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6.ロージーと非合法オークション


 ロージーは重い頭を起こした。硬い床に横たわっていたので節々が痛い。


 ―――ここは、どこ?


 確かキャベンディッシュ伯爵と馬車に乗っていたはずだ。そのまま眠ってしまったのだろうか。

 遠くからがやがやと声が聞こえてくる。笑い声…野次…怒声。辺りは暗い…奥の方から光を感じるが、視覚で自分の周囲を把握するのはまだ難しい。ロージーは、いつか興味本位で足を踏み入れたカジノの雰囲気を思い出した。

 

 ―――どこなの?私はどうして一人でここにいるの?


 だんだん頭がはっきりしてきて、体の痛みに耐えながら立ち上がろうとする。

 ここがどこだろうと、「一人」という状況が不自然過ぎる。ロージーのような貴族女性は必ず専属の侍女を付けており、外出するときはいついかなる時も傍を離れることはない。独身女性ならばなおさらだ。

 今は不味い状態に置かれているということを、ロージーはすぐに理解した。

 「アリア!近くにいる、の…!?」

 侍女の名を呼びながら勢いよく立ち上がったロージーはしかし、肩に硬いものがぶつかってまた座り込んだ。冷たい金属の感触だ。慌てて周囲を手でまさぐる。同時に薄暗さに目が慣れて来て、自分が置かれた状況を目の当たりにした。


 「な、何よ、これは!…なんなのよ!!?」

 ロージーは大きな鉄製の鳥かごのようなものに閉じ込められていた。観賞用のインコが入れられる籠の人間版だ。

 だがロージーをさらに愕然とさせたのは自分が纏っていた衣装だった。あのモカ色のワンピースではなく、真っ赤なドレスに替わっていたのだ。しかもロージーの豊満なバストを強調するかのように胸元は大きく開き、さらにスカートには太ももの付け根までスリットが入っている。娼婦や踊り子が纏うような衣装…根っからの貴族令嬢であるロージーには、下着にされるよりも破廉恥な格好だった。

 

 「どうして!?どうなっているの!!アリア!キャベンディッシュ伯爵様!!誰かいないの!?」


 ロージーは声を上げながら周囲を見渡すが、目を凝らした先に見たのは、自分同様に鉄籠に入れられた囚われの人間たちだった。若い女性が大半だが、双子と思わしき子供や変わった髪色の少年もいる。特に若い娘たちは、ロージー同様際どい衣装を着せられていた。その他の者たちも小綺麗な衣装を着せられているというのに、その表情には揃って絶望が浮かんでいる。


 ロージーは一瞬で理解した。

 自分たちは商品だ!!

 ザカリーが言っていた、前国王が絡んでいたという人身売買の話を思い出す。侯爵家の人間として常に守られていたロージーにとっては、小説の中にしか出たことがない話だった。一瞬自分は夢でも見ているのかと錯覚するが、本能がそれは違うと訴えていた。

 どうして自分がこんなことに…。

 キャベンディッシュ伯爵はどこにいるの!?


 「誰か!誰か…、あっ!!」


 音もなく足元が揺らいでロージーは固い籠の中に倒れこんだ。見ればいつの間に近づいたのか、黒い衣装をすっぽりと被った男が二人、籠を担いでいる。そのまま眩い灯りがある方へと向かってロージーを籠ごと運び出した。

 あの喧騒がどんどん大きくなり、ロージーは恐怖に震える。

 「やめて!私をどこに連れて行くの!!?降ろしなさいっ、ここから出して!!」

 どんなに喚いても籠を揺らしても、黒服の男たちはびくともしなかった。そしてとうとう灯りの下へと連れ出される。

 「…!」

 想像以上の光の強さに、ロージーは目を眩ませる。同時に喧騒が一瞬静まり返ったのが分かった。

 そして次第にどよどよした話し声になり、やがて笑い声や怒鳴り声が混じる。

 

 「いい女だ!ありゃ絶対貴族のご令嬢だぞ」

 「顔も体も絶品だ。俺が競り落としてやる」

 

 次第に目が慣れてきた。煌々とシャンデリアが照らすホールのような場所の、奥まったステージにいるようだった。

 目の前にはまるで演劇を見るがの如く、三十人ほどの人間が席に座ってロージーを眺めている。男も女もいたが、皆が品定めするような瞳でこちらを嘗め回していた。体が震え、腰が砕けて立てない。観衆たちの無遠慮な視線から顔を背けることもできなかった。


 ―――どうして…。

 ―――どうしてこんなことになっているの?


