第四章(三)
数日後、日が暮れかけた頃、北の空から、どす黒い暗雲が広がり、東の空から夜のベールが覆い被さろうとしていた。ティンは自室から、馬車がやってくるのを見ていた。
間髪を容れず、王に呼び出された。王の居室には、三人の大臣が険しい顔で立っていた。
「たった今、報せが来てね」
シャナ王はベッドに身を沈めたまま、ティンの腕をつかみ、目を見て言った。
「お母さんが、危篤だそうだ」
ティンは血相を変えて飛び出した。
シネマーが御者を務める馬車にティンが乗り込む様子が窓から見えた。馬車が出発するのを見送った後、キラー大臣が王に尋ねた。
「シャナ王。あれでよろしいのですか」
「何のことだ?」
「ティンが母親の死を知ってしまうと、彼をつなぎとめておくものがなくなります」
「つまり、ティンを自由にしてしまうことになりかねません」
キラー大臣の言葉にイザヤ大臣が補足した。
「それと、親の死に目に会えないことと、何の関係がある?」
「しかし、あなた様の亡き後、後継者が――」
「キラー!!」
ペテルギウスが黙らせた。
「いいんだよ。ペテルギウス」
王は微笑していた。
「僕の死を公表せず、ティンが王位を継承するか。それとも、僕の死を公表して、僕の縁戚を王族に戻すのか。それは、ティン自身が決めることだと、僕は思っている」
病院は城から一里(約四キロ)離れたところにある。いよいよ雨が降り出し、シネマーは土砂降りのなか、馬車を進めた。ティンには、この道が果てしなく続くように感じられた。
速くたどり着けばいいのにと思う反面、永遠にたどり着かなければいいのに、とも思う。
病院の外に、看護師の大柄な女性が立っていた。ティンが馬車から降りると、女性はティンを抱えて走りだした。
「ずっとあなたを呼んでいるんです!」
早口にそう言うと、ずんずんと奥へと進み、病室に入った。見ると、医師や看護師に囲まれた変わり果てた母の姿があった。
「ティン……ティン……」
今にも消えてしまいそうな声で、母は息子を呼ぶ。医師たちがティンに気付いて道を開ける。ティンの目から涙が溢れた。
「お母さん」
ティンは痩せこけた母の手を握った。
「ティン……」
「お母さん!!」
母は最期に目を見開き、大粒の涙を流した。母の手がティンの手からすり抜ける。
「お母さん? お母さん!?」
ティンは慟哭した。
「お願いだ! 目を開けてくれよ、お母さん!!」
ティンの脳裏に、母との記憶が思い出された。彼は悲しみに打ちひしがれ、母の体を揺すったが、母は二度と再び、目を開けることはなかった。




