第四章(一)
数年の歳月が過ぎて、ティンが十四歳になった年だった。王が昏睡状態となり、ついに崩御したのだ。
バークレー王国では、即位式は前王の葬儀と共に行われる。場所はシャルル大聖堂と決まっており、まず始めに新王が代表として聖餐台に立ち、冥福を祈るのである。そして、数ヶ月後に各国の要人を招いて行われるのが、『戴冠式』である。
ティンは王子を呼びに彼の部屋に入った。真っ暗な中、王子は机に突っ伏して激しく咳き込んでいた。
「大丈夫ですか」
ティンが駆け寄ると、彼は「それ以上来るな」と手で制しながら、なおも咳き込んでいた。落ち着いてくると、青ざめた顔で王子は聞いた。
「どうした」
「あ、はい。大臣の皆さんが明日の即位式についてお話があるそうです」
「わかった。すぐ行く」
王子はよろめきながら立ち上がった。
「ご無理はなさらないほうが」
「心配するな。無理などしていない」
王子が去った後、ティンはふと彼が顔を近付けていた机に目をやった。赤いものが付着している。ティンはそっと指でなぞる。血だ。真っ赤な鮮血だ。それも大量の。ティンは王子が歩んでいったほの暗い廊下を見詰めた。
ウイルコックスは王子の居室の血の跡を消していた。これはいつも彼の仕事だった。ウイルコックスは立ち上がり、部屋に帰ってくるなり倒れ込んだ王子を受け止めた。
そして泣きそうな顔で彼をベッドに寝かせた。
「いつもすまない」
そう言って、王子はまた咳き込みだした。
「何も言わないでください!!」
ウイルコックスは王子の背中をさすった。咳が止まると、ウイルコックスが口を開いた。
「僭越ながら申し上げます。今からでも遅くはないでしょう。ここに医者を連れてきます」
「やめろ。もう遅い。治るならとうにそうしている」
「しかし!」
「これは不治の病だ。死病だよ。おまえも見ただろう。死んでいった我が父を」
「あなた様のお父上は、死病に侵されながらも、五年間闘病なさいました。医者にもかからず、放置しておくのは自殺行為です。もう少し、生きられるかもしれなかったのに。どうして……どうしてご自分の死期を早めるような真似をなさるのですか」
最後のほうは泣き声になっていた。王子は落ち着いた声で、微笑みさえ湛えて言った。
「さあ、どうしてだろうね」