第15話『俺の目標はあくまでこの国の安定とアリーナちゃんだ。』(レスター視点)
(レスター視点)
俺はパウダ王国第一王子レスター・リ・パウダである。
第一王子という事は? そう。王太子という事である。
つまりは、偉いという事だ。
偉いという事は! 何をしても良い!
……という訳では無いのだ。
「殿下。本日は歴史の勉強をしましょう」
「あぁ。分かった」
「今日は特に重要な所ですからね。気合を入れていきますよ」
「頼む」
「はい!」
気合を入れている教師を見ながら、俺は心の中でため息を吐く。
今日も今日とて、勉強勉強。
自由な時間などは一切なく、ただただ与えられる課題に向き合う日々だ。
やるべき事は山の様にあり、やらねばならぬ事には際限がない。
どこまで走れば終わるのか、分からない勉強の日々は前世の受験勉強を思い出させた。
終わりのないトンネルを走っている様な息苦しさは、当時とさほど変わりは無いだろう。
しかし、だがしかしだ。
前世で死ぬほど頑張った受験とは大きく違う点がある。
それは、ライバルが存在しないという点だ。
受験では全国から無数の天才たちが俺を踏みつけ、上に上にと向かっていったが。
この世界において、俺は既に勝利者なのだ。
何せ第一王子。王太子だ。
妙な事をやらかさない限り、俺の勝利は揺るがない。
だから、真面目にやるし。王子として立派であろうとも考えている。
だが、荒んでいく心が俺の中にある事もまた事実であった。
どこかでパーッと解放されたい気持ちがある。
しかし、王宮の中では常に人の目があるし。
街へ出ようものなら、やれ色ボケ王子だの、女好き王子だのと。
こちらが何も言えないのを良い事に、言いたい放題……!
俺がいつ、色ボケをしたというのだ!
確かに? 王宮へ突然飛び込んできた頭お花畑の女の相手はした。
しかし、それだって理由あっての事だ。
王族だと言っても、貴族に反乱されれば待っているのはギロチンだろうし。
どこかの家だけ贔屓すれば、貴族同士で争いが始まり、国は荒れ、最悪は他国に侵略されるか革命待ったなしだからだ。
あー、そういえば、このゲームのバッドエンドって、そういうのが多かったなぁ。
と俺は前世に散々遊んだアプリゲームを思い出して、憂鬱な気持ちになった。
思い起こせば、あのゲームでも、ひたすら王太子たる俺は勉強して、人を接待して、勉強して、人を接待していた。
アプリゲームだからやる事が少ないんだろう。なんて思っていたが、まさかこれが現実だとは……!
何が理想の王子よ。何が理想の国家よ。
これじゃ国の奴隷と何も変わらないだろうがよ!!
なんて、心の中で叫んでも何かが変わる事もない。
何か息抜きが出来ればなぁと思わなくもない訳だ。
「その為、王は聖女と結ばれる事で国を安定させようと考えたわけです」
「……結婚か」
「はい。政略結婚という物ですな」
「なるほど」
そうだ。
結婚。結婚だよ。
王太子のスペック上げて、国を安定させればさせるほど、可愛い子と結婚出来るんだ。
特に最高クラスまで上げると出てくるアリーナちゃんは本当にいい子で。
あの子と結婚してからのゲームは最高だったなぁ。
アリーナちゃん。
アリーナちゃんかぁ。
今どこで何をしてるんだろう?
貴族だから自分の領地に居ると思うんだけれど。
会いに行こうとすると、何だかんだ会えない状態が続いている。
姿を見たのも、国王。あー、つまりは俺の父親に会いに来た時の一回だけだ。
遠目で見てもハッキリわかる。ゲームの通り、いやそれ以上に可愛らしかった。
彼女と結婚出来るというのであれば、王太子として立派に役目を果たしたいと思うのだ。
でも、まぁ。それはそれとして、しんどいという思いもある。
こんな時にエルフリアが居ればなぁ。
それとなく探しているのだが、流石は実質隠しキャラとまで言われる引きこもりエルフである。
森を何度か捜索させたが、まるで見つからない。
あの子が居れば、転移魔法でどこへでも移動できる様になるし。アリーナちゃんにももっと会えるんだが。
友達。という状態になるのすら、相当に難しいからな。
中にはエルフリアと結婚したという猛者もいたらしいが、どんな能力値で、どんな選択肢を選んだのやら。
考えたくもない。
そう。俺の目標はあくまでこの国の安定とアリーナちゃんだ。
浮気はせん。
一途に突き進むのみだ。
「そういえば、殿下もそろそろ婚約者を決める時ですかな」
「……まぁ、そういう話も出ているな。しかし情勢も安定しているし、国内の貴族から選ぶよ」
「それがよろしいかと」
「うむ」
「まぁ、つい先日正式に聖女として任命されたクリスタ様という方もいらっしゃいますが」
「いや、あえて国外から選ぶ事も無かろう。あくまで国内だ」
「……」
「なんだ、その目は」
「いえ。殿下はもしや……ミンスロー家のご令嬢に興味がおありなのかなと思いまして」
「なっ!?」
「やはり……」
「何か問題なのか!?」
「いえ。問題はございません。ですが、妖精姫とも呼ばれる彼女と結ばれるのは難しいですよ?」
「不可能では無いのだろう」
「それは無論。殿下が王太子で、彼女が伯爵令嬢である事を考えれば問題は何も。ただ……」
「彼女に釣り合う人間とならねばならん。そういう話だな」
「えぇ。その通りです。殿下」
教師はニッコリと微笑んで本を俺から見える様に掲げた。
