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3-3

レジーナの告げた言葉に、それぞれが反応を示す。息を呑むもの、驚きに目を見開くもの。最初に口を開いたのはフリッツだった。


「馬鹿なっ!カシビアだと!?あり得ない!」


否定の言葉を口にする彼の瞳には、困惑よりも怒りが見える。レジーナが彼らに嘘を吐いているとでも言うかのように。


「殿下の言う通りだ、レジーナ」


フリッツに続き、リオネルもそう断言した。彼の瞳に見えるのもまた怒り、レジーナに対する憎悪さえもチラつかせている。


「ここがダンジョン内だというのも俄には信じがたいが、カシビアだと言うなら、それだけは絶対にあり得ない」


リオネルがそう言い切るのは、彼なりの根拠があってのこと。クロードのヴィジョンにあった彼の上官、クロードに死を命じた当時の騎士団長は――


「確か、四年前だったか?」


フリッツが、リオネルに問いかける。


「カシビアの枯渇を報告し、閉鎖を進言したのはプライセルだったな?」


「はい。父が調査に派遣された騎士団の指揮を取っていました」


そう答え、再びレジーナに視線を向けたリオネルが、抑えきれない激情をレジーナへと向ける。


「レジーナ!なぜ、そのような見え透いた嘘をつく!?」


「嘘などついていないわ」


「いい加減にしろっ!こんな場所に皆を巻き込んでまで、君は一体なにがしたいんだ!?」


レジーナは、リオネルの言葉に眉を顰める。「皆を巻き込む」とはどういう意味か。その真意を問い質そうとしたレジーナの前に、大きな背中が立ち塞がった。彼らの視界からレジーナを守ろうとするその背中に、レジーナは内心で苦笑する。


「クロード、大丈夫よ」


振り返り、見下ろして来る瞳。それが、自分を案じていると分かるから、レジーナは落ち着いていられる。


「平気だから、どいて。彼と話をさせて」


レジーナの要求に、クロードは無言でその場を譲る。代わりに、自身の背後にピタリと張りつく彼の気配を感じて、レジーナはまた苦笑しそうになった。それを表に出さぬよう、平静を装ったままリオネルへと言葉を向ける。


「それで?私が皆を巻き込んだというのは、どういう意味かしら?」


「言葉通りの意味だ!この場所に私達を連れてきたのは君なんだろう、レジーナ!?」


「違うわ。そんなことはしていないし、そもそも、私にそんなことは出来ない」


レジーナにそれほどの魔術の素養がないことは、リオネルも承知している。冷静に考えればわかりそうなものだが、そんな判断も出来なくなるほど追い詰められているのだろう。レジーナの否定に、けれど、ますますいきり立ったリオネルが一歩前に踏み出しかける。それを、彼の隣に立つアロイスが止めた。


「リオネル、落ち着け。レジーナの言う通り、彼女が我々をこの場に連れて来るなど不可能だ」


「しかし……!」


「シリルやフリッツにいたっては、魔術阻害のアイテムを身に着けているんだぞ?それでどうやって、彼らを連れ去ることが出来る?」


「っ!それは……!」


そう言ったきり、口を噤んだリオネル。彼にも、明確な考えがあったわけではないのだろう。アロイスに冷静に指摘され、頭に血が上っていたリオネルも、少し落ち着きを取り戻したらしい。


であればと話を続けようとしたところで、突如、割り込む声があった。


「あの、でも、もしかしたら、ですが……」


そう躊躇いがちに口を開いたのはエリカだった。彼女の怯えたような視線が一瞬だけレジーナへと向けられ、それからサッと逸らされた。


「……実はあの時、私、レジーナ様の魔力を感じたんです」


「本当かっ!?エリカ!?」


「はい……」


言い辛そうに答えたエリカに、リオネルが再び勢いを取り戻す。「どういうことか」とレジーナを睨めつける彼の視線に、レジーナは首を横に振った。


「あれは、エリカの指輪を外そうとしていただけで……」


「指輪だと?なぜ、あの場面でそんなことをする必要がある?」


レジーナの言葉など端から信じる気が無いのだろう。疑いも露わにそう口にしたリオネルから、レジーナは僅かに視線を逸らす。彼らの背後、一歩引いた場所でこちらを眺める男を視界から外すために。


「転移の発動直前に、エリカの指輪が何かしらの魔術を発動していたの。その魔力が……」


とても嫌だったのだ。


過去、同じ魔術の発動を感じた時、レジーナは一人の男の狂気を見た。あの時、エリカが身に着けていたのは指輪ではなくブレスレットだったが、それを贈った男は、今も穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめている。レジーナが直視出来ないその男を、リオネルが振り返った。


