7.ロージーと騎士
どこぞのラオウを彷彿とさせる台詞が出てきますが、どうか広い心でご容赦ください。
ロージーには何のためらいもなかった。
こんなオークションにあられもない格好で出品されたのだ。この状況を切り抜けたとして、必ずどこからか噂が広まることだろう。なにより、ロージーを騙して商品扱いしたキャベンディッシュ伯爵にどうしても一泡吹かせたかった。
もはや意地だ。だからキャベンディッシュ伯爵から短剣を奪った時、ロージーは己の目論見が成功したと信じて疑っていなかった。
ぱんっ。
乾いた音がして、ロージーの手の感覚がなくなった。よくわからない間に体を誰かに抱き込まれる。
「は、放し…」
「少しだけ大人しくしてくれ」
身をよじろうとしたロージーを制したのは、どこかで聞いたような声だった。
「あ、あなた…ガイ…」
自殺しようとしたロージーの手から短剣をたたき落とし、抱き込んでいだのはガイ・シェリンガムだった。しかもあの黒ずくめのマントを羽織っている。…ロージーがオークションにかけられる前からずっと近くにいたあの黒ずくめ!?
ロージーがその事実を呑みこむ間もなく、部屋の中に複数の人間が雪崩れ込んだ。
「こ、今度はなんだ!!?」
声を上げたのはキャベンディッシュ伯爵だ。
黒ずくめだったガイと、仮面の男は全く動じない。入ってきたのは王宮の騎士だった。
「馬鹿な!!国王直属の騎士がなぜ!?」
するとそれまで一言も発していなかった仮面の男…ロージーを金で買ったはずの客が高らかに宣言した。
「キャベンディッシュ伯爵!貴様を違法な人身売買を主導した容疑で逮捕する!!」
この声もどこかで聞いたことがあるような…。
ロージーが首をひねっている間に、キャベンディッシュ伯爵は騎士たちにあっという間に拘束されてしまった。女のロージーに武器を奪われるくらいなので、大した抵抗もできずあっけないものだった。仮面の男はそれを見届けると、キャベンディッシュ伯爵でなくロージーに向かって肩をすくめて見せる。
「ロージー、まさか自害しようとするなんて…。こうならないために俺が来たのに」
「は?」
「まさか本当に気づいてなかったのか!?この仮面、目元しか隠れていないんだから普通気が付くだろ」
「ザ、ザカリー…?」
「部屋に入ってきた時点で気づいてくれよ…お前が短剣を喉に突き立てようとしたときは肝が冷えたぞ」
仮面の男…ザカリーがマントを脱ぎ、仮面を外す。間違いなくロージーの従兄だった。
「あー、ごめん?」
「…俺たち本当に幼馴染で従兄妹同士なんだよな?俺の記憶違いじゃないよな?一度お見合いしただけのガイの方に先に気が付くなんて酷くない?」
「…ガイ・シェリンガム」
「スピネット女伯爵」
やはり黒ずくめの男はガイだった。ガイは真深く被っていたフードを外し、ロージーを真っすぐ見た。
国王の勅命で、ガイとザカリーは秘密裏に人身売買の黒幕を追っていたのだろう。おそらくキャベンディッシュ伯爵にはかなり前から目を付けていた。そして「商品」として出品されたロージーを守っていてくれたのだ。
「無事でよかった」
「…」
「事前に教えられなくてすまなかった。でもあなたは演技ができなそうだったから」
「いいのよ。あなたは上官の命令に従っただけでしょう」
「しかし…」
「ねえ、この服装をどうにかしたいの。服を貸してもらえない?」
ロージーが身じろぎすると、ガイとザカリーは真っ赤になった。グラマラスなロージーが、胸の大きさを強調する露出の高い服を纏っているのだ。ガイがあたふたと自分の黒いローブを脱いでロージーの肩にかけてくれる。
ザカリーが咳ばらいをしながら歩きだした。
ガイにも促され、ロージーは訳が分からないながら後に続く。
「…ねえザカリー。疑いたくないのだけれど、私を囮にしたわけじゃあないわよね?」
「そんなことするわけないだろ!!お前が連れ去られて商品にされたと知った時は焦ったなんてもんじゃなかったよ。捕り物はもう少し泳がせてからするはずだったのに…お前を秘密裏に助け出すために計画を前倒ししたんだからな?」
「ご、ごめん」
「キャベンディッシュがお前に近づいたのは、てっきりスピネット家を仲間に引き入れるためだと思っていたのに、まさかお前自身が狙われてたとは…。ぼーっとしてたお前も悪いんだぞ、ロージー」
「申し訳ありません…」
もう返す言葉もない。
「とにかく、すぐにお前をここから連れ出さなくてはならない。今日『商品』のお前を見た客は、人身売買にかかわった罪で捕縛するが、騒ぎを聞いて集まった野次馬に見られでもしたら事だ。いそいで王宮に行くぞ」
