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第16話『結婚すると、世界がどの様に変わってしまうのかと、少し、不安で』

 夜明けまでもう少しという時間。

 私はエルフリアさんにお願いして、殿下のお部屋まで転移してもらい、命が狙われているという事だけ伝えて帰ってきた。

 ただ、報告が出来ればそれだけで良かったのだけれど。


「……とても高価な物をいただいてしまいました」

「なにこれ? キラキラしてて綺麗だね」

「はい。とても綺麗ですね」


 綺麗は綺麗だ。

 綺麗なんだけど、受け取ってしまって良かったのか、今でも悩んでいる。

 いや、あの状況で受け取らないというのは中々難しいのだけれど。


 私はいただいてしまったブレスレットを抱きしめながら仰向けで倒れた。

 どこまでも広がる夜空を見上げながら、殿下とのお話を思い出していた。

 とても理知的で、紳士的で。お優しい声をかけて下さる方だった。


「……」

「私もねるー。どーん」

「わっ、ビックリしました」

「えへへ。なんかアリーナがボーっとしてるから、てーいってやっちゃった」

「……もうっ、ありがとうございます」

「へへ」


 いたずらっ子のエルフリアさんに笑いかけ、私は小さく息を吐きながら再び空へ視線を戻した。

 遠い空の向こうを見つめる。


「何考えてるの? アリーナ」

「殿下の事や、家の事を考えています」

「えー。私の事も考えてよー」

「ふふ。ちゃんと考えてますよ」

「やった」


 両手で口元を隠して、クスクスと笑うエルフリアさんは大変可愛らしい。

 このままエルフリアさんと過ごしている日々は楽しいだろう。

 それが森であろうが、家であろうが、世界のどこかであろうが。


 でも、殿下に。

 男性の方に贈り物をされて、多分女として見られて。

 私は思い出してしまった。


 貴族である以上、貴族の家に生まれた子である以上、いつかは貴族の方と結婚しなくてはいけないという事を。


「結婚……ですか」

「ケッコン?」

「はい。好きな人と結ばれて、一生を共にする誓いですね」

「そうなんだ! じゃあ、私とケッコンしようよ!」

「それはちょっと難しいですね?」

「えぇー」

「私には貴族としての義務がありますし。パウダ王国は同性同士の結婚は認められてませんしね」

「ちぇー」

「まぁまぁ。友達としては一緒に居ますから」

「ふにー」


 エルフリアさんは私の腕に抱き着きながら、ふにー、ふにーと面白い声を上げていた。

 そんなエルフリアさんをそのままに、私はやはり目線を空に……。


『カシン聖国よ。カシン聖国へ行きましょう。カシン聖国なら、同性婚も認められているわ』

「……」

『大丈夫。何も怖い事なんて……』

「あのー?」

『はっ! 私は壁。私は壁』


 どこからともなく聞こえてきた声に、周囲を見渡してみれば森の中には似つかわしくない、壁。

 しゃべる壁があった。

 そして、私はしゃべる壁さんに覚えがある。


「えと、確か。クロエさん……でしたよね?」

『く、クロエー? 何のことか分からないカベねー』

「……」

『か、カベー』

「壁。壁ですか。分かりました。壁さんがそう仰るのなら、本当に壁なのでしょう」

『うっ……』

「申し訳ございません。壁さんに話しかけてしまって。これからは気にしない様にします」

『ちょっ!』


 壁さんが叫ぶ様な声を上げた瞬間、壁さんから光が溢れ、綺麗な女性が現れた。

 そして、大粒の涙を流しながら私に抱き着いてくる。


「ごめんなさい~! もう変な事言わないから! 意地悪しないでー!」

「イジワル?」

「え? なんでそこで首傾げるの? さっき意地悪言ってたよね?」

「えと、ごめんなさい。どの辺りでしょうか……。本当に分からなくて」

「ほら、私が壁だって言ってるから、じゃあ壁として扱ってやるぜ! オラっ! オラっ! みたいな」

「そ、そんな事は言ってません! ただ、クロエさんが今日はお話出来ない日なのかなと思って、壁だと思うようにしますと」

「あら。オホホホ。ごめんなさいねー」

「……」

「ほらっ! お詫びと言ってはなんだけど! 何でも相談に乗るよ! お姉さんに何でも相談して!」


 キラキラと輝く様な笑顔でそう言われ、私は先ほどから感じていた悩みを打ち明けてみる事にした。


「実は」

「うんうん。実は?」

「結婚を考えてまして」

「ふんふん。結婚ね」

「はい。結婚すると、世界がどの様に変わってしまうのかと、少し、不安で」

「なるほどね! なるほどね!」


 クロエさんはうんうんと頷く。

 うんうんと頷きながら、頷いていた。

 ……?


