第12話『皆さんを、我が家の領地にご案内しようかと思いまして』
馬車は何のトラブルもなく王都へ入り、私とエルフリアさんは手を繋いだまま王都へと降り立った。
久しぶりに来たが、凄く広く、高い建物も多く、多くの人が行き交っている。
「わぁ~、すごい」
「そうですね!」
私はエルフリアさんに同意して頷きながら、キラキラと輝く様な街並みを見つめた。
パウダ国最大の都市にして、周辺諸国の中で最も発展し、最も広く、最も美しい街と噂の街である。
「では、迷子にならない様に、ちゃんと手を繋いで歩きましょうね」
「はぁーい」
エルフリアさんの元気の良い返事に微笑みながら、私たちは王宮を目指して歩き出そうとした。
しかし、そんな私たちの前にいくつかの影が立ちふさがる。
「おうおう。そこの道行くお嬢ちゃん達! 待ちなぁ」
「はい」
「この王都に何か用かぁ。親はどうした」
「私はもう立派な大人なので、一人で王都まで来ました」
「なん……だと!?」
私の言葉に私たちの前に現れた男性方はザワザワと騒ぎ始める。
どうしたのだろうか。
「なんて、事だ! これが噂に聞く……『はじめてのおつかい』という奴か!」
「しかし、ボスぅ! マズいですよ!」
「何がだ!」
「あの小さなおててを見て下さい! 買い物メモを持っていない!」
「何ィー!? それじゃママが何をお願いしたか分からないじゃないか!」
「ハイッ!」
うーん。
私たちをそのままに、話をしている人たちに私はどうした物かと考える。
エルフリアさんは話しかけられた時点で、私の背中に張り付いている為、あまり長い時間ここにいてはエルフリアさんが限界になって倒れてしまうだろう。
ならば。
「あのー。申し訳ございませんが、そろそろ王宮へ向かいたいので、通していただいてもよろしいでしょうか」
「王宮だって? 王宮に何の用があるんだい? お嬢ちゃん」
「レスター王太子殿下にお伝えしなくてはいけない事があるのです」
「何ィー!? あの色ボケ王子に会うだって!?」
「可憐な少女たちが汚れてしまうぞ!」
「大事件だ!」
「どうする!?」
「どうする?」
「私に良い考えがある」
「ほぅ。言ってみろ」
「レスター王子を暗殺しよう」
「賛成」
「異議なし」
「いや、しかし、流石に暗殺は……」
「うるせぇ! やろう!!」
「……! おぉ!!!」
「暗殺!!?」
私は彼らの言葉にビックリして思わず周囲を見渡してしまった。
しかし、道行く人々は誰も気にした様子がない。
私とエルフリアさんを見て、微笑んでいる人は居ても、ただそれだけだ。
なんて事だ。
まさか王都の中にまで、殿下の命を狙う方が居たとは……!
急いで殿下に伝えなくては!
「エルフリアさん! 走りますよ!」
「え? う、うん!」
そして私は目の前に立っている人たちとは別の道へ向かって走り出した。
急いで王宮へ向かわなくてはいけない!
道はよく分からないが、とりあえず街の向こうに見えるお城を目指せば良いハズだ!
「ボスゥ! あの子達行っちゃいましたよ!?」
「何ィー!? こうしちゃいられねぇ! 追いかけろォ! 何としても色ボケ王子の所へは向かわせるな! 無垢な花を守るんだ!」
「「「おー!!」」」
後ろから大声と共に人が走る音が聞こえ、私は急いで目の前にあった小さな小道へと入る。
追いかけてくる人たちは大きな人たちばかりだから、入ってくるのは難しい筈だ。
「あだっ! ボス! 邪魔です!」
「邪魔とはなんだ! 邪魔とは!!」
「すみません! でも事実なんで!」
「本当の事なら何を言っても良いワケじゃないんだぞ! おら! お前らは向こうから回っていけ!」
「「はい~!」」
路地の入口で詰まっている人たちを横目で確認し、私はさらに小さな路地へ曲がり、そして、さらに奥へ向かって走り、曲がり、進み、隠れ、道ではない道を進み、走った。
自分でもどう進んだのか分からなくなるほどに走り続けた私とエルフリアさんは、いつの間にか王都のかなり奥深い所まで来ており、自分たちがどこに立っているのかすら分からなくなってしまったのである。
「ここは、どこでしょうか?」
「……アリーナ?」
「申し訳ございません。エルフリアさん。どうやら私、迷子になってしまった様です」
「なら、森に帰る?」
「いえ。それは最終手段にしましょう。王都の中に居るというのは確かですから、高い建物のある場所を目指せば、どこかしらにたどり着けるかとは思います」
「うーん。分かった。じゃあ、私はとりあえずアリーナに付いていくね?」
「えぇ。ありがとうございます」
私はヒシっと腕に抱き着いて来たエルフリアさんに微笑みかけて、周囲を警戒しながら進む事にした。
ひとまずこの場所から脱出しなければ、と。
しかし……。
「おい! そこのチビ二人! 俺たちの縄張りに何の用だ!」
「縄張り……?」
