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4-1

ダンジョン内の狭い土壁の通路を、クロードを先頭に一行は歩いていた。クロードの後に続くのはフリッツ。彼の護衛を兼ねたリオネルとシリルがその両脇を固めて進む。レジーナはそこから少し離れてエリカと並び、その更に後ろを、殿を努めるアロイスがついて来る。


この並びになるまでにも一悶着あった。「守られるだけのつもりはない」とフリッツがクロードの後を譲らず、リオネルも「エリカをこの手で守る」と主張したからだ。しかしそれも、クロードの「魔物は全て引き受ける」という一言で、この陣列に落ち着くことができた。


その宣言通り、クロードは現れた魔物を瞬時に倒してしまう。おかげで、特に足止めされることもなく、レジーナ達はただ黙々と歩き続けるだけで良かった。


そのうちに坑道が終わり、前方に開けた空間が見えて来た。


「……先に、中を確認してくる」


クロードの言葉に、残りの皆が足を止めた。広間のような場所へ足を踏み入れていくクロード。やがて、中から魔物の雄たけびが聞こえて来た。


「エリカ!隠れているんだ!」


「アロイス、二人を!」


そう言って駆け出したリオネルとフリッツ、その後に続くシリルを止める間も無く、三人の姿は広間の中へと消えていく。彼らの後を追うようにして向かった通路の先、レジーナは広間の入り口で足を止めて中の様子を窺った。


(……猿?)


紅い毛皮の人に似た姿、人よりはふた回りほど小さな魔物が、広間中を埋め尽くしている。縦横無尽に部屋の中を跳び回る魔物を、クロード達が薙ぎ払っていく。


「……ロックモンキーか、これだけの数を見るのは初めてだな」


不意に、背後から聞こえたのはアロイスの声。振り返れば、エリカを連れたアロイスがレジーナのすぐ後ろから広間の様子を窺っていた。彼の言葉に、レジーナは不安になる。


「強い魔物なの?殿下達は大丈夫かしら?」


クロードのことは心配していない。けれど、戦闘に飛び込んで行ったフリッツたちが危険なのではと口にした問いに、アロイスは首を横に振って答えた。


「一個体では大した強さはない。討伐難易度Dクラスの魔物だ。が、群れになると多少は厄介になってくる」


「それじゃあ、殿下達は……?」


「怪我くらいは覚悟すべき、と言いたいところだが……」


そう言って、アロイスは僅かに苦笑して見せた。


「どうやら、その心配はいらないようだ」


「?」


いささか呆れ気味の彼の声に内心で首を傾げたレジーナだったが、アロイスはしみじみと感嘆のため息をもらす。


「……英雄クロード、彼は凄いな。フリッツ達が囲まれそうになれば、必ず助けに入っている。これだけの数をものともしていない」


クロードへの純粋な称賛の言葉に、レジーナは自分が誉められたわけでもないのに、勝手な誇らしさを感じていた。クロードが褒められて嬉しい。それも、アロイスに褒められたのだから――


「アロイス様、クロード様はどうして魔法を使わないのでしょう?」


いつの間に側に来ていたのか。広間に身を乗り出しそうな勢いのエリカに、レジーナは眉を顰めた。そんなレジーナの様子に気付いていないのか、エリカは不思議そうに首を傾げている。


「クロード様なら、大規模魔法でまとめて倒せるのではありませんか?」


「そうだな、恐らく、フリッツ達を気にしているのだろう。この狭い空間では、周囲を巻き込む可能性がある。それに、崩壊しかけのダンジョンに余計な衝撃を与えたくないのかもしれん」


アロイスの答えに、エリカが「そうだ」と両手を合わせて瞳を輝かせる。


「いっそのこと、クロード様の大規模魔法でダンジョンを破壊してもらうのはどうでしょう?そうすれば、シリルの転移の魔法が使えるようになるかもしれません」


エリカの途方もない発言に、アロイスは苦笑で答えた。にも拘わらず、エリカは「後でクロード様にお願いしてみます」と笑って言う。たまらず、レジーナは口を挟んだ。


「クロードは魔力核が傷ついているの。魔法を使えないわ」


だから、余計はことを言わないで――


クロードへの過剰は期待は、彼に「すまない」という自責の念を持たせる。それが嫌で、レジーナはエリカを止めようとした。そんなレジーナの言葉に、エリカが驚いたように目を見開く。


「魔力核……、それは、流石に私も治癒できるかどうか……」


魔力核は人の魔力の根源だ。魔力の相性がよほど良い相手でなければ、治癒魔法であろうと他者の魔力を受け付けない。仮に受け付けたとしても、魔力が干渉し合うのだから、互いに何らかの後遺症は残るだろう。


「クロード様のお力になれず、申し訳ないです」


そう、あっさりと治療を放棄するエリカに、レジーナは鼻白んだ。確かに、魔力核を治癒魔法で治したという話は聞いたことがない。それでも――


「クロードの魔力核が傷ついたのは、ダンジョン崩壊を防ぐためにコアに魔力を注ぎ過ぎたからよ」


ダンジョンに紛れ込んだ赤の他人を助けるために自らを犠牲にしたクロードの行いを伝えるも、エリカは淡々と「そうですか」と答えるだけだった。代わりのように、アロイスが呟く。


「我々は、彼に救われてばかりだな……」


そう口にしたアロイスの視線が眩しそうにクロードに向けられるのを見て、ささくれだっていたレジーナの心が僅かに満たされた。クロードの献身が報われた気がして。


「……そろそろ、決着がつきそうだな」


アロイスの言葉に、レジーナは広間に目を向ける。リオネルが最後の一頭を倒しきり、彼らが剣を収めたことを確認してから、レジーナは一歩を踏み出そうとした。その前を、エリカが遮るようにして飛び出していく。彼女を避けようとしてよろめいたレジーナは、そのまま地面に転がってしまった。


地についた手が痛い。それ以上に、無様な恰好の自分が恥ずかしかった。


「大丈夫か……?」


羞恥に耐えるレジーナに、アロイスの手が差し伸べられる。気遣わしげな菫色の瞳。その状況に既視感を覚えたレジーナは、湧き上がった罪悪感に押し潰されそうになる。


「……必要、ないわ」


辛うじて言葉に出来たのは素っ気ない拒絶。差し出されたままの手から顔を逸らして、レジーナは立ち上がった。目の前のアロイスが、困ったように笑っている。


「レジーナ、聞いてほしい」


「……」


「ここを抜け出すまで、私達は協力し合う必要がある。仲良く、は無理でも、出来るだけ支障のないようにやっていきたい」


「……わかっているわ」


(私だって……)


許されるなら、アロイスの手を取りたかった。彼と、こんな風に普通に話ができる日が来るとは思っていなかったのだから。この人がまた、自分に手を差し伸べてくれる日が来るなんて。


だけど、だからこそ――


「無理よ……」


「レジーナ……」


困ったようなアロイスの声に、レジーナはただ首を横に振った。


レジーナはアロイスの手をとれない。この強くて優しい人に自分が犯した罪を考えれば、近づくことさえ許されない。だから、レジーナは黙ってアロイスの側を離れた。これ以上、愚かな罪を重ねないために。






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