 あの馬車の中で意識を失った後、一体何があったというのだろう。

 何者かに襲われたのだろうか…一体誰に?

 キャベンディッシュ伯爵とアリアも捕まってしまったのだろうか。

 どうしてロージーは今の今まで目を覚まさなかったのだ。


 …薬を飲まされた?


 ならば起きた時の覚えのない気だるさも納得がいく。

 しかし誰がそんなことを?

 機会があった人間など限られている。

 侍女でないのなら…。


 「…嘘」

 

 ロージーは、観衆の中に思い描いた人物の姿を見つけて愕然とした。オペラでいうのならボックス席とでもいえるような、特別豪華なシートに、キャベンディッシュ伯爵が座っていた。他の客たちとは違い、熱狂するでも嘲笑するでもなく、ただ静かにロージーに視線を注いでいる。その姿はロージーに現実を認識させるのに十分だった。

 

 理由は分からない。分かりたくもない。

 だが彼は、ロージーをこのオークションの商品にした。

 そして誰かに金で買われるのを見届けようとしている。  

 あんなに優しく接してくれたのは嘘だったのだ。

 恋に浮かれているロージーを嘲笑っていたのだ。

 

 ―――あなたの価値は、私が誰よりも分かっていますから。


 歓声がより一層膨れ上がり、鼓膜をがんがんと突いた。キャベンディッシュ伯爵の裏切りにショックを受けている間に、ロージーの競りは始まり、そして終わっていた。ロージーは自分が誰に売られたのか、いくらで買われたのかも分からなかった。






 籠は再び別の場所に運ばれ、今度は個別の部屋へと入った。おそらくここで商品の受け渡しをするのだろう。ロージーは手錠をかけられると、ようやく籠の中から出された。

 黒ずくめの男のうち一人が部屋に残ってロージーの真後ろに立つ。自殺を阻止するためだろう。

 

 ロージーは本格的に思考をフル回転しなければならなくなった。この黒男が付いている限りは出口を探すことも、自殺もできない。ならばロージーが客に引き渡されれば、黒男は出ていくはずだ。そのタイミングを狙うしかない。

 手首を拘束している手錠に目を落とす。とても自力で外せる代物ではない。ということは、やることは一つだった。


 しばらく待つと、扉が開いて二人の男が現れた。一人はキャベンディッシュ伯爵だ。

 もう一人は仮面で顔半分を隠した背の高い男だった。おそらく仮面の男がロージーを買い取った「客」なのだろう。

 

 「―――それでは内容の確認を」

 

 キャベンディッシュ伯爵が羊皮紙を取り出して仮面の男に見せる。男はそれを読む間、沈黙が部屋を支配した。ロージーはせめてもの抵抗とキャベンディッシュ伯爵を睨みつけたが、伯爵は何を考えているのか良く分からない笑みを浮かべただけだった。やがて仮面の男が羊皮紙をキャベンディッシュ伯爵へと返し、懐から何か袋を取り出した。ロージーの身柄の代金だろう。ロージーは気になってついのぞき込もうとしたが、どうやら金貨とかではなく宝石だったらしく、こちらからは小さすぎて確認できなかった。

 「…確かに」

 宝石を確認していたキャベンディッシュ伯爵が頷き、ロージーの後ろに立っていた黒ずくめに目配せする。

 ロージーはにわかに緊張した。

 チャンスは一度しかない。

 

 黒ずくめがゆっくりとロージーから距離を取る。そして彼の背中がはっきりと見えた時、ロージーは走り出した…キャベンディッシュ伯爵に向かって。


 「な…!!」

 

 キャベンディッシュ伯爵はいかにも文官タイプの貴族だった。だというのにこういった物騒な商売に関わっているためか、大きめの短剣をいつも帯剣していたのだ。ロージーはそのことに前々から気づいていて、そしてこの部屋にキャベンディッシュ伯爵が現れたのなら奪おうと決めていた。

 「なに、を!」

 「くうっ!」

 キャベンディッシュ伯爵はとっさにロージーを振り払おうとしたが、かまわずに懐に入り込んで短剣を無理矢理もぎ取った。鞘から引き抜き、刃を首に向ける。

 「やめろ!おいっ!!」

 キャベンディッシュ伯爵はようやくロージーが何をしようとしているのか気づく。そう、ロージーはこうなった以上、自殺することしか考えていなかった。


 「我はロージー・スピネット女伯爵!この身はあなたなどの思い通りにはならない!!!」


 ロージーはためらうことなく、短剣を喉元に突き立てた。



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