を聞いて、気持ちを切り替えようと笑顔を作った。
そして、幾分か軽くなった気持ちと共に言葉を紡ぐ。
「ジークさん。先ほどは相談に乗っていただき、ありがとうございます。少しスッキリした気がします」
「そうか。それは良かった」
「何かお礼をさせていただければと思うのですが」
「構わん。気にするな。これも好感度稼ぎという奴だ」
「でも……」
「良いのよ。アリーナちゃん。良いって言ってるんだから。甘えましょ」
「お前に言われるのは不愉快だな。クロエ」
「ま! 自分で言った事じゃないのよ」
「だとしても、お前に指図されるのは気に入らない」
「メンドクサイ男ねー!」
クロエさんとジークさんが互いに座ったまま顔だけ近づけてぐぬぬと視線をぶつけあっていた。
そんなお二人を見ながら、何か、あまり気にしないお礼はないかなと私は考えを巡らせる。
「エルフリアさん」
「んー? なぁに。アリーナ」
「ジークさんに何かお礼をしたいなと考えているんですが、エルフリアさんがして貰って嬉しい事は何かありますか?」
「して貰って、うれしい事? うれしい事。うれしい事かぁー」」
「はい……」
「アリーナが手を繋いで一緒に居てくれたら、それで嬉しいよ!」
「そんな事でよければ」
「へへっ、ごろごろー」
エルフリアさんは私の足の上に頭を乗せて、私の方を見て笑う。
私もまたエルフリアさんを膝枕したまま、ニッコリと笑うのだった。
こういうお礼で良ければすぐにでも出来るんだけど。
ジークさんはそういうお礼を求めていない様に思えた。
何となくだけれど。
となると、やはりジークさんの事を知らなければいけないだろう。
と、私はエルフリアさんの頬や頭を撫でながらジークさんに話しかけるのだった。
「ジークさんっ!」
「止めてくれ。俺はエルフリアとは違うんだ」
「あ、いえ。それは何となく分かります」
「そうか?」
「はい。ですので、何かお礼をさせていただく前に、ジークさんの事を知りたいなと思いまして」
「俺様の事を?」
「はいっ!」
元気よく返事をすると、ジークさんは何とも言えない顔になった。
そして、クロエさんへ視線を送りながら口を開いた。
「援護を要請する」
「却下します。自分で相手しなさいな」
「くっ」
「世界の支配者になるんでしょ? 子供の純粋な目くらい受け止めなさいな」
「ならお前は受け止められるのか!?」
「ムリ」
「貴様……!」
言い争いの様な形になってしまったジークさんとクロエさんに、私はあわあわと両手を意味も無く動かしながら、何とか二人の争いを止めようとした。
しかし、私が口を開いて声をかけようとした瞬間、二人の視線が私の方へ向き、私は動きを止めてしまうのだった。
「えと……」
「ちょっと、アンタのせいで怖がらせちゃったじゃない!」
「なんで俺様だけの責任なんだ! お前も同じ動きをしていただろうが!」
「私は美人のお姉さんなんだから怖い筈がないでしょ!?」
「どういう自惚れだ! それは!」
「え、えと、喧嘩は止めて下さい……!」
「そもそも最初から気に入らなかったのだ! 貴様は!」
「はぁー? そういう事は最初から言った方が良かったんじゃないですかぁー?」
「おのれ……! バカにしおって!」
「あのー! け、喧嘩はー!」
「アリーナに意地悪するなー!」
私の言葉に被せる様に、エルフリアさんがジークさんとクロエさんに向かって叫んだ。
そして、同時に手を向け、何もない場所から大量の水を二人に向かって落とす。
まるで局地的な大雨の様なその魔法により、二人は嵐の中で出かけた時の様に全身がびしょ濡れになり、服は肌に張り付き、髪の毛も顔を隠すほどに濡れて垂れ下がっていた。
ゴゴゴという音が聞こえてきそうな圧迫感を受けつつ、私はエルフリアさんを見た。
が、エルフリアさんはまた私の足の上でこちらに顔を向けながらニコニコと笑っているのだった。
まるで褒めて褒めて。とでもいう様な顔に私は何も言えず、ただ頭を撫でる事しか出来なかった。
弱い私をお許しください……。
「あ、あの……えっと」
「ハァー」
「っ!」
「頭冷えたわ。ごめんなさいね。アリーナちゃん。エルフリアちゃん。子供の前でみっともなく喧嘩するなんて、大人失格だわ」
「え、えと?」
「安心しろ。アリーナ。別に俺様達は怒りなど感じてはいない。エルフリアの怒りはもっともだ。まぁ、やり方はもっと色々あるだろうと言いたいがな」
「まぁ、そうね。でもまぁ、分かりやすい方法ではあったわ」
クロエさんはサッパリとした笑顔を浮かべながら近くに置いていたびしょ濡れのバッグを寄せて、中から一つの魔導具を取り出した。
どうやら、服や髪の毛を乾かす為の魔導具の様だ。
確か、数年前から流行り始めた魔導具だったような気がする。
「お。ドライヤーか、良いものを持っているな。貸せ」
「コレ、一つしかないから。後でね」
「チッ。仕方ないか。なら自然乾燥の方が早そうだな」
「ちょっと!? いきなり服脱がないでよ! レディの前よ!?」
「何がレディだ。ここに居るのは子供が二人と……おまけしか居ないではないか」
「誰がおまけか! 誰が!」
「貴様の事だが?」
「誰が正直に言えと言ったか!!」
クロエさんの怒りは激しく、ジークさんと再び争いが始まってしまいそうであった。
しかし、私に出来る事はそれほど多くはなく、精々がたき火をおこす事くらいである。
という訳で急いでたき火を作ることにするのだった。
「わ、わたし、何か燃やせるものを集めてきます! エルフリアさん。質礼しますね」
「え? あ、あり~な~? 何処に行くの~!?」
「たき火に使う木の枝を集めてきます!」
私はエルフリアさんの頭をゆっくりと地面に下ろして、急ぎ立ち上がり走る。
たき火のやり方は本で読んだし、多分大丈夫だ!
