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読心令嬢が地の底で吐露する真実  作者: リコピン


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後日談

近頃、クロードの様子がおかしい――


クロードに連れられて逃げ込んだ隣国。亡命者となったレジーナたちが頼ったのは隣国の国軍の長、帝国軍総司令を名乗る男性だった。かつて、クロードと共に国境沿いの魔物討伐任務を遂行したことがあるという彼は、クロードの来訪を手放しで喜んでくれた。何でも、クロードの能力を高く評価した彼は、幾度もクロードに帝国への亡命を持ちかけていたのだという。


その事実に、レジーナはヒヤリとした。母国がクロードにかけた嫌疑、彼を亡命者とした根拠はそこにあったのではないだろうか。


けれど、それも最早過去のこと。母国でのことは全て忘れると決めたレジーナは、新たな地で新たな一歩を踏み出していた。


クロードが帝国軍にそれなりの地位で以て迎えられた横で、レジーナは帝都の診療所に職を得た。こぢんまりとした私設の診療所には、初老の男性医師が一人きり。看護を担う女性が他にニ人雇われていたが、治癒の力を持つ者はいなかった。


当初、クロードはレジーナが働くことを嫌がった。同じ治癒師として働くならばせめて国軍で、己の傍で働いて欲しいという彼の願いに、レジーナは首を横に振る。


『自分の力で、どこまでやれるか試してみたい』


レジーナのその意思に、結局、クロードが折れた。どのみち、魔物討伐の最前線で働く彼とずっと一緒にいられるわけではないのだ。ならばまだ、街中で働く方が安全だろうというレジーナの説得が効いたらしい。


そうして、クロードは軍の最高戦力として、レジーナは街の治癒師見習いとして働き始めて数か月、レジーナはクロードの異変に気が付いた。


(……やっぱり、おかしいわよね)


今日は、クロードが非番の日。いつもなら、診療所にまでついてきた彼は番犬のようにしてレジーナについて回る。重いものがあれば代わりに持ち、患者がレジーナに文句の一つでも言おうものなら、無言の圧力で威嚇する。


それが鬱陶しい時もあるにはあるが、彼の補助があれば、レジーナの治癒の能力は格段に上がる。


今はまだ、読心の制御が完璧ではないため、レジーナが治癒を使える時間はごく僅か。制御が弛んで相手の心を読みそうになれば、治癒を中止しなければならない。その時間を少しでも伸ばすべく、実践での練習を積み重ねているところだが、クロードに手を取られ、彼の声が聞こえていれば、その限りではない。


クロードもそれを知るからこそ、非番の日は積極的に診療所に訪れてくれているのだが――


「……クロード?」


今日に限っては何故か、診療所の外、入口の横で立ち止まり、門番のように患者の出入りを見張り始めた。レジーナの呼びかけに振り返りはしたが、中に入ってくることはない。


彼の行動の変化に首を傾げながら、レジーナは自身に与えられた仕事に精を出す。


(……嫌われた、ということはないはずよね?)


現に、ここに来るまではずっと、クロードに手を取られてきたのだ。傍から見れば恥ずかしいカップルだという自覚はあるが、本音の本音の部分で、レジーナはクロードに触れられることが嫌いではない。どころか、人に触れられる温かさを知った今、彼に触れられるのが嬉しくてたまらない。だから、「人前で恥ずかしい」なんて拒絶は口先だけのもの。クロードにも、バレているだろうなと思っていたのだが。


(まさか、あれを本気にしてるってこと……?)


だから最近、彼がレジーナに触れることが減ってきたのだろうか。だから昨夜、レジーナに触れることもせず――


(っ!?……私ったら、こんな時間から何を考えてるのっ!?)


診療所の清掃のため箒を手にしていたレジーナは、その柄をギュッと強く握り締める。自分の顔が赤いことが分かる。羞恥に染まる頬を隠すため、俯いたまま、手にした箒を動かし続けた。


祖国からの逃亡中、レジーナは初めてクロードと閨を共にした。何かに怯えるクロードを安心させるため、彼が求めるならばと肌を許したのだが、肌を重ねる間、制御を完全に失った読心でレジーナは彼の心を読んでしまった。


