第11話『では行きましょうか。王都へ』
私はエルフリアさんと一緒に王都へ行く事を決め、エルフリアさんが起きてからその説得をしていた。
のだが……。
「やだ!」
「そう言わずに」
「王都っていっぱい人が居るんでしょ? ヤダ!」
ベッドにうずくまって、枕で頭を守りながら必死に拒絶するエルフリアさんを見て、どうすれば良いかと悩んでしまう。
「お嬢様が話しかけているというのに、この態度。お嬢様。良ければ私が引きずり下ろしますが」
「そこまでしなくても大丈夫です。カーラさん」
「ハッ。承知いたしました」
カーラさんの申し出を断って、私はどうしたものかなと再びベッドの上で丸くなっているエルフリアさんを見る。
頭は枕で隠しているが、首から下は何も隠していないエルフリアさんの姿は、混乱している様子がよく分かり、とても可哀想なものだった。
これ以上、無理を言うのは良くないだろう。
「分かりました。では私は、二、三日王都へ行ってきますので、エルフリアさんはここで待っていて下さい」
「えぇ!? アリーナ、いなくなっちゃうの!? 私、独りぼっち!?」
「家の皆さんが居ますから、独りぼっちでは無いですよ」
「でも、でもでも、アリーナがいない」
枕をポーンと投げ捨てて上半身を起こしたエルフリアさんは驚きに目を見開いて私を見た。
私はといえば、風の魔法を使って枕を引き寄せ、受け止めながらエルフリアさんに微笑み返す。
安心して欲しいという気持ちを込めて。
しかし……。
「ヤダ! アリーナが王都に行くの、ヤダ!!」
「うーん。それは困ってしまいますね」
「このガキ……お嬢様を困らせて」
「まぁまぁカーラさん。助け合いの心。それが友達には大切だと私は思います」
「ハッ! その通りですね。お嬢様」
少々機嫌が悪くなってしまったカーラさんを諫めつつ、私はヤダヤダと首を振っているエルフリアさんを見つめる。
長い髪がエルフリアさんの首振りによって左右に揺れている。
中々可愛らしい光景であるが、このままという訳にはいかないのだ。
「エルフリアさん。これは王太子殿下の危機なのです。情報を得た私が伝えねば」
「私、その……おーたいし、ってひと、知らない!」
「はい。エルフリアさんはそうかもしれません。ですが、この国にとっては大切な御方です。殿下が王宮に居る以上、すぐに危険という事ではありませんが、お出かけする事もありますからね。お伝えする必要があります」
「……アリーナが、どうしても行かないといけないの?」
「そうですね。貴族として、私が行かねばなりません」
「なら、なら……! ならー!」
エルフリアさんはしゃくりあげながらも、言葉を紡いだ。
そして、苦しそうな息を吐きながら訴える。
「私も、行く!」
「……!」
「アリーナが、手を繋いでてくれるなら、わたし、がんばる」
「ありがとうございます。エルフリアさん。では行きましょうか。王都へ」
「……うん!」
という訳で、私はエルフリアさんと共に王都へと向かう事になった。
家の馬車を使って王都へ向かうという事も出来たが、あまり大々的に動かない方が良いかもしれないと考え、街の集合馬車を使う事にした。
今度はバレない様にと、しっかりエルフリアさんと一緒に変装をして馬車の集合場所へと向かう。
「こんにちは、王都行きの馬車はこちらで大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫ですよ、アリー……っ!? 」
「あり―?」
「あっ! いや、ありー? ありー? 値段はいくらだったかなー? あ! ここに料金表があったなぁー」
「これは親切にありがとうございます」
「えぇ、えぇ。あ、いや! お客様は無料でも構わないんですがね?」
「えぇー!? 無料!?」
「それはもう! いくらでも! 何百回でも、何千回でも、無料でご乗車下されば!」
「しかし、それでは生活が出来ないのではないのですか?」
「大丈夫ですよ! アリー、あー、いや、お客様たち以外からはしっかい取りますから。何なら数回は記念馬車という事で数倍は取れますよ」
「……? えと、何故、私たちは無料なのでしょうか」
「え!? あ! いや、それは、そのーですね……そう! お客様方はちょうど千人目のお客様なのです! めでたい! ハッピー! なので、無料と。そういうワケですね」
「なるほど」
乗車数の記念。
そういう物もあるんだなぁ、と私は納得しながら馬車に乗り込んだ。
エルフリアさんが不安そうに手をギュッと握っているし、一番奥にエルフリアさんが座れる様にしよう。
と、一番奥に向かったのだが、まだまだガラガラの馬車に御者さんの声が響いた。
