第三章(一)
翌日から、特訓の日々が始まった。
「ティン。シャナ王子の忠臣『ウイルコックス』だ」
キラー大臣に紹介され、ウイルコックスが手前に出た。まだ少年の面影を残した、気難しそうで寡黙な男だ。
「彼はシャナ様がお生まれになった時から、お仕えしている。彼に王子の身代わりとしての訓練をしてもらう」
「よろしくお願いします」
ティンが頭を下げても、ウイルコックスは何も言わなかった。
ウイルコックスはシャナ王子のしゃべり方や歩き方、癖の一つ一つまで、丁寧に指導した。訓練は毎日午前中に行われた。
そして、昼食までの残り時間は、イザヤ大臣が連れてきた数人の達人に、護身術として、剣術や弓術、拳法といったあらゆる武芸を教わった。どの先生にも、ティンは飲み込みが早く、筋がいいとの評判だった。
そして、食事休憩を挟んで、午後はシネマーに読み書きを学び、ペテルギウスに帝王学や、王国の歴史、各国の情勢、近隣諸国の伝統や慣習を教え込まれた。それは、王子の身代わりというより、王になるための教育に他ならなかった。
シネマーはこの事を疑問に思い、ペテルギウスに尋ねてみた。すると、彼はこう言うのだ。
「以前、医師に聞いたことがあるんだ。『王と王子は親子なので、同じ病気になる可能性がある』と」
「そんな、縁起でもない」
「まあね。でも、予感がするんだ。用心に越したことはないさ」
確かに王子は儚げで、そこにいるのにいないような、消えてしまいそうな、人をそんな気にさせるところがあった。
勉強が終わった後、母の元へ向かうのがティンの日課になった。ティンはその日の出来事を話し、母は言葉少なめに相槌を打つ。そして二人で夕日を眺めるのだ。「綺麗ね」と、いつも母はそう呟く。
その日もいつものようにティンは病室に向かった。ところが、そこに母の姿はなかった。背後に人の気配を感じ、振り返る。いつか出会った初老の医師が立っていた。
「母をどこへ!?」
「他の場所へ移した」
「僕に断りも無くですか!?」
医師は鼻で笑った。
「君に何を言う必要があるというのだ!? 主導権は、あくまでこちら側にあるということを忘れるなよ」
ティンは拳を握り締め、去って行く医師を睨んだ。
ペテルギウスはその夜、会議室に慌ただしくやって来た。
「ティンの母親を療養所に入れたらしいな」
治療というより、養生を中心としている施設だった。
「ああ、そうだ」
イザヤ大臣が応える。
「私の了承なしにか?」
「君はティンの教育で忙しそうだったからね」
キラー大臣が皮肉に笑う。
「それで、ここに置いておけない理由は何だ?」
「決まっている。ティンの目の届く所にいてもらっては困るからさ」
ペテルギウスは医師を見遣る。
「容体が急激に悪化する前に、移す必要があったのです」
「急激に悪化するだと!? 治る見込みは?」
医師は首を横に振った。
「残念ながら」
星一つない、暗い夜のことであった。