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第1話『なら、だったら。お友達になりましょうか』

「私、決めました! この世界を変えます! 私の手で!」


 私は家の書庫でお義兄様に訴えていた。

 この胸に秘めた熱い想いを!


「うーん。結局こうなるのかぁ」


 困った様に呟いた言葉の意味が分からず、私は魔法を使ってお義兄様の心を視る。


(運命の修正力って奴なのかなぁ。悪役令嬢の義兄に転生したし、これで運命を変えられるって思ったのに)


 が、意味が分からない。

 お義兄様の言葉は難しいのだ。


 分からない物はしょうがないと、ひとまず黙ってお義兄様の次なる言葉を待つ事にした。


「ちなみに、アリーナはこれから何をするつもりなのかな」

「街の南方にある深き森へ行き、魔女の書を読み、圧倒的な力を得ます」

「……なるほど。なら、一つ約束して欲しいんだ、アリーナ」

「なんでしょうか」

「魔女の書を森で見つけても、読むときは家に帰ってからにしてほしい」

「えぇ、それは構いませんが」

「よし。じゃあ約束だ。必ず家に帰ってから読むんだよ! 良いね? 必ずだからね!」


 それから。

 私は旅立つ日までお義兄様に念押しされ、荷物を心配され、道中を心配されつつ旅立つ事になった。

 昔からお義兄様は心配性なのだ。

 一歳しか違わないのに、まるでもう一人のお父様である。


 しかし、そんな心配性のお義兄様とも別れ。

 お義兄様ほどでは無いが、心配性なお父様やお母様とも別れ。

 何故か私と一緒に行くつもりで旅支度をしていた使用人の方々とも別れ。


 私は遂に自由となった!


 今なら空だって飛べそうだ!

 飛行の魔法を使えないけど。

 でも気持ちはどこまでも飛んでゆけそうである!


 そんな、舞い上がる様な気持ちのまま、私は踊るように遠距離馬車の集合場所へと向かい、行き先を確認してから御者さんに話しかけた。


「申し訳ございません。こちら、南の森行きで間違いないでしょうか」

「あぁ! 間違いないよ! っ!? アリー……!」


 御者さんはこちらを見て、すぐハッとした顔になり、急いで口を塞いでいた。

 何かあったのかな、と後ろを振り返るが何もない。


 もしかして、私が何かおかしいのだろうか。

 でも……洋服は使用人の方々に選んでいただいた、町や森を歩いていてもおかしくない恰好だし。

 顔だって私とバレない様に眼鏡をかけている。

 なら、何がおかしいのだろうか。


「あー! っと、これは失礼いたしました! お客様……! そう! お客様! どこの誰でもない普通のお客様!」

「え、えぇ。そうですね。はい。私は誰でもない普通の旅客です」

「なるほど! な、なるほど……! ところで普通のお客様。これは南の森へ行く馬車ですが、お一人で行かれるのですか?」

「はい。私ももう大人ですから! 一人で大丈夫です」

「大人……?」

「はい! 大人です」

「アリーナ様はまだ11歳ですよね? あ、いや! これはお客様とはまるで関係のない、ミンスロー家のご令嬢の話なんですけれども!」

「あぁ、なるほど。そうですね。アリーナ・エル・ミンスローは今年で11歳になります」

「……なるほど」

「はい」

「ちなみに、ですね……お客様の背後には人を雇う為の施設がありまして、冒険者組合って言うんですが」

「はい。存じております」

「あぁ! これは大変失礼をいたしました!! アリーナ様にこの様な無礼を!」

「いえいえ。気にしてませんよ。私はそれほど大した人間では無いですから」

「……アリーナ様?」

「はっ!」


 しまった!

 バレてしまった!