「そうだ! ここは俺達の縄張りだ! よそ者は出ていけ!」
「はい! わかりました! じゃあ、エルフリアさん、行きましょうか」
「う、うん。転移する?」
「まだ転移しなくても大丈夫ですよ」
「そ、そう……」
私はエルフリアさんの事を気にしながら路地裏から出ていこうとした。
しかし、再び声が掛かる。
「ま、待て!? 本当に出ていくのか!?」
「え? えぇ」
「違うだろ! そこは! お前ら、チビが二人で生きていけると思っているのか!?」
「え、えと、大丈夫だと思いますが」
「甘い! 考え方が甘すぎるぞ!」
周囲に立ち並んでいる建物の一つから、一人の少年が大声と共に飛び出してきて、私たちの前に降り立った。
そして、左手を腰に当てながら右手で私たちを指さす。
「世界はそんなに甘くないんだ!」
「そうなのですか?」
「あぁ、そうだ。二人だけで生きていこうとしてもなぁー! お前らみたいな奴、人攫いに捕まっちまうぞ!」
「大丈夫ですよ」
「だーかーらぁー!」
男の子は頭をガシガシとかくと、うーんと唸りながら言葉を探している様だった。
そんな男の子の周りに、周囲の建物から数人の子供達が集まってくる。
そして、私にも何人かの小さな女の子が近づいてきた。
「皆さんはここに住んでいるのですか?」
「うん、そうだよ」
「お父さんやお母さんは?」
「しらない」
知らない。
居ないのではなく、知らない。
以前、お父様に聞いたことがある。
親を知らず、街の中で隠れる様に生きている子供達が居るという事を。
もしかして、彼らがそうなのだろうか。
「ねぇ、もしかして、おひめさま?」
「私ですか?」
「うん」
「いえ、私はお姫様ではありませんよ」
「そうなんだ……ざんねん」
「お姫様に会いたかったのですか?」
「うん……」
私に一生懸命話しかけてきた女の子は、ボロボロのお人形を大事そうに抱きしめながらモジモジと地面を見つめて話を続ける。
「あのね。おにいちゃんが言ってたんだぁ……えらい人たちがね、いつかね、ミナ達をあかるい場所につれて、いってくれるって」
「明るい場所……ですか」
「うん。たべるものが、いっぱいあってね。あたたかくてね。ほっとできる場所」
「なるほど」
私は女の子を安心させる様に微笑みながら頭を撫でた。
そして、向こう側で話をしている男の子たちを見据える。
聞かなければならない事がいくつかあるようだ。
「エルフリアさん」
「んー? なぁに?」
「エルフリアさんの転移魔法で同時に運べる人の数は何人までですか?」
「えー、えっと、いっぱい?」
「いっぱい」
「うん。ほら、アリーナの家くらいの大きさなら、たぶん大丈夫」
「なるほど」
エルフリアさんへの話し合いも終わり、私は続いて小さな女の子にまた視線を戻した。
「貴女と一緒に暮らしている子は、ここに居る子で全員ですか?」
「えと、えとね……うん。そう」
「もし、明るくて、美味しい物がたくさん食べられて、安心して眠れる場所があったら、行きたいですか?」
「……! 行きたい!」
「ん? なんだ。何の話をしてるんだ」
私と女の子の話し声が聞こえたのだろう。
最初に呼びかけてきた男の子が私たちに話しかけてきた。
「あ、おにいちゃん。あのね、あのね。おねえちゃんが、おひめさまなの!」
「はぁ? そんなワケ無いだろ。この国には王子しか居ない。ミナを騙してどういうつもりだ」
「あ、いや、姫では無いんですけど」
「あん?」
「皆さんをミンスロー家の領地にご案内しようかと思いまして」
「ミンスロー?」
「どこだ?」
「分からん」
「ミンスロー家の領地は王都より少し離れた所にある、比較的に穏やかな気候の場所です。そして、そこなら衣食住は私が保証します」
「保証しますって、お前は何者なんだよ」
「私はアリーナ・エル・ミンスロー。ミンスロー伯爵家の娘です」
「はくしゃく……! ってお貴族様かよ! お貴族様が俺らに何の用だ!」
「皆さんを、我が家の領地にご案内しようかと思いまして」
「何が目的だ!」
「ミンスロー家の領地には孤児院がいくつかありますから、そちらで生活していただければ、今よりも良い生活が出来るかと思います」
「それでお前にどんな得があるんだ!」
「得?」
「そんな施しを俺たちにする意味が無いだろ!」
「ありますよ」
「っ!?」
私は怯えたように後ずさる男の子を見据えたまま、続く言葉を男の子へと向ける。
「私は、救えた命を見捨てて、眠る事が出来ないんです。心残りになってしまう。だから、今日の夜もぐっすり眠れる様に、皆さんには安心安全な場所で生活して欲しいんです。楽しく」
「……変なヤツ」
「よく言われます」
「……」
「勿論、皆さんが良いのなら、ですが」
「……とりあえずは、見てからだ」
「そうですよね。分かりました」
私は小さく頷いて、エルフリアさんに家まで転移して貰うのだった。