そして、彼が何に怯えるのか、何に焦るのかを知ってしまう。


『失いたくない。ずっと傍に。俺だけのもの』


クロードはただひたすらに、レジーナを求めてくれていた。追っ手からも、この先の帝国での生活の中でも、レジーナを奪われたくないと願っていたのだ。


レジーナとて、肌を重ねることに不安がなかったわけではない。


初めてであるとか、婚姻前だとか、そうした些細なものの前に、自身の能力が怖かった。スキルの制御が効かなくなることは明白、聞こえてしまう彼の心の内に、もしも、失望や忌避を感じてしまったら?或いは、他の誰かと比べられるようなことがあれば、きっと、レジーナは二度とクロードに抱かれることはなかっただろう。


だが、レジーナのそんな心配は杞憂に終わる。ことの最中、クロードは一心にレジーナを求め、そして、レジーナへの称賛と愛を伝え続けていた。


『レジーナ、綺麗だ。愛している。ありがとう……』


(っ!?)


そこまで思い出して、レジーナはブンブンと首を横に振る。閨で耳朶を打った睦言をこんな明るい場所で思い返しているなんて。もし、今の自分の心を読む者があれば、羞恥で二度と家から出られない。自身と同じ能力を持つ者に出会ったことはないが、本当に何て厄介な能力なんだろうと自虐的な思考に陥っていると、診療所の外が騒がしいことに気付く。


(?何かしら……)


不審に思い、レジーナは開きっぱなしの扉から外に出てみる。途端、合点がいった。


診療所の入口横に壁に背を預けるクロード。その彼を遠巻きに眺める人たちで、診療所周辺が込み合っていた。扉から出て来たレジーナに気付いたクロードが近づいてくる。たったそれだけの動作で、周囲で歓声のような騒めきが生まれる。


(失敗した……)


忘れていたが、クロードは大変に見た目が良い。彼の強さ――かつて、隣国で英雄と呼ばれていた過去を知らずとも、見目だけで騒がれる可能性があることを失念していた。いつもなら、クロードが表に立つことがないため、これほどの騒ぎになることはないのだが。


こんなことなら、無理にでも中へ押し込んでおくべきだった。舌打ちしたい気分のレジーナに、クロードが話しかける。


「レジーナ。少し、出かけてくる」


珍しいことだが、この場を離れるという彼に、レジーナは頷く。


「分かった。……遅くなる?」


少しだけ寂しくて、そう尋ねたレジーナに、クロードの眼差しが柔らかくなった。身を屈めた彼の唇がレジーナの頭の上に触れる。


「……直ぐに戻る」


「……うん」


周囲で悲鳴のような声が上がっているのが聞こえるが、レジーナはそれどころではない。不意打ちの甘さ。こんなところで、と思うのに、おかげで先程までの疑念も寂しさも吹き飛んでしまった。


軽く手を振って出かけていくクロードを、赤い顔のまま見送って、レジーナは「さて」と診療所の中に入る。背中に突き刺さる視線を感じているが、今更だ。気づかぬ振りで仕事に戻ると、一連のやりとりを見られていたのだろう、老医師と同僚の看護師の生温い眼差しに出迎えられた。


患者が少ないせいで暇を持て余した彼らの恰好の餌食になりながら、レジーナは黙々と雑務をこなし、空いた時間で、老医師によるレクチャーを受ける。「いつかはきちんとした教育機関で医学を学びたい」というレジーナの意欲を買ってくれている彼の話は面白く、興味がつきない。学園で学んだことよりもよほど有意義だと思うレジーナの視界、診療所の入口に人影が映る。


(軍人さん……?)


患者かと思い立ち上がったレジーナが目にしたのは、軍服を着た怜悧な雰囲気の黒髪の青年だった。軍には軍の医療施設があるため、通常、彼らが診療所を利用することはない。何か不測の事態が起きたのかとレジーナが緊張を覚える中、青年が口を開いた。


「クロード大佐はおられますか?」


(クロード……?)