「シリル、何かしらの方法で、君の転移魔法の転移先を変えることが出来るか?」


「うーん、僕より魔力が多くて、僕より魔力操作が上手い人なら、ひょっとしたら?」


「そうか……」


そう答えたリオネルの声には僅かな落胆があった。シリルの言葉はつまり、私を含め、あの場にいた誰にもそんなことは不可能だと告げている。


「……レジーナの魔力が、君の魔力操作に影響を与えた可能性は?」


それでもなお食い下がるリオネルに、シリルが淡々と返す。


「転移魔法の暴走ということ?無いんじゃない?そんなの聞いたことないし……」


シリルが否定したところで、エリカが再び「あの」と口を挟んだ。


「ひょっとして、レジーナ様は、この指輪がリオネルからの贈り物だと思ったのではないですか?」


「あなたは一体、何の話をしているの?それこそ、今は関係ないでしょう?」


話の本筋を離れるエリカの発言にレジーナが眉を顰めれば、エリカは「すみません」と謝罪を口にした。が、話を止める気はないらしい。


「リオネルからの贈り物だと思ったからこそ、レジーナ様はそれが許せなくて指輪を盗ろうとしたのではありませんか?」


「違うわ」


レジーナはきっぱりと否定したが、眉根を下げたエリカは、ユルユルと首を振って再び「すみません」と口にする。


「レジーナ様がリオネルのことでお怒りになるのは当然です……」


何をどうすればそんな話になるというのか。エリカの妄言にレジーナは辟易するが、そんなことはお構いなしに、リオネルへと矛先を変えたエリカは、自身の考えを主張する。


「リオネル。レジーナ様が誤解して魔力を使ったのは私のせいよ。それで転移魔法が暴走したのだとしても、決してレジーナ様のせいではないわ」


「エリカ……」


「レジーナのせいである」と決めつけているリオネルにとって、レジーナを庇うエリカの姿は高潔なものに映るらしい。目を細め、感銘を受けた様子でエリカを見つめるリオネルに、レジーナは内心のため息を呑み込んだ。


(馬鹿らしい……)


今までにも、レジーナは幾度も似たような場面を見せつけられてきた。エリカはレジーナを決して責めず、時に庇うかのような発言をする。けれど、それは結局、レジーナが悪だという前提の上に成り立つもの。かつてのレジーナはその前提を覆せないことに胸を痛めて来たが、今はもう全てが馬鹿らしい。


二人を相手にすることは止め、アロイスとフリッツに視線を向けた。


「これからどうするかの話をしてもいいかしら?」


レジーナの言葉に、アロイスが反応する。


「これからと言うのは、ここからどうやって脱出するかという話だな?」


その問いにレジーナが「ええ」と首肯すれば、アロイスが難しい顔をした。


「あなたの言葉が本当だとして、ここがダンジョンの三十階層だと言うのなら、この少人数で脱け出すことは不可能ではないか?」


アロイスの言葉はもっともだった。通常、十階層を越えるダンジョンに潜るには数ヵ月の時間がかかる。帰路においても、要する時間にさほど変わりはない。探索の装備も何も持たずに、それだけの期間をこの人数でというのは、普通ならまず無理な話。けれど、ここにはクロードがいる。


「一日に十階層を抜けて、三日で出るそうよ」


「三日……。そんなことが可能、なのか?」


「クロードが道を知っていて、道中の露払いも問題ないと言っているから……」


可能なはず、そう言いかけたレジーナだったが、続く言葉はリオネルの怒声に阻まれた。


「馬鹿な!こんな知性の欠片も持ち合わせていないような男の言葉を信じろと言うのか!?」


リオネルの罵声、クロードを侮辱する言葉に、言われた本人であるクロードは何の反応も示さない。けれど、レジーナは不快だった。


「文句があるのなら、この場に残ればいいでしょう?」


そう言い捨てて、本当にそうなれば非常に胸がすくだろうと思った。みっともなく追いすがるリオネルを夢想して溜飲を下げるが、実際、クロードがそんな選択をしないことは分かっている。


睨み合うような形になったレジーナとリオネルの間に、アロイスが割って入った。


「リオネル、さすがに今のは言葉が過ぎる。彼は、私たちを助けてくれた恩人だろう?」


「だがっ!そもそもの話、レジーナが抵抗しなければ、我々がこんな場所に飛ばされることはなかったっ!」


話が堂々巡りをしそうになったところで、フリッツが口を開いた。


「止めろ。ここでお前達が言い争ったところでどうにもならんだろうが」


そう言ったフリッツの視線がレジーナへと向けられる。


「……少し時間をくれ。俺たちだけで話をしたい」


「わかりました……」


フリッツの言葉に頷いて、レジーナは彼らに背を向ける。奥の部屋へと向かえば、クロードが後からついて来た。





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― 新着の感想 ―
[一言] えー?バカ男達……と見せかけてアロイスだけやたらまともじゃない?殿下はちょっと空気。シリルはヤベーやつ確定。とんでもないハーレムですねエリカくん、お似合いだわ
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