第二章(二)
数日後、大きな馬車が到着した。数人の女官が馬車から降り、イエニエ姫が姿を現した。
出迎えに来ていたティンは馬車に歩み寄った。姫は淡い水色の衣を身に着け、髪に鼻飾りを着けている。
「ようこそいらっしゃいました」
ティンは降りようとする姫に右手を差し出す。姫は少し恥じらいながら手を握った。優雅に姫は馬車から降りる。
夢のようなその光景を、女官やシネマーがうっとりと見詰めていた。
先代の王妃――シャナ王子の母君の居室を、イエニエ姫の寝所として使うことになった。ティンの寝室から近い。女官を通じてエウレカ王に伝わることを恐れての行為だった。
ティンはイエニエ姫をいろいろな所へ案内した。彼女の反応はとても良かった。特にシャルル大聖堂に驚いていた。エウレカ帝国にはステンドグラスがないそうだ。
そして、大臣たちと連夜話し合う日々が続いた。そんなある日のことだった。その夜は会議がなく、ティンは寝所で寝ころびながらシネマーと話していた。
「ああ! どうしたらいいんだろう」
ティンは頭を抱える。
「いっそ婚約されては?」
シネマーは冗談半分に言う。
「何を言う!?」
「それしかないでしょう」
その時だった。イエニエが現れたのだ。
「どうしました?」
ティンは慌てて起き上がる。
「困っていらっしゃると思って、やって来たんだす」
ティンはシネマーに席を外すように目配せすると、イエニエにいすを勧めた。
イエニエと向かい合い、しばらく沈黙が続いている。イエニエは勇気を出して口を開いた。
「私と結婚するのはおいやですか!?」
「え!?」
「私のこと、おきらいなのですね!?」
「いえ。そんなことはありません」
イエニエは安堵の吐息を漏らした。
「実は、今回の私の留学は、私の希望でもあるのです。父がバークレー王国と国交を結びたがっているのは事実です! ですが、留学は私が言い出したことでした」
ティンはエウレカの慣習を思って言葉をつむいだ。
「なぜですか」
「私は、八年前の式典で、あなたの演説を聞いて、あなたに憧れました」
当然のことながら、それはティンではない。シャナ王子である。
ティンはあの時ぶつかった少女はイエニエであったとわかった。
「それから、あなたの政策の様子を見て、この気持ちは強くなる一方でした」
イエニエは視線を落とし、切実に言った。ティンは聞きたくなかった。
「お願いです! 私と結婚してください」
聞きたくなかった。初めて逢った時、正直なところ、目を逸らすことが出来なかった。
ティンは大切な来賓であるから、イエニエを案内していたわけではない。王自らが赴くことはなかった。エウレカの狙撃を恐れたわけでもない。四つ年上のイエニエに、ある種の憧憬抱いていたのだ。




