10:吾輩と仲間と取り返した宝
「あの木の上ですわ」
「まさか本当に見つけるとはな……」
「マロン殿にまさかこれほどの才覚があるとは……」
「やべえ、一瞬惚れそうになっちゃまったぜ……」
山の中をマロンが「わたくしにお任せなさい」と言うので、その先導従う形で後ろを歩くことしばらく。鼻歌交じりに前を歩くマロンに、吾輩ら残りの三匹は不安を隠しきれない表情で、互いの顔を確認しながら歩いていたのは今となっては良い記憶である。そしてマロンが足を止めたのは一本の木の下。マロンの視線を辿るとそこには、あの忌々しいからすの姿が。そこにはあのからすの巣があったのである。
「どうですの」
「いやまったく、恐れ入ったとしか言いようがないな」
「えっへん」
誇らしげに胸を反るマロン。その姿は優雅でありながら可愛らしかった。そんなマロンに吾輩は素直に感謝の気持ちをします。マロンもまんざらではなさそうであった。
「しかし、」と顔を引き締めた小次郎が口を開く。
「ミーナ殿のご主人の指輪は何処にあるのでござろう?」
「あっ、あれじゃないかしら? ほら、あの巣の隙間から見える」
「おお、確かに!」
丁度吾輩らから見て真正面――正しくは下から見上げた位置に、からすの横に保管されるように置かれているご主人の満月があったのである。よし、位置はしっかり把握したぞ。しかし――
「だが、」
再び小次郎が吾輩と同じく言葉を濁した。
「あやつを一体どうやってこちらへおびき寄せるのでござるか?」
確かにその通りである。うーん。どうしたものか。木に登ることはできるが、しかしあの大きさだと骨が折れそうなのはまず間違いない。しかし、途中で気付かれて攻撃を受ける可能性もある。
「あくまで吾輩たちの目的はご主人の指輪の奪取であるしな」
本来なら、真っ先にあの忌々しいからすをいたぶってから指輪を回収したいのだが、しかし目的を見間違ってはならない。しかも、もう夕暮れ時。あまり時間をかけるわけにはいかない。
出来れば、可能な限りあのからすとは関わりたくない。
「へっ、それはオレ様に任せろやい」
振り返ると、今まで対して出番のなかった大ちゃんが、ここが見せ場だとばかりに一歩踏み出していた。
「どうするのだ?」
「こうするのだよ」
言うや否な大ちゃんはからすの巣がある木に向かって駆けだした。どん! 頭から思いっきり木へ体当たりを決行する。木が揺れ、からすが奇声を上げる。そして巣から慌てた様子で飛びあがった。なんと!
「気付かれてしまったではないか!」
「へっ、こっちの方がてっとり早くていいじゃねえか」
こちらの思惑を完全に裏切る形で詫びれもなく大ちゃんはそう言い切った。
「え? ひょっとしてまずった?」
「当たり前だあ!」
「なにぃぃいいい!」
「カァ!」
そんなやり取りをぶった切るかな甲高い耳障りな鳴き声が辺りに響いた。恐る恐る見上げるとそこには怒り狂ったからすの姿が。ぎらりと、気持ち悪くその目が動く。いかん、完全に敵と認識されてしまったようである。
「カァ!」
からすが吾輩ら三匹目掛けて急降下してきた。慌てて、吾輩は横へ飛び退く。
「キャーッ!!」
しかしマロンはそうは上手く行かなかったらしい。こんなところで普段の運動不足が露天しているかのようだ。悲鳴を上げているマロンに向かって、情け容赦なくからすがその鋭く鋭利な嘴を向けてつっこんできた。危ない! そう吾輩は叫ぼうとした。
「避けるでござる!」
そんなマロンを突き飛ばし、さらにその上から守るように小次郎はマロンの上に覆いかぶさる。
