1:吾輩とご主人と出会いの記憶
まずは拙作を『読んでやろう』と開いていただき、誠にありがとうございます!
拙作は李仁古さま主催の『ギフト企画2009』参加作品です。
キーワードに『ギフト企画2009』または『ギフト企画』と打ち込むか、あるいは秘密基地にある『ギフト企画2009』のホームページより、他の方々の『ギフト企画2009』参加作品を読むことができます。
この機会に、是非とも色々な方々の小説を御覧になってくださいませ!
拙作はあらすじの通り、自分を吾輩と称する猫ちゃんとその仲間たちが奮闘するほんわか一日冒険録、といった感じのものです。
一応最後にほんのり『ギフト企画』の名のもとにふさわしかろうオチも用意しております。
自分を吾輩吾輩言う猫ちゃんに萌えながら、どうぞごゆるりとお楽しみください。
なお、この度僕はもう一作短編を投稿しております。
タイトルは『さあ、最高の夜を演出しましょう!』です。
色々な意味での挑戦作となっております。そちらは短いので、時間があれば覗いてくみてください。
それでは本編です。
このクリスマスに皆さまにほんのささやかな楽しみと、ほんのりとした温もりを提供できますように。
吾輩は猫である。
名はミーナという。名もなき吾輩にご主人がくれた、大切な大切な名前である。そして、吾輩は真っ黒な毛並みに尻尾の先だけが白く、両の瞳に黄金を持つ雌猫である。
種族はわからぬ。ただ尻尾の先だけ凍えるように白く、またそれだけが吾輩を他の黒猫と区別できるものと言えよう。それほどまでに吾輩の尻尾の先は白く、水に浸せばたちどころにその場所から氷が生まれるほど思えるほどに寒々としているのである。
生まれた場所はわからぬ。父の顔も知らぬ。母のぬくもりも知らぬ。ただ気付いた時には、吾輩は昨夜のごとく身を切り裂く寒空の下でぴいぴい泣いており、空の遥か彼方より来る白く身を抉るような綿に包まれていたのである。寒さで吾輩は我が身を疑い、空腹に我が意思を疑い、あれほど我が身を抉るような白き綿が温かく感じられていたことを今でもよく覚えている。
吾輩はあの時は今よりもさらに小さく、無知であった。それは今でもほとんど変わらぬのだが、それでもなお今とは比べ物にならぬほど吾輩は無知であった。
しかし、無知であるが故に、いや、無知であったからこそであったのかもし知れぬ。ただ漠然と吾輩は、じきに自らのこの身が吾輩の意思に反して動かぬことを悟っていた。それだけではなく、吾輩という小さき者はあと数刻もせぬ間に世界から剥離され、するりと何者の目にも止まらず、聞こえず、感じず、あの虚空の暗闇の中に放り込まれるのであろうことを知っていたのである。
ああそうか、吾輩は何者にもならず、何かを成すことも叶わず、このままこの白い綿毛に包まれ溶けていくのかと、吾輩はそう薄ぼんやりとした頭で考えていた。
もうどのくらいの時間、吾輩は歩みを止めなかったのだろうか。
どれだけ歩こうとしても歩けず、気付けば吾輩は吾輩というちっぽけな存在すべてを肯定してくれるかのような、そんな錯覚すら覚えてしまった、この包みこんでくれているこの白い、冷たくて温かい、柔らかくて硬い綿毛のような真っ白な存在へとなろうとしていた。黒猫であるにも関わらず、吾輩は白になろうとしていたのである。
しかしながら、それは今にして思えば失敗に終わったとしか言いようがないように思える。吾輩は白にはなれなかった。不完全だったのである。
そうというのも、吾輩は気付けば太くて柔らかな、しかし芯の硬い、そして何より無限に広がる温もりの持つ揺りかごに抱かれていたからなのである。
それが後の吾輩のご主人となる者の腕であるとは、この時の吾輩には知るよしもなく、ただあの白い綿毛よりも居心地のよい揺りかごに身を委ねていたのである。何よりもこの温もりこそが吾輩を肯定してくれたのである。
そして、今吾輩が横たわるご主人の隣の温もりを持つその揺りかごの中で、白へと変貌しようとしていた吾輩は、黒へとその姿を戻していったのである。
故に、だからこそ吾輩のこの尻尾の先は、凍えるほどに白いのであろう。
しかし、先の回想でわかるように、今朝の気温は寒々としており、このご主人の隣以外はまさにご主人がたまに開く、光がほんのり灯る冷気を放つ箱のようであると言わざるを得ない。
このご主人の横の温もりと、辺りを覆う冷たさの対比が、吾輩からあの頃の記憶を呼び起こしたのであろう。今となってはあの寒空を用意してくださった神とやらに感謝してもしきれぬ思いである。
さて、あまりの寒さに目が覚めてしまったが、また眠るとしよう。
そう思い、吾輩は軽く欠伸をひとつすると、またご主人の横で、ご主人にさっきよりもさらに近付き、ご主人と吾輩を覆う柔らかく大きな毛布の中で丸くなった。
吾輩を包み込む温もりが消えうせ、代わりに切り裂くような冷たさが吾輩を刺したのはその直後であった。
ご主人の唸るような声がしたかと思うや否や、不意に冷気が吾輩を襲ったのである。
身ぶるいとともに吾輩は飛び起きる。
見るとご主人は、つい今しがたまで吾輩を覆っていた毛布とともに、それを巻きつけるようにして吾輩から離れた位置に横になっていたのである。
そんな観察をしている間にも、せっかく温まっていた身体が冷えていくのを吾輩はひしひしと身を持って知った。
ずるい、ご主人だけ。
吾輩はすぐさま、あの温かな温もりを取り戻すべく、ご主人の元へと転がって行った。
しかし、吾輩が入る場所がない。ご主人の上に前足を置き、反対側を窺う。けれども、反対側には先がなく、毛布の大半が吾輩から見える先、その下のさらに先の奥へと落ちていた。また、あろうことかご主人は、毛布が少ないのは自分のせいであるにも関わらず、残り少ない毛布と心中するかのように小さく丸まっているのである。
これでは吾輩の場所が微塵もない。寒い。このままでは吾輩の命に関わる。
しぶしぶご主人の顔の元まで、沈み込む床に足を取られぬよう歩いていく。傍まで来ると、ご主人もまた寒さに凍えるような表情を浮かべていた。
しかし、明らかに寒いのは吾輩の方である。一も二もなく、ご主人には起きて貰えばならぬ。あるいは毛布を吾輩に与えて貰えばならぬ、
ぺち。
ご主人の顔を前足で軽く叩いてみる。ご主人は眉を顰めるも、しかしそれ以上の変化はない。
ぺちぺちぺち。
諦めずに連続してご主人の顔へ前足を置いてみる。
今度は流石にご主人にも変化があったのだが、低く短く唸ると片手で吾輩の顔へ仕返しとばかりに叩いてきた。
まるで小うるさい虫が耳元を飛んでいるかのように、不機嫌そうに眉を顰めて、しっしっしっとご主人は繰り返す。それがまたうまい具合に吾輩の顔を連続で打つのである。
流石に吾輩も我慢の限界である。
じゃりん、と吾輩の、普段は肉の間に隠している武器を取り出す。
前足をご主人の上で高く上げる。
覚悟するがいい、ご主人。
前足の正義の鉄槌をご主人の無防備な頬に向けて振り下ろす。
耳をつんざく様な悲鳴がご主人から発せられたのはその直後であった。