第二章(一)
馬車が門を越えたところで、ティンは度肝を抜かれた。目の前には荘厳で馬鹿でかい城が立ちはだかり、都を囲む塀の内側には、金や銀のあらゆる装飾が施されていた。
通路には民衆がごった返していた。これ以上進めなかったので、馬車を降り、ティンは改めて装飾を見上げた。僕らの税金はこんなところで使われていたのかと、心が痛くなった。
「ペテルギウス様。お帰りなさいませ」
侍従たちが出迎えに来ていた。
「ペテルギウス!!」
城の中から二人の大臣が出てきた。
「ご苦労だったな」
イザヤ大臣が労いの言葉をかける。
「ほう。その子かね。早馬で報せてきたのは」
キラー大臣がティンを上から下まで穴の開くほど見詰めた。
「君は乗り気じゃなかったから、期待していなかったんだが、やるじゃないか」
「やめないか! 話は中でしよう」
ペテルギウスは大臣たちの背中を押して城へ入らせ、振り向いて言った。
「馬車の中の女性を病室に運びなさい」
「はい」
侍従たちは立てかけていた担架を持って馬車に入った。
「ああ、それからシネマー。ティンに何か食べさせてやってくれ」
「はい」
ペテルギウスは慌てて城に入って行った。
「ティンくん。中庭に食事が用意されているから行こうか」
「あ、あの僕、母の病室を見届けたいんです」
「ああ、そうだね」
馬車からティンの母親が運び出され、城の中に入って行った。ティンはすかさず後を追う。階段を上り詰め、最上階の北端の部屋に入った。侍従たちは手早くベッドに寝かせて去って行く。
ティンは改めて部屋を見回し、少し不安になった。室内には、ベッド以外は何もなく、大きな窓があるだけだった。
「大丈夫なのかな……」
「はっはっはっ。ご心配なく」
威勢のいい声と共に、白衣を着た初老の男が現れた。
「我が国の医療技術は世界でもトップクラスだ」
ティンは男を見据え、言った。
「自国の王は治せなくとも……ですか?」
男は一瞬、呆気に取られて、何も言えなかった。
「ティンくん! そろそろ行くよ」
シネマーが顔を出した。
「はい!」
ティンは出て行こうとしたが、入り口の前で踵を返した。
「失言でした。すみません」
軽く頭を下げた。
「母をよろしくお願いします」
もう一度、深々と頭を下げ、病室を後にした。
男は立ち尽くしていた。わずか一〇歳の少年に底知れぬものを感じた。これは将来が楽しみだ。
男は痛い所を突かれたことも忘れ、あの子を身代わりにしておくのはもったいないと、そんなことを考えながら、診察の準備を始めた。