第一章(後)
村長の家へ着くと、他の村人に歓迎された。チェンはいつのまにかいなくなっていた。
講堂で、宴会用のテーブルを囲み、ティンは切り出した。
「何か不備はありませんか? 善処いたします」
他のどの村でもそうであったが、明らかに、王が国民に使う口調ではなかった。
「何もありません。もう十分です」
村人は口々にティンに礼を言い、村の近況報告をした。ティンは何も言わずに微笑して聞いていた。
日が暮れかけた頃、ティンはおもむろに立ち上がった。
「そろそろ帰ります」
「泊まって行かれてはいかがですか」
村人の申し出に、ティンは首を横に振る。
「お言葉ですが、長居すると、帰りたくなくなるので」
その言葉は村長の心に響いた。このまま気付かない振りをするつもりだったが、どうしても言わずにはいられなかった。
「そうですか」
村人は残念そうに、見送りのため先に出て行く。ティンが扉に差し掛かった時、村長が呼び止めた。
「ティン」
ティンは目を見開き、足を止めたが、振り返らない。呼んではならない名前だった。
「どういう事情で、王になったかは知らないが、おまえのおかげで、暮らしは随分良くなった。飢えに苦しむことのもなくなった。だけど、もう十分だ。帰ってきてくれないか」
ティンは言葉につまったが、振り向いて言った。
「その言葉で、ここに来た甲斐がありました。末永くお元気で」
ティンは出て行った。
※
一方、軍国エウレカでは――。
エウレカ王は地図を前にして唸っていた。エウレカは軍部に力を注ぎ、狭小な国土を守ってきた。そして、東側に位置する広大な国が、バークレー王国である。
エウレカ王としては、王が代替わりし、ますます活気溢れるこの国と、どうしても外交を結んでおきたかった。
「お父様」
娘のイエニエが入って来た。いつもと様子が違い、思い詰めているのがわかった。
「どうした」
イエニエはうつむき加減で話し始めた。