「あの、クロエさん?」

「え!? だ、大丈夫。結婚でしょ。分かるわよ。超分かる。もうメッチャ分かる」

「な、なるほど」


 クロエさんはうんうんと頷きながら、やはり、うんうんと頷いていた。

 おそらくは分からないのだろう。

 クロエさんは綺麗な方だが、まだ結婚された事は無いのかもしれない。

 こんな綺麗な方でも結婚出来ないのに、私ではもっと難しいのではないか。という不安も生まれてきた。


「そう難しく考える事はない。結婚だなんだと言っても、お前自身は変わらないからな」

「っ!?」

「あ、アンタは!」

「久しぶりだな。俺様だ。今日は好感度を上げる為に来たぞ。会話イベントという奴だな」


 私とクロエさんの話に飛び込んできたのは、以前お義兄様と戦っていた方で。

 そして、私とエルフリアさんを狙うと言っていた方だ。


「何が会話イベントよ。ココはゲームの世界だけど、ゲームの世界じゃないのよ?」

「その程度の事は理解している。だが、こう言った方が転生者のお前には分かりやすいだろ?」

「うぐっ」

「という訳だ。アリーナ。お前の悩みに、この俺様が答えてやろう」

「アンタに分かるの? 結婚に悩む少女の気持ちが。そもそも結婚した事あるの?」

「あぁ。ある」

「うぇぇええええ!!?」

「まぁ、前世の事だがな」


 落ち着いた様子で、私たちから少し離れた場所に座った男性は地面に飲み物の瓶を置き、グラスを用意して私たちに手渡した。

 そして、グラスに飲み物を入れてくれる。


「アリーナちゃん。飲んじゃ駄目よ。毒かもしれないわ」

「バカめ。ここで毒など入れて、どんなメリットがある」

「分かんないじゃないのー!」

「分かるさ。そもそも殺す気なら毒など入れず、直接首を取る。それをするだけの力が俺様にはあるからな」


 男性の言葉に、確かな納得を得た私はグラスに入っていた飲み物を一口飲んでみた。

 無言のまま私の動きをジッと見ていたエルフリアさんも同じ様に一口飲む。

 そして、私たちは顔を見合わせながら飛び上がりそうなほどの気持ちで口を開いた。


「おいしいー!?」

「ねー! すごい! ねー!」

「そうだろう。子供が好きな物と言えばジュースだ。この森より更に南方にある森から取ってきた果実でジュースを作った」

「え? もしかして手作り?」

「無論だ」

「器用なのねぇ。アンタ。あ。確かに美味しい」


 私は男性の渡してくれたジュースを飲みながら、先ほどの話の続きをする事にした。


「あの、その、結婚という物はどの様なものなのでしょうか」

「簡単に言えば家族が増えるという事だ」

「家族……」

「そうだ。お前の両親も元は他人だった。しかし、結婚する事で一人が二人となり、二人の間にお前が生まれた。家族が増える事で人は孤独では無くなり、人生という時間の中で共に支え合い、共に笑い合う存在を得る事が出来る」

「……共に、生きる」

「そうだ。単純だが、難しい事だ」


「驚いた。アンタ、こんな真面目な事言えたのね」

「俺様をなんだと思っているんだ。この世界を支配する王になる男だぞ」

「そういう所からはホント、想像できないわ」

「そもそもさっきから何だ。アンタアンタと、俺様にはジークという名前がある」

「へーへー。ジーク様ね。おー偉大なるジーク陛下」

「バカにしているな? 女」

「あのね。アンタに御大層なジークって名前がある様に。私にはクロエっていう名前があんのよ」

「クロエか。覚えた。確か壁になるという能力者だったな。あらゆる場所で使えん能力だが、あまりにも哀れだからな。同じ転生者として、拾ってやらんでもないぞ」

「何が拾ってやるか! 中二病が! どうせアンタもアリーナたんとエルフリアたんを抱え込んでハーレム! とか考えてるんでしょ!」

「下らん」

「……!」

「俺の隣に座って良い女は椿一人だ。例え世界が変わろうが、その事実は変わらん」


 ジークさんの言葉に、私は思わず口を開いて聞いてしまった。

 その言葉に、お父様の様な深い愛情を感じたから。


「その、ツバキさんという方は」

「お前が先ほど悩んでいた結婚の相手だ。俺と共に生きて、俺が置いて来た女だ」

「……愛して、いたんですか?」

「あぁ。世界の誰よりもな」


 以前お義兄様と戦った時に見せた様な笑みとは違う。

 暖かく、どこか親しみを感じさせるような笑みをジークさんは浮かべ、私はその笑顔に、結婚への興味を少しだけ持つのだった。

 こんな風に思い合う人と、いつまでも共に居られるのは、どれだけ幸せだろうか……と。


 キュッと、エルフリアさんと繋いでいる手を握りしめながら、考えるのだった。

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