第四章(四)
帰り道、シネマーは出来るだけゆっくりと馬車を進めた。雨はもう、やんでいたが、辺りは暗くなっていた。ティンは虚空を見詰め、ただ流れるままに、涙を流した。
城に着き、シネマーが王の元へ帰ってきた。ペテルギウスがすかさず尋ねた。
「間に合ったか?」
「はい」
シャナ王は安堵の吐息を漏らした。
「それで、ティンは?」
「自室にいます」
「そうか。無理もない」
王自身両親を喪っているので、気持ちは痛いほどわかっていた。しかし、ティンと話さなければならないことがある。自分にはもう時間がない。かと言って、今のティンはそっとしておいてやりたかった。シャナはどうすることも出来なかった。
それから一週間の間、ティンは自室にこもりっきりで、食事を運んできたシネマーと2、3の言葉を交わすだけだった。
しかし、ある夜、ティンは視線を上げ、きっと満点の星空を睨んだ。
翌朝、朝靄の中、ティンが王を訪れた。
「シャナ王様。長い間、ご心配をおかしました」
王は既に目覚めていて、ベッドに横たわったまま応えた。
「もう……大丈夫なのかい?」
「はい」
「ティン」
王はティンの腕を握った。
「このままここに居れば、君は確実に『王』にされてしまう。今となっては、君を縛るものは何もない。自由になることもできる。選択の時だ。君が選ぶんだよ」
手審はとても穏やかな表情をしていた。
「シャナ王様。あなたの意志を継ぐだとか、王という立場に魅力を感じるだとか、そんなことは思いません。ただ、僕はあなた以上にこの国の人道危機を知っています」
ティンは餓死した人々や病気で亡くなった人々を何度も見てきた。そしてそのたび、自分の無力さを感じた。今ウイグ村に帰っても、事態は何も変わっていない。いやむしろ、悪化しているかもしれない。
「僕はこの国の人々を、自分の手で、救いたい」
「そうか。そう言ってくれるのか」
シャナの瞳から、一筋の涙が流れた。朝日が昇り、それぞれに懸命だった二人の少年を照らし出している。
「ありがとう。君がやってくれるのはら安心だ。君ならきっと、成し遂げてくれるだろう」
これが、王が人前で見せた、最初で最後の涙であった。