青年は、姓を持たないクロードを軍の階級で呼んだ。彼が軍服を着ているということは、軍関係の用があっての訪問だろう。クロードがここに居ることをどうして知るのかは不明だが、「とりあえず」とレジーナは一歩前に出る。


「クロードは所用でこの場を離れています」


「……どちらへ行かれたかはお分かりですか?」


「分かりません。直ぐに戻るとは言っていましたが……」


その答えに俯き、少し考える様子を見せた青年は、やがて、顔を上げ、レジーナを真っすぐに見据えた。


「申し遅れました。クロード大佐の補佐官をしております、ライルと申します。大佐がお戻りになるまで、こちらで待たせていただいても構いませんか?」


彼の問いかけに、レジーナは今度は老医師を振り返る。クロードを待つためとはいえ、それを許可するのはレジーナではない。レジーナの視線に、老医師は緩く笑って頷いた。


老医師の許可を得たライルは、外で待つのかと思いきや、そのまま部屋の隅、壁に張り付くようにして待機し始めた。彼にじっと観察されているのを感じながら、レジーナはいつもの仕事に戻る。


と言っても、レジーナにできる仕事はまだまだ限られている。老医師が患者を診察するのを見せてもらう横で、使われた機器を熱湯にかける。回収した包帯を消毒し、場合によっては浄化を施す。そうした雑務を片付ける内、レジーナはライルの存在を忘れかけていたのだが――


「……クロード大佐は、あなたのどこを好んでいらっしゃるのでしょう?」


「え……?」


不躾と言える質問。唐突にかけられた声に、レジーナは動きを止める。ふりむいた先、こちらを見つめるライルの眼差しは鋭い。


「先程から見せていただいておりますが、あなたは一向に治癒の力を使われない。あなたは治癒師ではないのですか?」


「……私は、治癒師としてはまだ見習いよ」


「なるほど。やはり、治癒師として非凡な才能をお持ち、というわけでもないのですね」


そう言って、ライルはレジーナの立ち姿をじっくりと眺める。


「かと言って、大佐に並び立てるほどの容姿をお持ちというわけでもない。お美しい方だとは思いますが、あなた程度の容姿であれば、帝国にはいくらでもいる」


淡々と紡がれる言葉にレジーナは唖然とした。なぜ、初対面の相手に突然貶められているのか。怒りよりも驚きが先にきたレジーナだったが、ライルの言葉を理解する内に、徐々に怒りが湧いてくる。貶められるだけならまだ聞き流すこともできるが、クロードに不釣り合いだと言われて黙ってはいられない。


「……他人に、クロードとのことをとやかく言われる筋合いはないわ。貴方に関係ないでしょう?」


「いえ。関係はあります」


「……どういう意味かしら?」


レジーナの訝しげな視線に、ライルは表情一つ変えることなく答える。


「私は大佐にお仕えできることを誇りに思っております。彼にはまだまだ上を目指していただきたい。ですが、大佐には後ろ盾となる家がないため、婚姻を以って帝国の貴族席に身を置いていただきたいと考えております」


「……クロードが、そんなものを受け入れるはずがないわ」


「ええ。大佐には、『結婚は貴女とする』と断られてしまいました」


続くライルの言葉に、レジーナはドキリとする。「いずれは」と期待していたが、今まで、クロードがはっきりと婚姻を口にしたことはなかった。彼がはっきりとその意思を示してくれたことに嬉しくなる。


ただ、その前、ライルが勝手にクロードの婚姻をお膳立てしようとしたのが気に食わない。彼がクロードの補佐官だという以上、完全に接触を断つことは不可能だが、「私生活にまで口を出すな」と警告しようとしたところで、診療所の外がまた騒がしいことに気付く。


診療所の入口に大きな影が差した。


「レジーナ、今、戻った……」


入口から顔を覗かせたのは、予想どおりのクロード。外から覗いて一言告げた彼に、レジーナが近寄るよりも早く、ライルが滑り寄る。


「大佐、お迎えにあがりました」


「……今日は休みだ」


「ええ。ですが、本日の親善試合、是非とも大佐に参加していただきいのです。此度の試合で、大佐の力に疑いを持つ輩を黙らせてやりましょう」


先程までの無表情とは違い、目を煌めかせるライルはどこか妖しい美しさを放っている。崇拝ともいえる眼差し。だが、向けられるクロード本人がそれを気にすることはない。


レジーナが近寄ると、クロードが振り返った。


「レジーナ?……診療所は、いいのか?」


「えっと……」


良くはない。仕事の途中で出てきてしまったから。


けれど、恋人を連れ去ろうとする人間を放っておくこともできない。クロードにその気はなさそうだが、不安を覚えたレジーナは、クロードに手を伸ばした。


「っ!?」


驚きに息を呑んだのはレジーナかクロードか。


「行かないで」と引き留めようとした手は、クロードに届かなかった。信じられないことに、クロードがレジーナの手を避けたのだ。


無意識だったのだろう、避けたクロード自身の顔にも驚きが浮かんでいる。気のせいなどではない明確な拒絶に、レジーナの胸に恐怖が広がる。


何故、どうして。


やはり、自身の能力のせいで避けられるのかと恐慌に陥りそうになったレジーナの視界に、ライルの表情が映った。


持ち上がった口角、優越を見せる彼の笑みに、レジーナの胸の内がスッと冷たく凍り付く。


「……そう。分かったわ」


「そちらがそういう態度をとるのなら」と、レジーナは二人に背を向ける。


(許さないんだから……!)


