第一章(四)
翌日、空はどんより曇っていた。二人はティンの家を訪れた。小さく、簡素な造りの家だった。
「ティンくん」
ペテルギウスが入り口の前から声をかけた。ティンはすぐに顔を出した。
「あなた方は昨日の」
「君に用があってね。お邪魔してもいいかね」
ティンは訝しんでいる様子だったが、二人を招き入れてくれた。
「はい。どうぞ」
入ると、奥で女性が寝ているのが見えた。食卓を挟んで置かれているいすに座るように勧められたが、ペテルギウスは立ったまま話し始める。
「私は、大臣のペテルギウスだ」
ティンは目を丸くした。
「大臣?」
ティンはペテルギウスを注視し、納得した。旅支度なのであろう簡素な身なりをしているが、そこはかとなく漂う気品のようなものを感じる。しかし、多くの疑問が残る。
大臣がなぜこんな辺鄙な村に? なぜティンを訪ねる?
「ティン! お芋持ってきたわよ」
近所に住む少女チェンが袋を抱えてやって来た。彼女はティンより四つ年上で、幼い頃からの友人である。
「ああ、チェン。いつもありがとう」
ティンは袋を持って食卓に置き、話を続けるよう促した。
ペテルギウスは咳払いをして、無表情で言った。
「王室の医療で、お母さんを救ってあげようか」
「ええ!? 本当ですか!?」
ティンは瞳を輝かせた。ペテルギウスは良心が疼くのを感じたが、後戻りはできなかった。
「本当だ。ただし、条件がある」
ティンは黙ってペテルギウスを見詰めている。甘い話には必ず裏があるものだ。
「わが王国は存続の危機でね。王のご病気は悪くなる一方で、王子の命を狙う輩まで現れた。シャナ王子を喪うと、我々にはもう打つ手はない。そこで、王子に影武者をつけようと思ってね」
ペテルギウスは己の残忍さがやるせなかった。
「それが君だよ」
ティンは事態が把握できず、立ちすくんでいた。
「まあいい。我々は村長の家にいる。日没までにはここを発ちたい。それまでに、『是』と言うなら、私の所まで来なさい」
そう言い残し、彼らは去った。