第一章(三)
村長は自分のベッドを使ってくれと言ったが、ペテルギウスとシネマーは遠慮し、村長の家の内部にある講堂の長いすで寝ることになった。突風が窓を揺らしている。
「ペテルギウス様」
二人は行動の中央に位置する長いすに横になっている。背を向けているペテルギウスにシネマーは呼びかけた。
「なんだ」
「私には、この度は苦しすぎます」
それは、ペテルギウスも同じである。
「本来なら、私も彼らと同じように、貧困に苦しんでいたのですから」
かつて、シネマーはスラム街の孤児だった。飢えて行き倒れた彼を通りがったペテルギウスが救ったのだ。
「ペテルギウス様。あなたは、あの少年を連れて行くおつもりですか」
「そうだ」
「なんですって!? 見損ないました。私を拾ってくださったあなたなら、民人への理解があると思っていたのに」
けれど、シネマーは気付かなかった。ペテルギウスが頑丈な仮面の下、泣いていることに。
「あの少年の自由を奪い、名前を消し、人格を否定し、王子様の影武者として生きることを強制するのですか!?」
「――シネマー」
ペテルギウスは上体を起こし、シネマーに向き直った。
「ティンの体を見ただろう。枯葉のように痩せ細ったあの体を」
「……はい」
「聞くところによると、彼の母親は重病らしい。この国は、王の無駄遣いにより、地方は最悪の人道危機だ」
大臣という立場に関わらず、王族の批判ができるのは彼だけである。
「この状態で、ティン親子を救い出す方法を、君は思い付くかね?」
シネマーはペテルギウスの真意を測りかね、戸惑っている。
「要は発想の転換さ。我々は彼の母に適切な治療を施し、飢えから彼らを救済するのだ」
ペテルギウスは皮肉に笑ってこう付け加えた。
「一人の少年の自由、そして未来を代償に」