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020 裸で就寝

 裸で寝ないか――。

 そう尋ねてきた伊織の声は震えていた。

 緊張しているのだろう。


「マ、マジで? 裸で? ど、どうしてかな?」


 俺の声も震えている。

 渡りに船のような展開だが、それでもワンクッションを挟む。


「だって、その、蒸し暑くて。でも私だけ脱ぐのはちょっと……ね?」


「い、伊織がそう言うなら……! 脱ごう……!」


 伊織に言わせる形で承諾する。

 彼女が好きな「男らしい」タイプからは程遠い対応だ。

 我ながら情けない男だと思った。


「じゃあ……!」


 伊織は抱きつくのを止めて体を起こした。

 座った状態でキャミソールを脱ぎ、丁寧に畳んで傍に置く。

 さすがにパンティーは脱がなかった。


(なら俺も下はそのままにしておこう)


 俺だけパンツまで脱いだらヤバい奴である。

 ということで、体を起こしてインナーシャツだけ脱いだ。


「これでちょっとはマシになったね」


「そ、そうだな……!」


 再び横になる。

 すると、伊織は当たり前のように抱きついてきた。

 衣類のガードなしに胸が押し当てられている。


「ちょ、ちょっと、伊織……!」


「ん?」


「さすがにその、裸でくっつかれると……」


 童貞の男子高校生には辛すぎる。

 俺の内なる性衝動(リビドー)が激しく揺らいでいた。


「でも、こうしていないと不安で眠れないよ?」


「それは困るな」


 俺は理性と本能の狭間で解決策を考えた。


「手!」


「え?」と伊織。


「〝え〟じゃなくて〝手〟だ!」


「手がどうしたの?」


「手を繋ごう、抱きつく代わりに……!」


「分かった!」


 伊織は俺から距離を取った。

 そして、ギュッと俺の左手を握ってくる。

 互いの指が絡まった。


「どうだ……!?」


「大丈夫かも!」


「それはよかった。じゃあ今日は手を繋いで寝よう」


「うん! おやすみ! 雅人君!」


「おう、おやすみ」


 どうにか暴走しないで済んだ。

 俺は目を瞑り、ふぅぅぅぅ、と大きな息を吐く。


「ありがとね、雅人君」


 ポツリと伊織が呟いた。


「ん? 何がだ?」


「変態なのに紳士でいてくれて」


 分かりやすい表現だ。

 思わず「ぷっ」と吹き出してしまった。


「伊織は勘違いしているよ」


「勘違い?」


「俺は紳士なんかじゃない、ただの意気地なしさ」


 伊織のクスリと笑う声が聞こえる。


「それでも私にとっては紳士だよ。変態だけどね」


 伊織が手をギュッと握ってくる。

 それに俺もギュッと握り返した。


「おやすみ、雅人君」


「ああ、おやすみ」


 再度のおやすみコールをもって、この日を終了した。


 ◇


 次の日――。


 朝、目を覚ますと真っ先に顔を洗った。

 外に出て、土器に張っておいた水でジャバジャバと。


「昨日の内に溜めたからぬるくなっているが、まぁ悪くないな」


 独り言のつもりだったが「だねー」と言葉が返ってくる。

 俺のすぐ隣で、伊織が同じように顔を洗っていた。


「うお! 起きていたのか!」


「私セリフだからね? それ。てことで、おはよー雅人君!」


「おう、おはよう!」


 俺は立ち上がり、濡れた顔を干されている貫頭衣で拭いた。


「今日は涼しいな」


「涼しいってほどではないけど昨日よりは格段にマシだね」


 伊織も同じように顔を拭く。

 貫頭衣は衣類であり、タオルとしても利用できる優秀な存在だ。

 もちろん市販品に比べて性能は劣っているが。


「息苦しくならないだけ御の字だな」


 昨日の暑さは酷かった。

 呼吸は憚られ、立っているだけで汗が噴き出した。


 今日は体感で4~5度低い。

 立っていても汗が滲み出るだけで済んでいる。


「ところで雅人君、服は着ないの?」


 伊織が尋ねてくる。

 それによって、彼女が制服姿だと気づいた。

