028 人類屈指の発明
「伊織、その土器を一つ持ってみろ」
「いいけど……?」
伊織は水筒の詰まった土器を両手で抱えた。
水筒の中が空なので軽々と持ち上げる。
「両手じゃなくて片手で」
「こういうこと?」
伊織は左手を離した。
右手で土器を胸に押し当てる形で体勢を維持している。
「じゃあ空いている左手でもう一つ持ってみろ」
「無理だから!」
「だろ? それが答えだ」
「いや、分からないから! これから作る物とどう関係あるの!?」
「おいおい、ここまで説明しても分からないのか?」
ぷぷぷ、と嘲笑気味に笑う。
「あー! そういうのよくないなぁ、雅人君! ちょっと賢いからって見下しちゃって!」
「ははは、わるいわるい。焦らすのはこのくらいにして答えを教えよう」
俺は右の人差し指を立てた。
「これから作るのは荷車だ」
「荷車!?」
「ああ。イカダに搭載する物資を運ぶのに俺たちだけだと手が足らない。かといって航海日に往復するなんざ論外だ。そこで荷車を使って一気に荷物を運搬する」
「おー! すごい! でも荷車なんか作れるの?」
「問題はそこだ」
「というと?」
俺はニィと笑った。
「実は俺も作り方をよく知らない」
「うおい!」と転げる伊織。
「だがまぁなんとかなるだろう。前にも言ったが昔の物は構造が単純だ。荷車とてそれは例外じゃない。車輪とシャフト、あとは荷台を作って合体させるだけで大丈夫だろう」
「シャフトって何?」
「車輪と車輪を繋ぐ棒のことだ。車軸ともいう」
「あー、アレね!」
「そう、ソレだ」
何が面白かったのか、伊織がクスクスと笑う。
俺は首を傾げるも、何も言わずに話を進めた。
「では木を伐採して荷車を作ろう!」
「おー!」
◇
荷車は一本の木から作る予定だ。
そのため、太くて大きな物をノコギリで伐採。
そこから運搬可能な大きさにカットして持ち帰る。
この時点で昼が過ぎていた。
「あーつれェ! やっぱ木の伐採って死ぬほどきついな!」
「見て見て! おっぱいの谷間に汗が溜まっているよ!」
「本当だ……って、おい、恥じらえよ! 今日はブラすらしてないだろ!」
「あははは」
遅めの昼休憩を行いながら会話を楽しむ。
井戸の傍に座り込み、浴びるように水分を補給する。
上半身に噴き出た汗が、ズボンの腰回りをグショグショに濡らしていた。
伊織の穿いているスカートも同じような濡れ方をしている。
「俺さ、この島に来てから明らかに強くなったよ、肉体」
「私も私も! 力がついたし、日焼けもした!」
「ライオンとも戦ったし、今なら人間に負ける気しねぇ」
「じゃあ日本に戻ったら怖そうな人に喧嘩を吹っ掛けてみて!」
「しねぇよ! 学校でちょっとイキるくらいに留めておく!」
「賢い!」
俺は「さて」と立ち上がった。
「残りの作業も済ませるか」
「頑張るぞー!」
ここからは伐採した木の加工だ。
まずは簡単な車輪から。
車輪の作り方は非常に簡単だ。
「このくらいでいいかな? もう少し幅を持たせたほうがいいと思う?」
「分からないけど、そこだとちょっと細すぎない?」
「言われてみればそんな気がするな。太めにしておくか」
適当な幅を決めて輪切りにするだけ。
木の幹は最初から丸いため、これで車輪の形になる。
「あとは同じサイズの物を3つ作るだけだな」
「3つ? 1つじゃないの?」
「荷車は四輪にしようと思うんだ、運搬時の安定性を高めるために」
「なるほど!」
ということで、計4つの車輪が誕生した。
「次はシャフトだな」
車輪が4つならシャフトは2本だ。
前輪用と後輪用である。
「シャフトって四角形でも大丈夫だと思う?」
「ピッタリ嵌まったら問題ない気がする!」
「伊織がそう言うならそうしよう。上手くいかなかったら伊織の責任な」
「酷ッ!」
「冗談だ。上手くいかなかったら面取りをしよう」
「面取りって何?」
「角を切り落とすことさ。ひたすら角を切り落としていくと、最後は丸くなる」
伊織は「おー」と感心した。
「なんか専門用語を使うと職人ぽいね!」
「大人になったら大工になるか!」
「やめたほうがいいよ! 絶対に向いてないから!」
