第四章(五)
数日後、戴冠式を待たずして、王は逝った。穏やかな寝顔だった。苦しまずにすんだのが、せめてもの救いだった。
ウイルコックスは、王の遺体が運び出された後も、その場を離れることができなかった。城内の者はそれぞれの自室で、悲しみに身を沈めている。
ウイルコックスの脳裏に、シャナ王の記憶が走馬灯のように思い出された。彼は王が身を沈めていたベッドのくぼみに手を添え、思いっきりむせび泣いた。城内にいた者はその最も悲しい叫びを聞いた。弔いの鐘のように響き渡っていた。
歴代の国王を送り出してきたシャルル大聖堂で、戴冠式は行われる。ティンの要望で、賓客だけではなく、貧しい一般市民にも開放している。
馬車でシャルル大聖堂に向かう途中、ティンは観衆の多さに驚愕した。視界は人で埋め尽くされている。
「この国には、こんなに人がいたんですか?」
付き添いのペテルギウスは応える。
「いや、国内の人たちは近隣に住んでいる人以外来られないよ」
「では、外国の……」
「そう。バークレー王国は非常に歴史深いのだ。もう一〇〇〇年以上も続いている。その国の戴冠式といえば、伝統的な儀式なのだよ」
「それなら、国内の方にこそ、見てもらいたいものです」
ペテルギウスははっとした。それもそうだと納得する。
いよいよ、戴冠式の始まりである。歓声と共に、聖堂にティンが現れた。聖堂内には、近隣諸国の要人が集まっていた。ティンが緋色の衣をまとい、祭壇まで赤い絨毯の道をゆっくりと歩いて行く。
しだいにざわめきが沈黙に変わっていた。誰もが若い王の威厳に息を呑む。その中には、隣国エウレカの王女イエニエの姿もあった。
ティンは祭壇にたどり着くと、こうべを垂れた。大司教が厳かに光り輝く王冠をかぶせる。人々には逆光がティンを包む後光のように見えた。一〇〇発の礼砲が放たれた。歴史的瞬間である。
「神よ! 王を褒めたたえよ!」
外から見ていた市民が叫んだ。それがきっかけとなり、一斉に歓声が上がった。
「新王に祝福あれ!!」
「国王陛下万歳!!」
儀式は大成功であった。誰もがティンが偽物だということに気付かなかった。それは同時に、誰もがシャナ王に死を悼まなかったということを意味していた。




