9-1 Side F
王宮の最奥、国の大事を決める権限を持つ者だけがその場にあることを許される一室で、巨大な円卓を囲む十数人の人影。
彼らに召喚されたフリッツは直立のまま、発言が許される時を待っていた。
議題に挙がっているのは、彼らが「過去」として葬り去ったはずの男と、国にとっては毒にも薬にも成らぬと判断されていた貴族の娘が国を捨てたという報告。
片や、巨大ダンジョンを長年に渡り単身で維持するという超人ぶりが明らかになり、片や、発現しないと判断された――国にとっては非常に有益なスキルを使用することが判明し、先ずは、一同がどよめいた。しかし、その好意的な驚きも、既に彼らが逃亡済み、――おそらくは、隣国への亡命を成した後だと報告された時点で、脅威に対する懸念へと変わった。
彼らを失うことは、国として大きな損失。然りとて、彼らを捕らえる手段も、連れ戻す算段も浮かばない。令嬢の家族とて、枷には成り得ないと知れたところで、漸く、その場の一人が口を開いた。この国の「智」における最高権力者が告げる。
「やはり一度は、騎士団による追跡を行うべきでしょう。何もせず、ただ手をこまねいているわけにはまいりますまい」
逃げた男に対する消極的な策は、彼の力を評価してのもの。騎士団が動いたとて、どうなるものでもないと認識した上での発言だった。誰もがそれを理解する中、ついぞ、賛同の声は上がらない。代わりに、彼らの内の一人がその矛先をフリッツへと向けた。
今回の件の報告者であるフリッツは、彼らの前で微動だにしない。本来なら、このような形でこの場に立つことなどあり得ぬ身。それが、召喚され、審問される立場にあるのは、それだけ事態が深刻であるということ。
「……フリッツ殿下。今一度確認いたしますが、何故、あなたはその場で彼らを引き留めなかったのでしょうか?」
「私に彼らを止める術はなかった」
「ですが、仮にも二人は王国民、貴族の令嬢に騎士だった男。殿下のお声がけがあれば、引き留めることは可能だったのではありませぬか?」
質問者の問いかけに、フリッツは首を横に振って答える。
「今回の転送魔法の事故直前、レジーナ・フォルストは伯爵家での蟄居が決まっていた。婚約を破棄され、聖女エリカへの傷害の罪に問われる中、彼女がこの国に留まる利点はない」
「では、かの英雄クロードだけでも……」
「あの男は、出会った時点でレジーナ・フォルストを主と定めていた。彼女から引き離すことは不可能だ」
「……」
場に、再び沈黙が訪れる。それを破ったのは、この場の――そして、この国の最高権力者である国王、フリッツの父だった。事態を解決に導く案がない今、父国王が下す決断は一つ。
「……此度の件は、かつての報告に誤りがあったことに起因する。よって、英雄クロードの亡命を報告したプライセルにその責を問うものとする」
「っ!?お待ちください、陛下!」
名指しされたプライセル家当主が、抗議の声を上げる。
「件の男に関しては、この場での一致を以てして――」
「プライセル侯、言葉を控えられよ。……陛下のご裁断ですぞ?」
「っ!」
不敬を問われ、前騎士団長である男は残りの言葉を呑み込んだ。血の気の引いた顔、目の前の机を血走った眼で睨みつける男の姿を認めた国王が、その視線をフリッツに向ける。
「……フリッツ、お前もだ。お前にも、同じく責を問う」
「はっ!」
「国にとって有益な者たちの流出、止められなかったお前の罪は重い」
自らに向けられる厳しい眼差しの中、僅かに宿るは憐憫だろうか。
「……お前の、王位継承権を剥奪する」
「御意」
父の言葉に、フリッツは頭を垂れる。既に覚悟は成っていた。粛々と受け止めたフリッツの耳に、父の小さな嘆息が聞こえる。
「……もう良い、下がれ」
「御前、失礼いたします」
顔を上げたフリッツは、踵を返して扉に向かって歩き出す。
幾対もの視線を背中で受け止めながら、開いた扉の前、最後の一礼と共に部屋を後にした。




