第三章(三)
幸いティンの傷は大事には至らず、命に別状はなかったが、絶対安静が言い渡された。
ティンは自室のベッドに寝込んだ。虚空を見詰めるその表情には、何の感情も浮かんではいなかった。ペテルギウスとシネマーは何も言わずに左右に置かれたいすに座っている。
「ティン!!」
シャナ王子が部屋に入って来た。遠くで見かけることはあっても、言葉を交わすのはこれが初めてだった。シネマーはいすから立ち上がり、王子が礼を言っていすに座る。王子はティンの手を握った。
「すまない。僕の代わりに」
ティンは首を振り、微笑さえ浮かべた。
「いいえ。あなたが無事で良かった」
一同は驚いた。この少年のいったいどこから、このような忠誠心が湧いてくるのだろうか。シャナ王子は泣き笑いの表情をし、言葉を返すことが出来なかった。
武芸の稽古が出来なくなった時間を、ティンは読書に当てた。城の図書館から持ってきた物語や歴史小説を読んだ。ふと、視線を上げ、窓の外を見て呟いた。
「お母さん」
今頃どうしているだろうか。ティンはどこかの施設にいるという母親に想いを馳せた。その時、廊下から話し声が聞こえた。ペテルギウスが小さな男の子を連れてやって来た。
「息子さんですか」
「ああ。シリウスだ」
ティンはシリウスに笑いかけた。シリウスも笑って応えてくれる。
「実は、妻が里帰りしていてね。会議の間、面倒を見てくれないか」
「はい。喜んで」
ペテルギウスが去った後、ティンはシリウスにベッドのそばに来るように言った。シリウスは素直に寄ってきた。
「いくつなの?」
「いつつ!」
シリウスは元気よく応える。すると、シリウスは思案顔になった。
「どうしたの?」
シリウスは唸りだし、父親に言われたことを思い出す。
「あ! そうだ」
シリウスはティンに向き直り、唐突に言った。
「元気ないね。大丈夫?」
ティンは息を呑んだ。ペテルギウスの優しさが嬉しかった。ティンはシリウスを抱き寄せ、むせび泣いた。
彼は今まで、ここに母親と共に連れて来られた時も、母を別の場所へ移された時も、王子の代わりに矢傷を負った時も、泣くことができなかった。彼がここに来て、初めて見せた涙であった。