クロードがライルについていくとは思わない。が、何故、避けられねばならないのか。レジーナは傷ついた。仕事が終わったら、クロードを徹底的に問い詰めてやらねばと決意する。


しかし、レジーナが診療所の扉を潜るより早く、回り込んできたクロードが目の前に立ち塞がった。


次の瞬間、レジーナは彼の逞しい身体に抱きしめられる。


「すまない、レジーナ」


「……それは、何に対する謝罪かしら?」


「今のは、その……触れられるのが嫌だったわけではなく……」


言い淀んだクロードが、抱きしめる腕の力を僅かに弛める。離れた距離、レジーナが見上げた彼は、今まで見たこともないくらいの困り顔を浮かべていた。


「レジーナ、俺は君に隠し事をしている……」


「え……?」


クロードの言葉にレジーナは混乱する。隠し事をされるのは勿論嫌だが、それをあっさりと口にするのはどういうことか。彼の意図が分からない。


黙り込んだレジーナに、クロードが「もう無理だ」と呟いた。抱きしめていたレジーナの身体を放し、その場に片膝をつく。その姿勢にレジーナはドキリとしたが、顔に出すことはしない。


クロードが懐から取り出したものに、レジーナは息を呑む。大粒のエメラルドの指輪。陽の光を受けてキラキラと輝くそれを片手に、クロードがレジーナの左手を取った。


「レジーナ、どうか、俺の伴侶となって欲しい……」


「……」


「傍にいるだけでは駄目だ。誰の目にも、俺のものだと、俺だけのものだとわかる証をつけさせてくれ……」


真摯な眼差しで見上げられ、レジーナは何も言えずにただ何度も頷いて返す。口を開けば、泣いてしまいそうだった。


クロードが嬉しそうに笑う。


「……ありがとう」


心からの笑み。レジーナの指にスルリと指輪が嵌められた。ピタリと嵌ったそれに、レジーナがホゥとため息をついた瞬間、クロードが立ち上がり、再びレジーナを腕の中に閉じ込める。


「……本当は、今夜、二人で食事に行った後でと考えていた」


「……それが隠し事?」


「ああ。……そうするものだと教えられた」


言いながら、クロードが深々とため息をつく。


「……辛かった」


頭の上で呟かれた言葉に、レジーナは首を傾げる。


「辛い……?」


「ここ一週間、もうすぐ指輪ができると思うと、どうしても、考えずにいられなかった。レジーナに聞こえてしまわないように。あなたが制御を失わないように気を付けていたが……」


だから、ここ暫く、彼は自分に触れなかったのかとレジーナは納得した。それでも、つい、拗ねた言葉が口をついて出る。


「別に、隠さなくても良かったのに」


「駄目だ」


クロードが首を横に振るのが伝わってくる。


「こうしたものはサプライズでなくてはならないと聞いた。逃げる隙を与えるなと」


「……」


彼の言葉に、レジーナは鼻白む。「逃げる」とはなんだ。それに、先程から彼が口にする「聞いた」だの「教えられた」だの。いったい誰が、彼にそんなことを教え込んだのか。


「ねぇ、クロード。あなたにそういうお節介(じょげん)をしてくれたのは誰なの?」


「総司令閣下だ」


「……」


まさかの回答に、レジーナは苛立ちの矛先を見失う。流石に、軍の長相手に文句を言うわけにはいかない。いつの間に、そんな私的な話をするような関係になっていたのかと不思議に思う。


だが、まぁ、それはさておき――


「……ありがとう、クロード。嬉しいわ」


「ああ……」


彼の満足げな笑みを見つめながら、レジーナは「さて、これからどうしたものか」と考えていた。


ここは往来。我に返ったレジーナは、周囲を取り囲む観客の多さに気づいていた。今すぐ逃げ出したくてたまならい。


みっともない真似を曝さぬよう、何でもない顔をして診療所の中に逃げ込むことを決めた。クロードの手を引き、歩き出す。周囲が目に入らない恋人同士を演じながら、扉を潜ろうとしたところで、鋭い声に呼び止められる。