からすの口ばしが寸でのところで空を切る。再び上昇してこちらを見下ろしたからすが、悔しそうにまた鳴いた。
「だ、大丈夫でござるかマロン殿!」
「……は、はい……小次郎さま」
「そうか、それは良かった」
「…………はい」
「次が来るぞ!」
こちらの現状にお構いないのか、再びからすが突撃の構えを見せる。しかし、どうすればいい。このまま防戦一方にだけはしたくない。考えろ。考えるのだ。
「カァ!」
一本の矢へと姿を変貌させたからすが、吾輩らを穿とうと急降下してくる。くそっ、打つ手はないのか。
吾輩がその攻撃を避けようとしたその時、背後から怒号が聞こえてきた。
「うらあああああ!!」
黒い塊が急降下してきたからすに体当たりを食らわした。両者ともに弾け飛ぶ。しかし、飛び出した大きな塊は無様に地面に落ちたのに対し、からすは体勢を立て直し再び空へと舞い上がった。そして、ひと際うるさく鳴き喚いた。からすに果敢に体当たりを食らわせたのは大ちゃんだった。
「けっ、ざまぁみろってんだ。イテテ」
むくりと起き上がり、さっそく悪態をつく大ちゃん。その顔は悪代官のそれでいよいよ猫大将しての本領を発揮しだしたようである。
「ふんっ、やるではないかドラム缶」
「あたぼうよ、このモヤシ野郎」
「戯け」
小次郎と大ちゃんが互いの顔を見合わせてにやりと笑い合った。これが男の友情といったものなのか。美しいのかそうでないのか判断がまるで付かぬ。
「これはオレ様のせいだからここは任せろ」
「ミーナ殿とマロン殿はお早く、あれを。ここは拙者たちが引き受けます故」
そして二匹はからすを引きつけるように駆けだし、彼らに背を向ける形でマロンがこちらへ駆け寄って来る。
「さあ、お早く!」
「うむ!」
互いに力強く頷き合い、吾輩らは巣のある木の根元へ向かって駆けだした。後ろからからすの鳴き声が聞こえてきたが、大ちゃんと小次郎を信じて後ろは振り向かなかった。
木の根元に二匹揃って到着。揃うなりマロンが吾輩の方へ顔を向ける。
「わたくしの上に乗ってください!」
「は!?」
「少しでも早く取りに行かなくてはなりませんのよ! だからわたくしを踏み台にいたしなさい!」
「了解した。失礼する」
すぐさま吾輩はマロンの美しく、しかし今は多少汚れてしまった白い背中に飛び乗る。そして、木に向かって勢いよく飛び移る。前足と後ろ足から一斉に木に爪を立てる。ぐっ。滑り落ちそうになる。しかし、ここで落ちるわけにはいかないのである。吾輩は歯を食いしばり、確実に一歩一歩登っていく。はやる気持ちを必死に抑え、確実に前へ。上る。登る。昇る。あと少し、あとちょっと。首元でご主人が頑張れと転がった。待っていてくれご主人。もう少しで届く。あと、あと、あと――よし、届いた!
「取り返したぞ!」
嬉しさのあまり吾輩は叫んでいた。その時申し合わせたように向こうからも怒号が聞こえたきた。
『秘爪・鴉返し』
そちらを見やると、今まさに小次郎がからすをひっくり返して地面へと墜落させているところであった。しかも、小次郎は宙を浮いていたのである。その下には大きな腹をめいいっぱい膨らませている大ちゃんの姿が。最後までそんな役回りなのか大ちゃん。
「やりまわしたわね!」
少々怖かったが、地面へと降り立つと、嬉しそうに尻尾を立てながらとびっきりの笑顔のマロンが吾輩を出迎えてくれた。
「ああ!」
吾輩もそれにとびっきりの笑顔で答える。
ようやく満月は取り戻した。もう陽は沈もうとしている。
「よし、早く戻ろう」
そして、吾輩らは勝利の余韻をいつまでも味わうことなく駆けだしたのである。