分かっている。
勉強しろ。優秀になれ。彼女に釣り合う様に。という話だろう。
俺は教師にペンを上げる事で応えた。
無論だ、と。
「よろしい。では授業を続けましょう」
「あぁ」
彼女に一歩でも近づく事が出来る様に。
なんて、考えて一日頑張った日の夜。
奇跡が起きた。
勉強だけでなく、体を鍛えている俺は疲労に疲労が重なり、ベッドで倒れる様にして寝ていたのだが。
不意にバルコニーに誰かが降り立つ気配がしたのだ。
風でカーテンが揺れている。
その向こうには小さな影が……一つ? いや、重なる二つの影があった。
「何者だ!」
「っ! や、夜分遅くに申し訳ございません!」
「……子供の声?」
「私は、殿下にご報告をする為に来ました」
「報告だと? ……それに、その声」
「殿下!?」
「ご無事ですか!?」
「あぁ。無事だ。何でもない。騒いですまなかったな」
俺は扉の向こうに居る騎士たちを下がらせて、薄いカーテンの向こうから聞こえる声。
そして、僅かに見える姿に意識を集中させた。
間違いない。
アリーナちゃんだ。
しかし、報告とは何だろうか。
婚約して欲しいという願いなら、すぐにでも叶えるのだけれども。
「っ、殿下。殿下の命を狙う者たちが居ます」
「何だと……!? 何者だ。その者達は」
「正体は分かりません。ですが、幼い少女を守る事が自分たちの使命だと言っていました」
「なるほどな。しかし、何故幼き少女を守ろうとする者たちが俺を狙うのか」
「分かりません。ですが、彼らはこうも言っていました。殿下がテンセイシャであり、この世界を侵略しに来た者だと」
「……!」
俺は一瞬出そうになった驚きの声を必死に手で覆い、潰す。
動揺を落ち着かせるまで口を手で塞いで、ドクドクと早くなる心臓を何とか抑え込もうとした。
「……? 殿下?」
「あ、いや、すまん。その転生者という者について考えていた」
「殿下は、テンセイシャをご存じないのですか?」
「あぁ。知らん。君は知っているのか?」
何でもない事の様に聞きながら、俺は落ち着かない心臓を右手で強く胸の上から押さえつける。
もし、アリーナちゃんが転生者だったら。
どうする?
俺が、ここまで頑張ってきたのは。
何度も画面の向こうから笑いかけてくれたアリーナちゃんの為だ。
見た目じゃない。その心が、想いが、真っすぐな願いが。
その純粋さが俺は好きだったのだ。
見た目だけ同じなまがい物ではないっ!!
断じてない!!
どうだ、どうなんだ!?
「私も、詳しくは知りません。ですが、テンセイシャと呼ばれる人とは何度か会いました。ただ、詳しくは説明できず、申し訳ございません」
「……そうか」
俺は心臓が少しずつ落ち着いていくのを感じて、小さく息を吐いた。
おそらく、おそらくだが、アリーナちゃんは転生者ではない。
俺を心配する様に、奏でられる言葉からは彼女らしい純粋さしか感じなかった。
「報告ご苦労。助かった。命を狙われているというのならば、今まで以上に周囲には警戒するとしよう」
「はい。ありがとうございます」
「……さて。この様な報告をしてくれた君には何か礼がしたいな。何が良い」
「あ、いえ! 私は、ただ殿下の身を案じていただけで」
「そういう者にこそ礼がしたいものさ。何かないのか?」
アリーナちゃんに何かを貢ぐチャンスだ。
原作ゲームの通りプレゼントを贈れば好感度が上がる。なんて事は無いだろうが、それでも少し気にかけてくれるだけでも嬉しい物だ。
本当に何もかもがゲームの世界であれば楽なんだがな。
「い、いえ! 何かをいただくわけには」
「中々強情だな。では、こちらから選ぶとしよう」
俺はいつか機会があったら送ろうと思っていたブレスレットを机の引き出しから取り出し、カーテンの向こうにいるアリーナちゃんに渡す。
まだ小さい彼女に合わせて膝を付き、専用のケースを開きながら、彼女にその美しい輝きを見せるのだった。
「こ、これは……! この様な高価な物、いただけません」
「命の恩人だ。安い物さ。それとも、俺からの贈り物は受け取れないかい?」
「そういう訳ではございませんが」
「では受け取ってくれ。何。気になるならそのまま売ってしまっても構わない。好きにしてくれ」
「そのような事はしません!」
「そうか。では、大事にしてくれると嬉しい」
「ぁ、ぅう」
「では気を付けて帰ってくれ」
「あ、はい! ……エルフリアちゃん」
「……うん。転移っ!」
俺はアリーナちゃんの気配が無くなった事を確認してからカーテンを開いた。
そこには何も残っていない。
残っていないが、先ほどまで確かにアリーナちゃんが居たのだ。
しかも、俺の為に! わざわざ王宮まで来てくれたのだ!!
こんなに嬉しい事は無いだろう。
こんなイベント、ゲームには無かったからな!
アリーナちゃん推しの中で、俺が、俺だけが! このイベントを体験できたという訳である。
もし元の世界に戻れたら、『いけいけ王子クン』のスレに行って自慢してやりたいくらいだ。
俺は星々が煌めく夜空を見上げながら拳を強く握りしめる。
勝利の日は近い……!! と。
「しかし、転生者か。気になる事を言っていたな。まさか俺以外にこの世界に来た奴が居たとは……調べなくてはいけないか」
そして、俺は怪しげな連中を見つけるべく調査を騎士に依頼するのだった。