第二章(三)
「お言葉ですが……」
イエニエとの結婚は彼自身、願っていたことだったのかもしれない。
しかし、応えられなかった。イエニエの恋の始まりは、自分ではないのだ。彼女の想いが純粋であればあるほど、ティンは苦しかった。
「……おきらいですか?」
イエニエは目に涙を浮かべていた。
「いいえ」
ティンは目を逸らす。耐えられなかった。イエニエは彼の腕をつかみ、必死に訴えた。
「お願いです! 私はあなたの元へ嫁ぐしか、道は残されていないのです!」
それは痛いほどわかっていた。
「違うんです!」
見るに耐えず、思わず言ってしまった。
「私は、あなたが憧れた、シャナ王子ではありません」
しまった、と思った。イエニエはすがる手を離した。彼女が何も言わないので、ティンは自分が身代わりであったことを話した。イエニエは黙って、彼の話を聞いていた。
「これでわかったでしょう。僕はあの時、シャナ王子に心を奪われた臣下の一人にすぎないんですよ」
怖くて、彼女の反応が予想できなくて、イエニエの顔を見られなかった。
「あなたも、私と同じなのですね」
「え?」
彼女は微笑していた。
「私達、同じ日に同じ人に憧れたのね」
イエニエはティンの手を優しく握った。
「僕で……よろしいのですか」
「ええ。私の憧憬はシャナ王子だけではありません。恋の始まりは王子さまでしたが、この国の民をお救いになったのは他でもないあなたです」
「ありがとうございます」
ティンは嬉しかった。今まで自分がしてきたことに、初めて実感が持てた気がした。
イエニエは一時帰国し、支度をして再びやって来た。多くの人に祝福され、彼らは結婚した。
まんまとエウレカ王の策略通りになってしまった気もするが、仲介役になってくれた気もする。
翌年、王子が誕生し、『シン』と名付けられた。