とにかく木の枝をいっぱい持ってくればいい筈!
「わ、わわ、まってよぉー!」
「すぐに戻ります!」
私は手を伸ばすエルフリアさんに笑顔でそう言って、森の中を駆けて行った。
のだけれども……人生とは分からないものだ。
まさか、森の中で迷子になってしまうとは!
「木の枝はいっぱい手に入ったのですが……ここはどこなんでしょうか?」
両手で木の枝をいっぱい抱えて、私は周囲を見渡す。
が、どちらを見ても、あるのは木ばかりで、エルフリアさん達が待っている場所が分からない。
なんと情けない事だろうか!
まさか迷子になってしまうとは!
「こんな事なら地図を持ってくるんでしたね……!」
失敗から学ぶ事はある。
が、今欲しいのは現状を解決する方法であり、未来への学びではない。
残念だけれども!!
「どうしましょうか……」
「お困りかい? お嬢さん」
「わ! びっくりしました!」
「私は! 超絶イケメン騎士のニール! イケメン騎士の! ニールだよっ! 可愛らしいお嬢さん」
「えと、ニールさんですね。はじめまして。私はアリーナと申します。アリーナ・エル・ミンスローです」
「ほう。アリーナ。実に可愛らしい名前だ。ところでお嬢さん。何かお困りの様ですが、この! イケメーン騎士! ニールが手助けしましょうか? ん?」
「ありがとうございます。実は森で迷子になってしまいまして」
「なるほど! 森で迷子! それは困ったね。クマさんに出会っていたら大変だった。逃げなくてはいけないからねっ!」
「え、えと?」
「ふむ。反応なし。どうやら本当にこの世界の子らしい。超有名なもりのくまさんも知らない様だしな。しかし、普通の子がこんな森の中で迷子とは、難儀な事だ。人攫いから逃げてきたのかい?」
「いえ。お友達と一緒に森へ来たのですが、お友達の服が濡れてしまいまして」
「そうか。それでたき火をしようと夢中で木を集めていたら、迷子になってしまった。という所かな?」
「すごい! その通りです」
「ハッハッハ。まぁ、何となく想像は出来るものさ。しかし……そうと分かれば、お嬢さん。この騎士ニールがお嬢さんを安全な場所までご案内しましょう」
「よろしいのですか?」
「えぇ。無論ですとも。私はイケメーーン!! 騎士。可憐なお嬢さんを守る事も使命の一つだからね」
「ありがとうございます」
「いえいえ。構いませんとも。ではお嬢さん、お手を」
ニールさんは私の抱えていた木の枝を片腕で持つと、騎士様らしく私の手を取って下さり、そのまま森の中を進んでいった。
迷いなく進んでいく様子に、騎士様はやっぱり頼りになるんだなぁと私はワクワクした気持ちを感じ。
そして、それほどせずに、ニールさんと私は木々の世界を抜け、エルフリアさん達が居る場所へと戻ってくる事が出来るのだった。
「やはり、ここか」
「ありーな!」
「エルフリアさん!」
「……エルフリア? それに、アリーナ? ん?」
「ありがとうございます! 騎士様! 本当に助かりました!」
「いやいや、構わないとも! これもイケメーーーン!!! 騎士の役目だからね。容易い事だ! では、何かあればこの騎士を名を呼ぶと良い! 声が聞こえたなら駆けつけよう! さらば!」
「ありがとうございますー! 騎士様ー!」
私は森の中を駆けてゆくニールさんに手を振り、ニールさんから受け取った木の枝をエルフリアさん達の所へ運ぶのだった。