 私は周囲をキョロキョロと見渡し、誰もこちらを見ていない事を確認してから御者さんに近づいた。

 そして、コソコソと小さな声でお願い事をする。


「申し訳ございません。御者さん。私がアリーナ・エル・ミンスローだという事は、どうかご内密に」

「は、はい。承知いたしました。私は今後何があろうともこの秘密は漏らしません。例え拷問をされようとも! 家族を人質に取られようとも!」

「あ、いえ。そこまで重要な話では無いので、危なくなったらすぐに話しちゃって下さいね」

「お、おぉ……! なんと素晴らしい御方……! 私は、私は!」


 御者さんは何でもない話に感激して涙を流しながら何度も頭を下げる。

 その姿はとても目立つので止めてもらいたいのだけれど、直接そう言う訳にもいかず困ってしまうのだった。


「と、とにかく。私の事は内緒でお願いします。しー! ですよ。しー!」

「はい。命にかえましても」


 いや、そこまで重要な事じゃないので……と言おうとしたが、さっきと同じことの繰り返しだと気づき私は笑顔で頷いた。

 私は賢い子なので、学んでいるのだ。


「では、アリーナ様。後ろのキャビンで出発をお待ち下さい」

「はい。ではお金はこちらでお願いします」

「確かに、お受けさせていただきました。家宝にさせていただきますね」

「いや……普通のお金なので、普通に使ってください」

「はっ! ご命令とあれば! すぐにこのお金でアリーナ様の護衛を百人ばかり雇ってきましょう!」

「いえいえ! 自分の為に! 自分とご家族の為に使ってください!」


 それからも、微妙にズレていく会話を何とか終わらせて、私はキャビンに乗り込んだ。

 まだ私以外のお客さんは居ないらしく、左右の縦に並んでいる座席の右奥に詰めて座る。

 これからお客様が乗ってくるかもしれないし……。


 なんて思っていたら、まだキャビンは空席がいっぱいあるのに、御者さんが出発すると言ってきた。

 そして、私が疑問を返す前に馬車は勢いよく街道へと走り出したのである。


☆☆


 最初こそ、凄い勢いで走り出した馬車だったけれど、私がキャビンの床で転がっている事に気づいた御者さんの気遣いで、馬車は緩やかな速度に変わって、のんびりと街道を進んでいった。

 それでも、普通より凄く早くて、半日ほどで森の入り口へ着く事が出来て、私は御者さんにお礼を言いながら馬車を降りた。

 御者さんは私の用事が終わるまでここで待っていてくれると言ってくれたけど、どれだけ時間が掛かるのか分からないし、それに……。


「魔女の書には多くの失われた魔法が書き記されているといいます」

「なら、転移の魔法や飛行の魔法もきっと記されているハズ」


 それらを覚えれば、家に戻るのだってすぐに出来るだろう。

 私は家まで読まないと約束したお義兄様に、すぐ戻る為だからと心の中で謝罪して深い森の中へ歩き出そうとした。

 が、その瞬間、森から飛び出してきた何かにぶつかって、私は尻もちをついてしまう。


「あ、いたたた」

「っ!?」


 涙で滲んだ視界の向こうに、人の様な何かが居る事に気づいた私は、すぐに自分を取り戻し、涙を拭いながら立ち上がった。

 そして、私と同じ様に尻もちをついている……私と同じくらいの年齢の子? に対して手を差し伸べる。


「だ、大丈夫ですか?」

「ぁっ!、ぅ、ぃゃ、ぇと」

「上手く喋れないのですか? 大変。どこか打ったのでしょうか」


 私はその少女の近くへ駆け寄って、体の状態を確認する。

 とは言っても私は聖女様じゃないし、体を癒す事は出来ないので、ただ見て触って、聞くだけだ。


「大丈夫ですか?」

「ゃぃ!」

「やっぱり、上手くお話出来ないんですね。どうしましょう。ここから教会に行くとなると少し距離がありますし……それに移動手段も。転移魔法でも使えれば良いんですけど」

「て、転移魔法!」

「え?」


 少女が叫んだ瞬間、周囲に閃光が走った。

 その光は少女の髪と同じ、陽の光を編み込んだ様な金色の光をしており、その光が私たちを包んだ瞬間、私は奇妙な浮遊感と共に空中に投げ出され……落下していた。


 状況は理解出来ないが、視界の先……私たちが落ちてゆく先には大きな湖があり、落ちても痛くない様にと掴んでいた少女の手を引き寄せて、抱きしめる。


 そして、着水。

 激しい音と衝撃で、私は意識を遥かな彼方へと飛ばしてしまうのだった。


☆☆


 それから。

 どれだけ時間が経ったのか分からないが、頬に当たる柔らかい感触に目を覚ました私は……視界の中で美しい翡翠を見た。

 昔、お母様に見せていただいた宝石と同じ、新緑の輝きだ。

 そしてその光は、おそらく森の入り口で出会った金色の髪を持つ少女の瞳で、淡く揺れていた。

 涙を流しているのか、潤んだ瞳は最初に見た時よりも輝いて見える。


 でも……。


「なぜ、泣いているのですか?」

「あ、あなたが……死んじゃうかも、って、おもって」

「なんだ、そんな事ですか」

「そんな事じゃないよ! いっぱい痛い想いをしたら、人は死んじゃうんだよ!」

「……まぁ、確かにそうですね」

「なんで、私を……守ってくれたの?」

「そこに居たから、ですかね」

「……」


 少女は私の返答に黙り込んでしまった。

 ジッと私を見つめている。


「……オトモダチ」

「え?」

「貴女は、私のオトモダチ、なの?」

「今は違いますね」

「っ!」


 ショックを受けた様に震える少女を見て、私はまだ痛む体を起こした。

 そして、少女に笑いかける。


「そう、ですね。まだ私たちはお友達じゃないです」

「……」

「なら、だったら。お友達になりましょうか」

「っ! いいの?」

「えぇ。ではまず自己紹介から。私はアリーナ。アリーナ・エル・ミンスローと申します。貴女の名前は?」

「わ、わたし、は……エルフリア。エルフのエルフリアだよ?」


 何だか面白い自己紹介だなと思いながら私はエルフリアさんと手を握り合った。

 が、それが限界で、私は再び仰向けで倒れてしまった。


「あ、ありーな!」


 遠のいてゆく意識の中で、エルフリアさんの叫び声がいつまでもその場所で響いているのだった。

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