 一方、俺はパンツ一丁だ。


「ズボンだけ穿いておくか」


「上は?」


「裸でいいだろう、暑いし!」


「じゃあ私もそうしよっと!」


 伊織はその場で服を脱ぎ始めた。

 シャツのボタンをするすると外し、キャミソールも脱ぐ。


「おい、俺は変態なんだろ? 変態の前で脱ぐなよ!」


「だからブラは外さないでおく!」


 両手を腰に当てて胸を張る伊織。

 今まで気づかなかったが、彼女の胸は結構な大きさだ。

 さすがに凝視を禁じ得ない。


「雅人君、ジロジロ見すぎ!」


「もう変態だってバレているしな。遠慮しないぜ!」


「サイテー!」


 呆れたように言う伊織。

 その間も、俺は彼女の胸を見つめていた。


 ◇


 朝食後、俺たちは北の森に向かった。

 昨日と同じく突っ切って海を目指すためだ。

 半裸であることを除けば、おおむね昨日と変わらない。


「やっぱり出ないな、ライオン」


 これまでと違ってオスライオンが警告に来ない。


「オオカミに全滅させられたのかな?」


「ありえそうだ」


 順調に森の中を進んでいく。

 早くもライオンの群れに襲われた場所を越えていた。

 既に未知のゾーンだ。


「お?」


 鼻をクンクンする。


「潮の香りだ」


「近くに海があるってことだね!」


「だな!」


 自然と歩くペースが速くなる。

 視界に広がる代わり映えのない森とのお別れは近い。


「見えたぞ伊織!」


「海だぁぁぁぁ!」


 いよいよ視界の奥が緑から青に変わる。

 俺たちは駆け出した。


「これが北の海かー!」


「初日に歩いていた場所だと言われても信じてしまうな!」


「たしかに! 違いが全くない!」


 綺麗な砂浜が広がっていて、海鳥たちが飛んでいる。

 ここが本土なら海水浴に来た客で賑わっているだろう。


「島から脱出する時はここから発つんだよね?」


 靴を脱いで波打ち際を歩く伊織。

 定期的に押し寄せる波が足に当たって気持ちよさそうだ。


「ああ、ここから島を背にして真っ直ぐ進む。約50kmの長距離航行だ」


 そうすれば、方位磁石がなくても北を目指せる。


「50kmってどのくらい?」


「分かりやすい例を挙げるなら、徳島の阿波おどり空港から和歌山港までの直線距離だ」


「いや全然分からないよ!」


「航行時間で言うなら最短でも10時間はかかるだろうな」


「海の上で10時間かぁ……」


「最低でもな」


「かなりきついね。この暑さだと特に」


「暑さが落ち着くまで島で過ごすという手もあるぞ」


「あまりオススメできないんだよね?」


 俺は頷いた。


「何せここには病院の類がないからな」


 夏が去った時まで健康でいられる保証はない。

 どちらかと言えば難しいのではないかと思っていた。

 普段と違ってちょっとした風邪が命取りになる。


「海の状況は分かった。あとは必要な物をリストアップし、大工道具を駆使して脱出に必要な環境を整えるだけだな」


「日本に帰る日も近いね!」


「ここも日本だけどな」


「もー! そういうことじゃないじゃん!」


 伊織は「分かっているくせに」と頬を膨らませる。

 その可愛い反応に、俺の頬は自然と緩んだ。


「じゃ、さっそく戻って……ん?」


 体を森に向けようとしたところで気づいた。


「あそこに何かないか?」


 俺は砂浜を指した。

 自分たちの場所から東に100メートルほど進んだ位置。


「ほんとだ! 何か打ち上げられている!」


 ここからでは遠くてよく見えない。


「見に行こう」


「了解!」


 俺たちは早足で対象に近づいた。

 距離が縮まるにつれて鮮明になっていく。


 最初に気づいた「何か」とは衣類だった。

 上下ともに揃っていて、靴まで履いている。

 つまり――。


「あれって人じゃないか?」


 打ち上げられていたのは人間だ。

 しかも二人いた。


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