第二章(二)
ティンはシネマーに連れられて長い廊下を抜けて、中庭に出た。中央に大きなバルコニーがあり、それを臨むように聴衆用に長机が縦に並べられている。
ほとんどの席は料理を食べている聴衆で埋まっていた。バルコニーの下には料理がバイキング形式で置かれていて、シェフたちが人々に料理をよそっている。
シネマーはティンを目立たない端っこに席に座らせた。
「料理を取ってくるよ」
「あ! シネマーさん。僕、さっきお芋食べたんで、そんなにいりません」
「わかった」
シネマーは雑踏の中に入って行った。その直後、漆黒の髪の少女が、座っているティンにぶつかった。
「ごめんなさい」
「いえ……」
ティンよりは少し年上であろう。ウェーブがかった長い髪、太陽を受けて光る白い肌、黒葡萄の瞳。走り抜けていくその姿を、ティンはしばらく見つめていた。
それが、バークレー王国の隣に位置する、軍国エウレカの王女『イエニエ』との出逢いであった。
間もなく、シネマーが飲み物とデザートを持ってきた。
「もうすぐ、あそこに王子様がいらっしゃるんだよ」
シネマーがバルコニーを指差した。
「病床についておられる王様に代わって演説をするんだ」
「え!? 王子様は確か、僕と同い年のはずでは?」
「そうだよ。一〇歳でもすばらしく聡明なお方だよ」
その時、バルコニーに一人の少年が現れた。眉目秀麗なその顔立ちはティンと瓜二つだった。シャナ王子は端正な身のこなしで優雅に礼をした。
「民衆の皆さん。私は、あなた方が飢えに苦しみ、それが原因で亡くなることも多々あると知っています。何もできない私をお許しください。
皆さんはこの城を見て、お腹立ちになったことでしょう。来訪者の目につくところだけ見えを張り、人目につかないこのような中庭には、なんの装飾も施していません。
今日の食糧も確保することもできないほど、あなた方から絞れるだけ税金を絞り取り、意味のない装飾や、側室への貢ぎ物として使われ、税金が消えていったことに、私は恥じ入ります。
身内をかばうようで申し訳ないのですが、我が父は、大変素直でした。父は愛する王妃を喪い、金品目的で集まってきた女性たちに、よくしてやっただけなんです。国を預かる王としては最低ですが、人柄は買ってやってください。
国王は今、病に苦しんでいます。どうか皆さん。王の回復を祈ってください。本日は王国建国一〇〇〇年の記念式典にご出席いただき、本当にありがとうございました。私の演説を聞いてくださって感謝しております。どうぞお楽しみください」
王子が頭を下げると、民衆から歓声が上がった。
「王子様万歳!!」
「バークレー王国万歳!!」
「王様万歳!!」
ティンは、正直動くことができなかった。あの方が次代の王。
「君が仕えるお方だよ」
シネマーの言葉に、自分の置かれた状況が瞬時に理解できた。僕はあの方をお守りするために、ここに――都に連れて来られたのだと。あの方を、決して失ってはならない。
シャナ王子の言葉は、ティンの心を射止めるには充分であった。