「お待ちください、大佐!」


(……そうだった)


忘れていた。クロードを呼びに来たライルは、どうやらまだ彼のことを諦めていないらしい。振り向いたクロードに向かい、切々と訴えかける。


「大佐のお力の強さは、隊の者であれば皆承知しております!しかし、他の隊では未だ大佐を侮る者がいることも事実。どうか、親善試合において彼らにその力をお示しください!」


一見、クロードの立場を考えているように聞こえるライルの言葉。クロードが侮られぬようにと考えての進言なのだろうが、当の本人がその「侮る者」とやらを気にしておらず、親善試合に出る気が全くない以上、ただの押し付けでしかない。それに気づく様子のないライルが、進言を無視するクロードに激昂した。


「大佐っ!」


彼の怒りがレジーナへと向く。


「何故、この女なのです?個人の力も、後見も持たない。大佐を支える力になり得ぬ女のどこが良いというのです?」


彼の言葉の後半が、レジーナにはくぐもって聞こえた。何を思ったのか――恐らく、彼の言葉を聞かさぬためであろうが、クロードがレジーナの両耳をその手で塞いだためだった。


ライルが言い終わると同時、クロードはレジーナの手を引いて診療所に入る。


「大佐!」


それでも追いすがってくるライルに、クロードがため息をついて振り返る。


「……ライル」


「はっ!」


「何故、俺の想いをお前に説明せねばならない?」


「っ!……それは……」


珍しく、クロードの語気が強い。機嫌を損ねている。というよりも、これは――


「これ以上、レジーナに不快な思いをさせるな」


クロードの怒気が室内に満ちる。ビリビリと空気が震え、窓ガラスがカタカタと鳴り出した。それを正面で受けるライルの顔色が悪い。


「……二度は言わない。これ以上続けるようであれば、お前を補佐官から外す」


「っ!大佐にそのような権限はありません。私は司令部からの配属で……」


「外す。……どんな手を使ってもな」


「っ!?」


ライルが小さく息を呑む。レジーナは、ただただ目の前の光景に呆気にとられていた。


「……申し訳、ありませんでした」


終に、ライルが折れた。絞り出すように謝罪の言葉を口にした彼は、クロードに頭を下げる。逃げるようにして診療所を後にする彼の背を見送ってから、レジーナは隣に立つクロードを見上げた。


「……クロード、あなたってそんな風に怒るのね」


レジーナは、彼のことを我慢強い男だと思っていた。ダンジョンでリオネルたちに理不尽な言葉を投げつけられようと、彼は淡々と応えていたからだ。ダンジョンを飛び出した際を除くと、彼が感情を露わにすることもなかった。彼自身「自分は空っぽだ」と言っていたくらいなのに。


「……閣下に言われた」


「閣下?……総司令閣下?」


「ああ。あなたを奪われたくなければ、大事に囲って逃げられぬようにせねばならないと。言葉と態度で示せと言われた」


「……凄いわね。総司令閣下の影響力……」


「?」


首を傾げるクロードをチラリと見上げ、レジーナは笑った。


こんな風に――


クロードが自分以外の誰かとの関わりを大切にしていることが嬉しい。一度は全てを失ってしまった彼が、新たな関係の中で確立していく自己。その意思を示して、怒って、困って、色々な顔を見せるようになったことが嬉しくてたまらなかった。


クロードと繋いだ手を持ち上げる。


レジーナは、指に光る緑の輝きが示す未来に酔いしれた。








(完)




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― 新着の感想 ―
[良い点] 当たり前のように何度も何度も傷つけられるレジーナの心理描写がとても丁寧で、知らず知らずに彼女に肩入れしてしまいます。 こういうのもザマァというのでしょうか、浮気した二人の結末もとても面白い…
[一言] とても斬新なザマァでした! ゲスの極みリオネルは不能になるかもー! ゲス聖女エリカはストーカーと同居だし、うん、みんなオールハッピーですね!!!
2023/04/10 20:14 退会済み
管理
[一言] クロードとレジーナは愛の逃避行(終着点に着いた)、殿下と側近は禁じられた恋から真実の愛を目指して、シリルは大好きな彼女を一生守れる素敵な身体に、リオネルは婚約者を捨ててまで欲しかった女を自分…
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