第四章(十)
ウイルコックスは宣言通り、戴冠式の直後まで帰ってこなかった。
彼は大荷物を抱え、見慣れぬ馬車から降りてきた。手綱を取っていた不審な若者は、迎えに出たフローリアを一瞥するすると早々に去って行った。
フローリアはウイルコックスに、何か底知れぬものを感じた。一見穏やかな仮面の下で、蒼い炎が燃えているような気がしたのだ。
ウイルコックはそれっきり、城には戻らなかった。
「解雇されたのか」と尋ねると、「自分は用なしになった」と応えた。これだけで、彼女が『シャナ王子の死』を感知するのに十分だった。
そして、孤児院に不審な男たちが出入りするようになった。彼らはウイルコックスの部屋に集まり、小声で話していた。
そんなある夜、子供たちが寝静まった後、二人は向かい合って座っていた。前方にはフローリア自慢のお茶が淹れられている。
「姉さん」
彼は悄然としている。フローリアには、次に続く言葉が予想できた。
「俺は、ここを出るよ」
そんな気がした。
「あなたには、危害を加えたくない」
大切な、とても大切な、たった一人の人だから。
『危害』――か。フローリアは嘆息した。
「それ相応なことをするつもりなのね」
もしくは、もう既にしているか。フローリアの問いに、ウイルコックスは目を伏せて、お茶を一口飲んだ。
「うん」
その言葉が、全てを物語っていた。