「王宮!?いやよ、こんな格好でどうして王宮に行かなくちゃならないの?」
「お前の無事を王妃様にお知らせしないと。お前がキャベンディッシュに連れ去られたと聞いて半狂乱になってたぞ」
「…」
一瞬どうしてフィオレンツァが?と口に出そうになるが、あの人身売買は前国王が関わっていたという話を思い出す。おそらくアレクシス王の近しい側近と一部の騎士にしか概要は知らされていないのだろう。ザカリーはフィオレンツァの護衛を務めることが多いから、彼女にも知らされていたはずだ。
「ああ、それからお前の侍女…アリアだっけ?先に確保して、タウンハウスに送っている」
「そうなの…よかった」
「お前は聴取があるから、王宮内でこっそりやりたいんだよ。分かってくれよ」
「ええ、分かったわ」
「よし!ガイ、頼んだぞ!」
こうしてロージーは用意されていた馬車にガイと一緒に詰め込まれた。
すぐに走り出した馬車越しに、ロージーと一緒に囚われていた少年少女が騎士たちに付き添われて別の馬車に乗るのが見えた。ちらほらと騒ぎを聞きつけた一般人たちが集まり出している。ザカリーが懸念したように、仮にも伯爵家の当主のロージーの顔が見られていたら大変なことになっていただろう。彼の気遣いに感謝するばかりだ。
「あの子たちはどうなるの?」
ロージーはついガイに尋ねていた。
「親がいる子供はもちろん親元に返す。それが難しい場合は預け先を探すしかない」
「預け先?」
「今回の捜査を主導したのは王家だ。王家が信頼する貴族がこの国で独り立ちできるまで保護し、成人するまで養育することになるだろう。孤児院に入れるだけだと、同じことが繰り返される恐れがあるから」
「確かに…そうね」
ロージーは黙り込む。ガイも何も言わなかったため、馬車の車輪の音だけが響いた。
ロージーが王宮に到着すると、西館の一室に通された。王族が住む本館にたどり着くには西館を突っ切らねばならないので、そうならなかったことにほっとする。二階に用意された客間に、なんと王妃フィオレンツァが待っていた。ロージーがガイと共に扉を潜った瞬間、フィオレンツァは駆け寄ってくる。
「ロージー様!ご無事で!!」
「フィオ…王妃様…あっ!」
抱き着こうとするフィオレンツァをいつものように受け止めようとしたロージーだったが、思わず両腕を上げた瞬間に肩にかけていたガイのローブがするりと落ちてしまった。
ぱさり。
ローブが落ちる音がやけに大きく響く。
フィオレンツァがゼンマイの切れた人形のように固まって立ち尽くした。
ガイも思わぬ展開にとっさに動けない。
ロージーの、屈辱的なドレス姿がさらされたのだ。しかもあれからかなり動いたので、乳房は零れ落ちそうになっているし、太もものスリットの位置は上がってほとんど腰の付け根のあたりまでまくれていた。ロージーは頭が真っ白になる。悲鳴が喉の奥までせり上がった…が。
「わ…」
「?」
「??」
一瞬早く言葉を絞り出したフィオレンツァに、ロージーもガイも首を傾げる。
フィオレンツァは右手で拳を作り、天に向かって付きだしていた。
「我が生涯に一片の悔いなSuiiiiiii!!」
そのままばたーんっ、と一国の王妃はあおむけに倒れ、見事に気を失った。
その後ロージーは隣室に控えていた侍女たちに服装を整えてもらい、意識を取り戻したフィオレンツァと本館へ移動した。通常のドレスをまとったロージーを見たフィオレンツァは一瞬泣きそうな顔をしていたが、侍女たちの圧を感じたのか何も言わなかった。どうやらロージーに誰よりも早く会いたかったために、かなり無理を言って本館から出てきたらしい。
ロージーが王宮に連れてこられたのは彼女を保護するためもあるが、国王夫妻がロージーの事情聴取に立ち会いを希望しているためであった。そして本館に着くなりロージーは医師の診察を受けた。念のための確認らしく、記録には残されないという。この時点で深夜を回っていたため、ロージーの事情聴取は明日になった。
それまでずっとロージーに付き添ってくれていたガイ・シェリンガムは、ここで一度別れることになった。
「スピネット女伯爵」
「あーー、はい」
いきなり呼びかけられ、ロージーはついぞんざいな返事をしてしまう。まずいかな、と思ったが、ガイは相変わらず表情を変えなかった。あの真っすぐな瞳も変わらない。
「また明日…お会いしましょう」
「ええ。そうですわね。同じ証言者ですし」
「…」
ロージーの言葉にガイは一瞬何かを言おうと口を開きかける。
…しかし、すぐに居住まいを正し、一礼して去っていった。