6:吾輩と笑顔と不穏な気配
とぼとぼと二人と三匹が道を歩く。特に吾輩ら三匹はご主人たちの後ろを追いかける様に歩いてた。
「……」
「……」
そして、先ほど殿下から別れてからというもの、美咲とご主人に会話はなかった。視線すらまともにあっていないようなのである。それどころか空気もいつもと違う気がする。どうしたのだろう。喧嘩でもしてしまったのだろうか?
後ろでマロンと小次郎が言葉を交わしていたが、それは吾輩の右から入って左へ抜けて行っていた。前を歩く二人が心配でならない。出来れば吾輩は二人ともずっと仲良くしてもらいたいのだ。
「……」
「……」
前行く二人はやはり無言であった。しかも、足取りも何やら重そうで、全然前に進まない。何が一体二人をそうさせているのであろうか。わからぬ。心配でならない。
よし、こうなったら。
吾輩は不意に目の前を歩くご主人の背中へ飛びついた。そのまま頭の方へ向って駆けあがる。
「ぬわっ! こ、こらっ、ミーナお前何してるんだ!」
ご主人が突然のことに驚きそんな声を出した。しかし、ご主人は吾輩を振り落とそうとはしなかった。それどころか、吾輩が上りやすいように背まで曲げてくれたのである。感激。いや、それは今はどうでも良い。吾輩はご主人の背を駆けあがる。そしてご主人の肩へ。
「もう、いきなりどうしたってんだよ、ミーナ、びっくりするじゃないか」
そんなことをご主人は言う。びっくりさせたのである。吾輩は喉を鳴らし、ご主人の首元にじゃれつく。ご主人がくすぐったそうに身を捩る。すかさず吾輩は隣にいる美咲に向って飛びつく。
「うわわっ!?」
見事美咲の肩に飛び乗る。美咲はご主人と違って肩が狭く細いので身体を保つのが難しい。しかも、大きく仰け反っているので難易度はなおのことである。しかし吾輩には関係ない。首をすぼめている美咲の首に沿うように反対側の肩に移動する。美咲もくすぐったそうに身をよじった。美咲の身体がぐらぐら揺れて体勢を保つのに一苦労する。しかしなんの。吾輩は振り落とされず、さらには美咲の首筋をちろりと舐めた。その瞬間、美咲の小さな悲鳴とともに今まで一番美咲の身体が大きく揺れる。危うく落ちそうになる吾輩。それを救ってくれたのはご主人だった。ご主人はやれやれといった感じで息をついた。
「ミーナ、お前、何がしたいんだ」
呆れているとため息をつきながらご主人は吾輩の目と鼻先でそんなことを言った。
むろん、吾輩は二人を仲直りさせたかったのである。
「もう、ミーちゃんたらいきなり首筋を舐めるんだもん。びっくりしちゃったじゃない」
少しむっとしたような声が後ろから聞こえてきた。かと思うと頭を撫でられる。この手の感触、きっと美咲に違いない。
「あっ……」
「うおっ」
けれど、吾輩は美咲の手を振り払うように、されにはご主人の手から脱出して地面へと降り立つ。ちりん、と首元の鈴が鳴った。ご主人と美咲の手の平の温もりから離れた瞬間、寒風がともかく寒かった。今更ながら離れたことを後悔する。後ろを振り返る。二人とも吾輩を見ていた。それにこたえる様に吾輩はなく。
ご主人と美咲は目を互いに合わせるとくすりと笑い、ついには噴き出して笑い始めた。
成功である。よしっ。
「相変わらず無茶をいたしますね」
そんな声が聞こえてきた。むろん、マロンである。マロンは相変わらずの真っ白なで綺麗な毛並みを持つ美しい顔をめいいっぱい呆れた顔で染めていた。勿体ないとは常々思っている。
「ご主人と美咲のためならたとえ火の中水の中」
「くっ……拙者が付け入る隙がない……!」
相変わらずうなだれたように小次郎が後ろで呟いていた。
ご主人と美咲が、先ほどよりもかなり軽快な空気を醸し出しつつ歩き始めた。吾輩ら三匹もその後ろにくっついて行く。ご主人と美咲の間には温かな空気で満ちていた。吾輩も嬉しくて、尻尾を左右にいつも以上に揺らしながら二人の後ろを歩く。
――不意に、嫌な臭いがしてきた。
左右を見ると、小次郎もマロンも吾輩と似たような表情で顔しかめていた。
「なんですの、この臭い」
マロンが不愉快さを隠そうともせず呟いた。まったくの同感である。この臭いはなんだ?
「おい、あれなんだ」
その時上の方からご主人が声を上げた。上を見上げる。すると頭上には何やら黒い物が、ゆらゆらとたくさん寒風に弄ばれるかのように空に舞っていた。
うち一つがご主人たちの近くへ振って来る。ご主人がそれを掴む。顔を思いっきりしかめた。
「美咲さん、これ何だと思う?」
「さあ?」
美咲もご主人と同じように首を捻ると、前方へ視線を戻した。
「あ! あれ何!?」
美咲は声を荒げてかなり前方を指さした。
そこには邪悪な悪魔のような黒煙が上がっていた。それも徐々に黒煙の量が増加していくようにも見える。
吾輩ら三匹は首を傾げる。
「大変だーーっ!!」
その時、前方からたいそう身体の大きな塊のような図体のドラネコが、まるで転がり落ちるような勢いで吾輩ら三匹に向かって走ってきた。大ちゃんがまた叫ぶ。
「千代ばあの家から火が!!」