笑いながら言う伊織。
「どうして向いていないんだ?」
「だって大工さんって連携プレーじゃん! 雅人君は何でも一人でやろうとするから、勝手なことするなーって怒られちゃうよ」
「あー、それはありえるな」
怒られている姿が容易に想像できた。
ヘソを曲げて速攻で辞めるところまで鮮明に。
「こんなもんでいいか、シャフト」
原木を適当にカットして角材に仕上げた。
「シャフトの太さが異なっているけど大丈夫?」と伊織。
「その点は問題ないだろう。シャフトに応じて車輪の穴を調整すればいい」
「そっか!」
「荷台は後回しにして、ひとまず車輪に穴を開けてシャフトを通そう」
「了解!」
寝かせた車輪の中央にシャフトを立たせ、鉛筆で型を記す。
あとはそれに従って穴をあけるだけだ。
「ここで役立つ道具といえばこの二つで確定だろう」
工具箱から錐とハンドドリルを取り出す。
まずは錐で小さな穴を開け、そこにドリルを通した。
ハンドドリルは両手を使うため、伊織に車輪を押さえてもらう。
「よし、穴があいたぞ!」
「お見事!」
「あとは鉛筆の型に合うよう穴を拡大するだけだな」
「それは私がやるよ! 雅人君は他の車輪にも穴をあけていって!」
「おうよ!」
役割を分担して効率よく作業を進める。
伊織のアシストがないため、穴をあける時は滑らないよう気をつけた。
「「できたー!」」
ハイタッチする俺たち。
全ての車輪に穴をあけ、シャフトと連結させた。
「面取りの必要があるか試しておこう」
シャフトを押して動くか確認する。
すると、車輪が回転してコロコロと進んだ。
「「動く!」」
二人して感動した。
最初に車輪を発明した偉人も同じ気持ちだったはずだ。
「あとは荷台を作って連結させるだけだな」
「合点承知の助!」
「久しぶりにでたな承知の助!」
荷台は数枚の木の板を合わせることにした。
合わせる板を縦に並べ、その下に横向きの薄い板を置いて釘で固定。
この薄い板にシャフトを重ね、U字の木材で固定した。
「これでほぼ完成だな」
「そうだけど……」
伊織の顔が冴えない。
「どうした?」
「なんで前輪と後輪がどちらも荷台の後ろのほうにあるの?」
それが気になっていたのか、と納得。
「前は荷台じゃなくて押すのに使うんだ」
「どういうこと?」
「前輪のやや前辺りから、先端付近までの板を切り落とす。で、開いたスペースに俺が入って全力で押す。人力車の俥夫――運転手のこと――みたいにな」
「あー、そっか! なるほど!」
伊織が納得したところで、今言った作業を行う。
先にシャフトと連結したせいで苦労したが、どうにか完成した。
「これで荷車の完成だ!」
「なんか本格的!」
伊織が拍手する。
「余った木材は荷台の縁に立たせて壁にしておくか」
「それいいね! 運搬中に物が落ちたら大変だし!」
ということちょこっと手を加え、今度こそ本当に完成した。
「見た目はもう完璧という他ないだろうこれは!」
出来上がった荷車は実に素晴らしいクオリティだ。
江戸時代に活躍していた大八車を彷彿させる。
「試してみようよ!」
「そうだな」
適当な土器をいくつか乗せて押してみる。
滑らかとは言いがたいが、車輪がしっかり動いてくれた。
「すごい! 動いてる! 私たちの荷車!」
「江戸時代にタイムスリップしたみたいだぜ!」
「私も押したい!」
「いいぞ、押せ押せ!」
伊織と交代する。
彼女は掴んだハンドルを胸の高さに上げて「ふんぬ!」と唸る。
全身の力を使って荷車を動かす。
「すごい! 普通に持つより遥かに軽い!」
「さすがは人類屈指の発明の一つだ。車輪は伊達じゃないぜ!」
これで荷車は完成した。
準備した大量の物資を余すことなく運搬できる。
「明日はいよいよイカダを造るぞ!」
「そして完成したら島から脱出だー!」
太陽が鳴りを潜め、夜が訪れようとしていた。
朝からずっと頑張っていたので、肉体はとっくに限界を超えている。
ヘトヘトでたまらないはずなのに、俺たちは元気いっぱいに笑っていた。
もうすぐ日常を取り戻せる。
そのことが底なしの活力に繋がっていた。