「出発しまーす! 王都まで!!」
「え? まだ……わ」
「あ、あり~な~?」
「わわ、わぁ~」
私とエルフリアさんは勢いよく走り出した馬車の中で立っている事も座る事も出来ず、コロコロと床の上を転がる事になってしまうのだった。
しかし、すぐに御者さんが気づいてくれ馬車の速度を緩めてくれるのだった。
☆☆
それから、私とエルフリアさんはノンビリ走る馬車に揺られながら、窓の外に流れてゆく景色を見て楽しんでいた。
「ねぇねぇ! アリーナ! アレはなに!?」
「あぁ、アレは山ですねー。森では木々が邪魔になって見えませんからねぇ」
「山くらい分かるよ! そうじゃなくて! その山の手前にある奴!」
「あぁー雲ですねー。森では木々が邪魔になって見えませんからねぇ」
「雲くらい分かるモン! そうじゃなくて! そうじゃなくてー! あのほら! あの赤くて大きな建物!」
「あぁ、アレは見張り台ですね。パウダ王国の最終防衛ラインであるミンスロー家の領地を見渡せる場所なんですよ」
「へー。何に使うの?」
「どこかの国か、はたまた強大な魔物か。分かりませんが、王都へ近づく脅威をいち早く察知して、王都に住まう方々を避難させる為に使うんですよ」
「そうなんだ。アリーナはどこに逃げるの? わ、私は、別に、森でアリーナと一緒に暮らしても、イイケド」
「私は逃げませんよ?」
「え?」
「あの見張り台が王都に避難勧告をする頃には、ミンスロー家の領地は崩壊しているでしょうからね。私は領民の方々が逃げる時間稼ぎをしている頃でしょう」
「え、えぇー!? 駄目だよ! 危ないよ! 逃げようよ!」
「そういうワケにはいきません。私は貴族の子。普段領民の方々のお金でより良い生活をしているのですから、危機的状況にこそ前に立たねば」
これは生まれ持った役割だ。
私がアリーナ・エル・ミンスローとして生まれてきた時から、定められた私の存在意義。
逃げ出す事は出来ない。
「……でも、わたし、ヤダ」
「エルフリアさん……」
「私、関係ないもん。きぞくーとか、りょーみんーとか、知らないもん」
「そうですよね。エルフリアさんには申し訳ないと思います」
「……」
「でも、そんな悲しい事にならない為に、私は世界を巡って、大きな悲しみが起こらない様にしたいんです」
「……アリーナ」
「はい」
私はグズグズと泣いていたエルフリアさんが、とても真剣な眼差しで私を見ている事に気づいた。
そして、エルフリアさんは震える手で私の手を握って、泣きながら明らかに無理をしている顔で笑う。
「私、アリーナと一緒に世界を、行く」
「エルフリアさん……」
「こわいけど、すごく、怖いけど! でも……アリーナが居なくなる方がもっと怖いから、だから!」
「……はい」
「だから、アリーナと一緒に頑張る、よ」
「ありがとうございます。エルフリアさん。とても嬉しいです。本当に」
私はエルフリアさんを抱きしめて感謝を伝えた。
純粋に私の事を想って、苦しい決断をしてくれたエルフリアさんを愛おしく思う。
だから……という訳では無いのだけれど。
「エルフリアさん。エルフリアさんに何かあれば、私も必ず力になりますからね」
「……うん。ありがとう。アリーナ」
エルフリアさんと静かに抱き合っていた私だったが、エルフリアさんがモゾモゾと動いたため、ひとまず離れる。
「……ねぇ、アリーナ」
「はい。なんでしょうか」
「アリーナは、その、世界をまわる以外に、何か夢がある?」
「夢ですか」
「……うん」
「一つありますね」
「っ! 教えて!?」
私を押し倒しそうな勢いで叫ぶエルフリアさんに私はクスリと笑って答えた。
「エルフリアさんの住んでいた森の奥に、伝説の魔女様が封印されているという話を聞いたことがあります」
「魔女? そんなのが居るんだ」
「はい。私の夢は、魔女様の封印を解いて、悲しい物語を終わらせる事ですね」
「かなしい、物語」
「私が子供のころに、読んでいただいた本の話でですね。悲しい魔女様のお話があったのです」
「あ。もしかして、アリーナが言ってた魔女の書って奴?」
「そうですね。その魔女様の残して行った物だと聞いています」
「ふーん。そうなんだ」
「はい」
「じゃあ、いつか、その魔女様も一緒に探そうね」
「良いんですか!?」
「いいよー。あの森だもんね。ゆっくり探そー。ユックリネー」
「はい! そうですね!」
エルフリアさんが嬉しい事ばかり言ってくれるので、私は思わずニコニコとしてしまった。
そして、隣に座っているエルフリアさんに体を寄せて、ふふふと笑う。
姉妹の様に想っていたエルフリアさんがさらに近くに感じた様な気がしていた。